第30話
「(これがいわゆる〝修羅場〟というものか……)」
と思えば仰々しいけど、実際これまでにも似たようなことは何度かあったんだけどね。今更、困惑することでもないしな。
しかし、かと言ってこのまま膠着状態が続くのもアレだし、咲さん理乃さんもこの場にいるのが辛そうだ。故に僕の救いの目も逸らすほどだし。
何かこの空気を一変させる突破口なになるものはないものか……。
漫画、ラノベ、ギャルゲーのあらゆるハーレム作品におけるシチュエーションを思い浮かべ、良い方法を探ってみた。
まず、確実と言っていいのはこの部屋から出ないことには何も始まらない、ということだ。
確かにこの部屋にはゲーム機やトランプ、擬似人生を楽しむボードゲームもある。だが、ゲームは競うもの。この人達が仲良くするためには競う遊びはダメであり却下。最悪、僕を賭けたゲームを仕出かしかけない。だから、皆がこの部屋から出て外で楽しくできることに意識を向けさせることが重要なのだ。
では外に出掛けてどこへ行く?————買い物、ショップングモール? いや、安直すぎるか。皆で仲良く服を見て周るのも良いかもしれない。しかし、ここでもまた、誰が一番僕に似合う服をコーディネートできるか皆が競いそうで危うい。考えすぎかもしれない。自意識過剰と言われても仕方がない。だが、決して有り得ないことでない。
ではカラオケはどうだ?
歌でなら、歌の点数で競うが僕に対しての勝負事は起きないだろう。だが、これでも問題はある。そもそも皆が歌う気があるかどうかだ。歌う気分でもないのにカラオケに行っても意味がない。
遊園地は?
遊園地なら楽しい雰囲気で皆が打ち解けるはずだ。だが今は昼の1時頃。今から行くには少し遅すぎるしアトラクションに乗れるものも限られてくる。しかもまだ僕らは昼食も取っていない。
………ん? 昼食? そうかレストランだ!
どうして僕は気付かなかったんだ!そうだ、今はお昼。お昼ご飯を食べに行けばいい!ならば、出掛けるとしたらレストランしかないではないか!そうだレストランにしよう!ここまえ無駄に考えすぎていた。本当に無駄なことを考えてしまった。
よしっ! 今から皆にレストランに行こうと言おう!
僕は勢いよく立ち上がり、
「皆さん! これからレストランで————————あら?」
立ち上がり見渡すと、僕が無駄に思考を巡らせている間に皆が楽しそうに女子会のように談笑をしていた。
明日美さんと菫さんは先ほどまでとは打って変わってまるでもう1年くらいの付き合いがあるかのように親しく大学時代の話や男の話で華を咲かせていた。
この場にいるのが辛そうだった咲さんと理乃さん、そして明日美さんの共犯者であった玲ちゃんの3人は、いつの間にかテーブルにおそらく玲ちゃんの物と思われるファッション雑誌を何冊も開けて、仲良く可愛い服の話や、新しい水着を買うかどうするかの話をして盛り上がっていた。
「わっ! 桂君どうしたの?」
「彼崎君? レストランがどうかしたの?」
「桂?」
「桂先輩?」
「桂兄ぃ?」
皆が僕を唖然としたながら見上げていた。
いつの間に皆さんがこんなに仲良くなっていたのだろうか?もしかして、僕の思い違いだった?
「あれ? あれれ?」
なんだろう、この取り残されていた感は?
「レストラン……? あ、言われてみれば私たち、昼食がまだでしたね」
「そういえばそうだね。なんか急にお腹空いてきちゃったかも」
「ワタシも……」
「どうしよっか? お昼ご飯、レストランにする?」
「そうねぇ………。じゃあ、せっかく桂君の家にいることだし、あそこにほとんど使われていない広いキッチンもあるから、皆で食材を買ってここで料理して少し遅くなったけど軽いランチパーティーを開くのはどうかしら?」
なんですと?
「いいねそれ!」
「楽しそうです!」
「賛成」
「いいわね。皆それぞれ好きな料理を作りあって食べ合いっこするの面白そう!かも!」
なんか思わぬところに話が進んでいるような気がする。
「ええと。とりあえず皆でショッピングモールで食材を買ってきて、ここで料理を作るって言う感じなんだけど……彼崎君」
「え? あ、はい?」
「そういうことなんだけど、彼崎君のキッチンを皆で使ってもいいかな?」
5人の視線が僕に集中する。
「あ、はい。どうぞ」
思わずオーケーしてしまった。
「ありがとうっ! それじゃあ行きましょうか!」
「「「「 おぉー!!! 」」」」
「お、おお……」
果たしてこの予期しない事の流れに僕は乗っていいのだろうか?
