熱風



遅くまで飲んだワインの粒子を頭の真ん中で数えながら

電気を点けるのを忘れていたから暗いままの狭い玄関のドアを開けて

真白な陽射しがすぐ足元まで届いている踊り場に出ると

途端に 出掛けそびれた鳥の鳴き声が聞こえ

遅い朝食を済ませた後の食器を洗う音が聞こえ

何かの興行を宣伝しているアナウンスの声が聞こえた

でも すぐにそれらの音たちは 

おそらく湿り気をたっぷり含んだ熱風が走り去る音にかき消され

後ろにある玄関のドアの向こう側でかすかに聞こえるシャワーの音にすり替わった


昨日の夜はほとんど吸わなかったから

まだじゅうぶん厚みのある煙草の箱から

指で叩いて取り出した硬いフィルターを口に挟むと

ほんの少し 背筋が真っ直ぐに伸びた感じはしたけれど

火を点けて深く吸い込んでからゆっくり煙を吐いたら

途端に 頭の中のワインの粒子がドロドロに溶けて

陽が射し始めたサンダル履きの足もとの感覚が無くなっていくのを感じた


ほんのさっきまで 俺がもたれていたのは濃いグレーのただの壁だと思っていたけど

よく見ると ごつごつした無数の四角いピースの集合体だとわかって

足元の感覚を取り戻すためにも と

ひとつ ふたつ みっつ と四角いピースを数えるのだけれど

ドロドロに溶けたエンジの液体がピースの境目を曖昧にさせるものだから

数えるのを諦めて

その代わりに かすかに聞こえるシャワーの音に耳を澄ませて

彼女が今洗っている身体の部位がどこかを想像した


だけど 今度は白い気体が彼女の白い肌を曇らせて

思うように見えなくなった


もしかして 彼女は

夜に朝に 俺が愛した身体を洗っているのではなく

この俺に愛された自分の心を洗い落とそうとしてるんじゃないか


そう思ったら

煙草を吸うのはもうやめて

俺は目の前の熱風に自分の身体を投げ込みたくなった


そうしたら彼女は シャワーを浴びながら

そんな俺を想像してくれるだろうか って




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