第4話「母から娘へと紡がれていく情と絆」


 不治の病に侵されたお母さんが生き延びられるのは、確かにあの人たちから送られてくるお金のお陰かもしれない。


 しかし、それがあの人たちへ感謝していることだとは思わないで欲しい。


 いや、違う。


 毎月きちんと振り込まれているお金を見て、お母さんが更にひと月生き延びることが許されたと解った瞬間に感謝してしまいそうになる自分が憎らしかった。


 嫌で嫌でたまらなかった。



 そんな気持ちの葛藤から抜け出せたのは女子高校に進学してすぐのこと。


 病院の先生からお母さんに使用している薬が厚生労働省の認可がおりて、保険適用になったことを告げられて、殆どお金が掛からなくなったことが解ったからだった。

 

 

 状況の変化は心境の変化に繋がる。


 お父さんが死んでしまったことで誰かを恨むことは時間の経過によって和らいでいたし、なによりお母さんのことが心配でそれどころではなかったという側面もある。


 たまに思う、あの子はどうしているのだろう。


 お父さんの顏は写真を見ないとすぐには思い出せないが、私がおもちゃをぶつけてしまって酷く酷く悲しい顔をしている男の子の顏は今でもすぐに目に浮かぶ。


 そんな時に女子高の友達からその子の彼氏の伝いでその男の子のことを聞くことが度々あった。


 中学生のときは新聞配達をして、高校になってからはバイトばかりで恋人の陰なんかは微塵もなく、友人と遊びにいったりも殆どないという。


 ウチへの送金はお父さんの稼ぎだけでは足りないのだろうか?


 私の脳裏に浮かぶ酷く酷く悲しい顔をした男の子が「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り続けながら必死に働いている姿を想像すると、居た堪れない気持ちになった。


 切ない気持ちになった。


 女子高では幾度か合コンとかにも誘われていたが、その都度その男の子が目に浮かんでは私の邪魔をする。


 気がつけばいつも断っていた。


 そんな感情にイラつくこともしばしば。



 ある日、病院でお母さんが「今度、あの人たちにお金を送って貰うのを断って来ようかと思う」って言っていた。


 別にお母さんがそれでいいのならそれでいいんだと思う。


「沙希は許してあげられるかい?」


 許すも許さないも、お酒を飲んで運転したのは母親の方だし、それに殺そうと思っていたわけじゃないだろうし。


 ずっと後でわかったことなのだけれど、加害者である母親はこの病院の看護士で、あの日の深夜に大きな事故によって大量の患者がこの病院に運ばれて人手が足りないのを理由に職場から呼び出された時に、タクシーも捕まらず夜中に旦那さんを起こすのも躊躇って、仕方なく自分で車を運転していたらしい。

 

 そのことは後々になってお母さんがお世話になっている同僚だった看護士から告げられた。


 本当はこんなこと言ってはいけないのかもしれないけど、沙希ちゃんを苦しめるだけかもしれないけど、あの人に悪気がなかったことだけは伝えておきたくて、と言っていた。


 そんなこと聞かされたら、恨むものも恨めやしない。


 

 今まで憎むことだけがお父さんへの供養だと思っていた自分が少しだけ素直になれた瞬間だった。



 だから一回だけ心の中で思ってあげた。


 あんたたち家族は十分に罪を償ったと思うから、もう自由になって。


 

 これであの男の子の悲しい顔は消えてくれるだろうか。



 

 実際は私の想像とは些か異なっていた。


 お母さんがお金を送るのを止めてもらうように懇願したにも関わらず、それを拒んだらしい。


 その男の子も相変わらずバイト三昧で青春を無駄にしているらしい。


 

 いつまでも、お金を送り続けることがお母さんの心の重荷になっているってことがわからないのかな。


 わかった、もう頭にきた。


 あんたが青春を無駄にし続けるうちは私も彼氏をつくってやらない。


 そして、いつかあんたのせいで私の青春は失われたって文句を言ってやるんだ。




 私が女子高を卒業するころになって、とうとうお母さんの余命は残り僅かになる。


 悲しくないっていったら嘘になるが、それは長い時間を掛けて覚悟していたことだし、その長い時間のなかで私はお母さんから色々な想いを受け継ぐことが出来た。


 最後に話が出来たのはお母さんが亡くなる2日前。


 お母さんは娘である私に最後の願いを託していた。


「あのね、沙希。この前、私、あの子の家に行って来たの。沙希には言ってないけれど、あの子のお父さんは先月過労で亡くなったのね」


 掠れる声だったけど、どこか力強い何かを感じた。

 

 お母さんが言ったことは既に友達の彼氏伝いで聞いており、その時はショックだったけど、だから今は驚かない。


「私がちゃんと送金を断らなかったから……、それは今でも悔やんでいるけれど、それより心配なのはあの息子さんの方なの。多分、お父さんの代わりに働いたお金を送っているんだと思う」


 やっぱり、そうだと思った。


 振り込み人名義でおかしいと思った。


「あの子は、お父さんの望みで父親が残したお金を送っているだけだって言ってたけど、あの子の目を見たらわかったの。自分が父親の想いを受け継ぐつもりなんだって。貯金の残高も最後まで教えてくれなかったし」


 もし、父親のお金を送っているだけなら、別に預金通帳をそのまま渡せばいい。


 わざわざこれで終わりにしたいというお母さんに対して続けて毎月送金する必要はないはずだ。


「だから、お願い!沙希!あの子をあの男の子を救ってあげて!もう贖罪は必要ないって言ってあげて!私には出来なかったけれど、私の遣り残したことを沙希が叶えてくれたのならお母さんの思い残すことはないわ」


 きっと最後の力を振り絞って出した声だったんだろう。


「まかせて。私にはとっておきの秘策があるから、安心してお母さん」


 私がそう言うと、お母さんはゆっくりと眠りについてその後、目を覚ますことは無かった。



 大丈夫、お母さん。私になら出来ることがあるから。


 意地になって青春時代を恋人も作らずに張り合った私にしか出来ない会心の一撃があるんだから!!

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