まあでも皆さん方楽しそうで何よりだし良かったのだろうな。うん、きっと。結果オーライというべきなのだろう。知らんけど。
というわけで我ら一同はショッピングモールへと向かったのだった。
「(………あっ、しまった)」
この時僕は気づいた。
いや、思い出したというべきか。だが、時すでに遅し。
安易にこのメンツ達の後にのこのこと付いてきてしまった自分を恨んだ。
グサッ グサッ グサッ グサッ
グサグサグサグサグサグサッ!!!! グハッ!
「(吐血して死にそう……)」
僕は何回、この幾多の視線の矢を浴びせられるのだろうか……?
そろそろ慣れないとダメだよなぁ、これ。
「あの5人、顔面偏差値すごっ!」
「あのショートヘアの子、めっちゃ可愛い!」
「金髪の子ってモデルのレイ!?」
「黒髪の女の子、清楚系に見えてすっごい色気!」
「でさっきからあの後ろから付いてきてるあの地味な男なに?」
「(ああ、お腹痛くなってきた………)」
僕は幾度このアウェーに叩きのめされることになるのだろうか。
おかげで僕のHPはもう限りなくゼロに等しく、いつぶっ倒れてもおかしくないレベルに達した。せめてぶっ倒れる時は美少女ヒロインの最高の笑顔を見てからぶっ倒れたいものだな。
————はぁ。早くお家に帰りたい。
※ 外出してショッピングモールに入ってから10分も経過していない。
「咲さんは料理得意ですもんね。お弁当もいつも手作りですし」
「うん、まあね」
咲さんは少し照れて頬を掻きながら答える。
「私、料理はカレーしか作れないので、この際に他の料理もマスターしたいです!」
「ワタシも、桂兄ぃのマンションに泊まってからはご飯はめっきり冷凍食品とかコンビニのおにぎりとかサンドイッチだから、何か作れるようになりたいかなって思う」
「じゃあ玲ちゃんも一緒に料理を頑張りましょーっ!」
「………はい」
理乃さんと玲ちゃんは互いに笑みを浮かべる。
「明日美も料理とかはするの?」
「そうねぇ。たまにお酒の摘みで生ハムとかチーズを使ってぱぱっと作ることはあるけどね」
「今まで付き合ってきた彼氏に振る舞ったりはしなかったの?」
ニヤ顔で茶化すように聞く菫さん。
「冗談。振る舞いたいなんて微塵も思わなかったわよ。そんな男いなかったし」
そう呆れ笑いながら答える明日美さん。
「そういう菫はどうなの?人妻っぽく料理を作って男を落としたりしなかったわけ?」
「いなかったわよ、そんな男」
と、少し頬を膨らませながら答える菫さん。
というかこの二人、いつの間にお互い呼び捨てで呼び合うような仲に!?
「でも、彼崎君になら何かごちそうしてあげたいかもネ」
「………んふっ」
「………ンフッ」
皆の後ろでとぼとぼと重い足を上げて歩く僕。
この美人な方々と付き合っていくには〝コレ〟に慣れないといけないけど、とても数日では克服できそうにない。
二次元のハーレム主人公はよくこんな状態で平然といられるものだ。感心を通り越して尊敬するわぁ。まあ、僕がハーレム主人公になれるわけがないけどね。
あの修羅場のような雰囲気もきっと僕の勘違いと思い込みとアニメの見過ぎてそう見えてしまったのだろう。
「あの皆さん—————」
「「「「「 ? 」」」」」」
皆が一斉に後ろにいる僕に振り向く。
「ちょっと自分トイレに行くので、皆さんは先に買い物をして下さい」
そう言い残して即さとトイレがある方へと駆け込んだ。
耐えられなくてつい逃げてきてしまった。ダメだな僕は。皆さんに申し訳が立たない。
僕には今ところ近しい同性の友達はいない。だけど、異性の親しくさせて頂いている異性の知り合いは多い。ここしばらくは彼女たちと行動を共にすることが多くなっている。
現にこうして一緒に買い物に来ているほど。
なら、その中で一人男性である僕がしっかりしないといけない。なのに、この有り様では……。
「はぁ……。このままじゃあダメだよなぁ」
するとトイレの出入り口のドアが開き二人組の男が入ってきて小便器の前で用を足し初めた。
「なあ。さっき1階にいた五人組、レベル高かったよな」
「ああ。5人とも美人でモデルかアイドルかと思ったわ」
「あの黒髪の女の子、めっちゃ可愛かったよな」
どうやら咲さんたち御一行のことを話しているようだ。
よかった、僕がそばに居とかなくって。
「あんなに美人で可愛かったら当然彼氏とかいるんだろうな」
「当たり前だろ。あんな可愛い子、見逃しておく男なんているのかよ」
あれ? もしかして僕、見逃している男ということになるのか?
「だよなぁ。絶対、彼氏いるよな」
いないぞ。皆さんフリーでございますよ。どういうわけかは知らないですけど。
「俺もあんな彼女と付き合いたいわぁ!」
「俺もー」
ラブコメアニメの主人公を見て勉強してきなはれ。と胸の中で呟く。
そして、用を足し終えた二人がトイレから出たのを見計らい僕もトイレを出た。
「さて、皆さん方は何処にいるのかな。とりあえず電話してみるか」
スマホで玲ちゃんに電話を掛ける。すると直ぐに繋がった。
『もしもし玲ちゃん? 今何処にいるの?』
『今? ええと〜、野菜コーナーの近くかな』
『わかった。そっちに行くね』
『うん。わかった』
通話を切り、僕は野菜コーナーへと許される限りの速さで走った。
野菜コーナーへと近づくと咲さん達だと思われる5人組の一行の後ろ姿を発見した。
「お待たせしましたっ!」
「あっ! 桂先輩、おかえりなさい」
「桂、悪いけどカート押してくれる?」
「了解です!」
カートにはすでに大量の食材が詰まれていた。
「こんなにたくさん。何を作るんですか?」
「ん? いろいろ♡」
「楽しみにしててね♡」
と、明日美さんと菫さんはウインクしながら答えた。
この二人、たったの数時間でよくここまで仲良くなったものだ。
会計を済ませ、そろそろ僕の自宅に帰ろうとしたその時だった——————。
「あれ? お前、彼崎か?」
前から近づいてきたカップルの男が僕の名を呼んだ。
「ええと、どちら様でしたっけ?」
「おいおい、忘れたとは寂しいヤツだな。俺だよ。海岡っ!」
うみおか?海岡……あ!
「確か、同じ大学にいた海岡か?」
「そうだよ。俺、そんなに存在感なかったかよ」
海岡というこの男は、確かテニスサークルに所属していた大学の同級生だったかな。いわゆる〝陽キャ〟またはリア充と呼ばれる人種の人間で、なにかと大学内では目立っていた印象があった。しかし、よくこんな目立たない僕のこと覚えてたな。あっ、講義でよくたまに顔を合わせたか。
「よく僕のことがわかったね」
「そりゃあお前、如何にも陰キャって顔をしてたからな。嫌でも顔と名前ぐらい覚えてるよ。アハハハッ」
「そりゃどうも」
「「「「「————————」」」」」
嫌味で言ってるのかもしれないけど、僕にとっては自覚があるから対して落ち込んだりしないんだけどね。
「なあ、それよりそこの可愛い女の子達って彼崎のなんなの?まさか、友達とか言わねえよな?」
と、笑いながら尋ねる海岡。
「ええと、友達というか—————」
「ねえねえ君たちさ、なんでこんなヤツと一緒にいるわけ?友達とかじゃないんでしょ? あっ!もしかして、みんなでコイツで遊んでんの?ソイツで遊んでても正直つまんないでしょ?陰キャで地味だし喋んないしさ。金づるにするにはいいけどさ」
その通りだ。
彼が言っていることは間違ってはいない。
僕はつまらない人間だ。彼女達にどんなにコーディネートされても、中身は協調性がない陰キャで地味で甲斐性もない〝つまらないヤツ〟なんだ。知ってるさ、言われなくてもそんなこと。
僕みたいなヤツは独りで静かにしていればそれでいい人間なんだから。
「そんなヤツより俺と俺の友達と一緒に遊んだ方がゼッタイ楽しいって!だから————」
「そろそろいいかしら?私たち忙しいの。早くをそこ退いてくれるかしら」
「どうして私達がアナタみたいな下品な人とそのお仲間と一緒に遊ばなくちゃいけないの?」
「あのヒト、タタリにあって死ねばいいのに……」
「言っとくけど、桂兄ぃはアンタより何十倍何百倍もカッコイイから」
「は……?え? なに言って———」
すると咲さんが前へと歩み寄り
「アンタが桂の大学の同級生のだかなんだか知らないけど、桂はつまんなくないし遊びで一緒にいるわけでもない。私達は、桂のことが好きだから一緒にいるの!アンタみたいに他人を馬鹿にして自分のことしか考えてない下心丸出しのクソ野郎達の方がよっぽどつまんないわっ!!」
「な、な……っ!」
「そうよぉ〜」
「ちょ、みなさんっ!!!!?????」
突然皆が僕に密着してきたのだ。
明日美さんと菫さんは僕の両腕をしっかりとホールドして、玲ちゃんは僕の後ろから抱きついて、理乃さんは僕の胸に寄り添うように体重を預ける形となっていた。
「みみみ皆さんっ!? なにをしているんですかっ!?」
「何ってあのゲス男に私達がどれだけ桂君のことが好きなのかをアピールしてるに決まってるじゃない♪」
「あの失礼な男に知らしめる必要があるからね♪」
「桂兄ぃもあんなヤツに馬鹿にされてるんだからキレていいんだからね?」
「桂先輩は最高のラノベ主人公ですっ!」
ぎゃああああああああ!!!!!!!
周囲の僕への視線の矢が僕に刺さるぅぅぅっっっっっ!!!!!
「桂はね、誰よりも優しくて真面目で私達のことを一番に大切に考えて思ってくれて、困った時には助けてくれるサイッコーの男だからっ!」
咲さんの言葉を聞き、彼女達はそれぞれ頷く。
「私達みんなは桂のそんなところが好きだから、そばに居たいと思えるから一緒にいるの。アンタなんかより桂といる方がよっぽど楽しいからっ!!!」
「咲さん………」
そうか。そうだったのか。
僕は違う意味で勘違いをしていたらしい。
僕はホントダメだなぁ。皆にこんなにも良く想ってもらえていたなんて。
僕は自分を卑下していたけど、それこそが彼女達に対して失礼なことだったんだ。必要なのは自分に〝自信〟を持つことだったんだ。
僕は皆からそれをずっと教わってきていたのに、僕はそれに気付けていなかったんだ。……でも、ようやく気付けることができた。
僕は、自分に自信を持って良いんだ———————!
「はぁっ!? ………はぁ!?意味わかんねえし!」
と、海岡は辺りを見渡し、周囲からの痛い視線に気付くとすぐさまその場を走り去っていった。
「皆さん、ありがとうございました」
帰りの道中、僕は皆に頭を下げた。
「皆さんにとって僕がどういう存在だったのか改めて分かることができました。おかげで、自分に自信を持って良いんだということも分かりました。ありがとうございましたっ!」
「ちょ、桂兄ぃ、頭上げてよ恥ずかしいからっ。……ンフッ」
「頭をあげてください桂先輩。私達はお礼を言われるようなことはしてません。思ったことを言っただけですから(私の場合、死ねばいいのにって言ってたし)」
「彼崎君にはこれからも自分に自信を持ってもらうためにどんどんカッコ良くなってもらわないとねっ。まあ、今の彼崎君も充分素敵だけど♡」
「さっきの咲のセリフ、よく考えてみれば当回しに告白にしているように聞こえたんだけど、気のせい?」
「………」
「はぁっ!? べ、別にそんなんじゃないからっ!あ、あくまで人柄が好きとかそういう意味だからっ!!!」
「………」じー
「ッッッッ!!!! ほ、ほら、早く帰って皆で料理作ってパーティーしよっ! 桂っ!せっかくだからアンタも料理を覚えるために手伝いなさいよっ!」
「——————はいっ!」
顔を真っ赤にし照れている顔を隠すように満面の笑みで笑う咲さんに、僕はとてもじゃないけど可愛らしいと思ったのだった。
そして、マンションに帰り着いて否や、無駄に広い僕のオタク部屋で妹を入れた計5人の美人な彼女たちとの騒がしくも楽しく賑やかな料理パーティーが取り行われたのであった。
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