それは 真の安らかさ



僕は寿命を迎えていた

僕は布団に寝せられ

目は開けていない

また 耳も聞こえない

いや ほんの少し聞こえる

プールで潜水しているときのようにぼやけた感じだ

苦しみや痛みはなく

でも 意識は意外とはっきりしている

てっきり 意識は段々遠のいていくと思いきや

自分の命が終わっていくことがはっきりとわかる

「あゝ こんなふうに死ぬのか」

と 死への道すがらがはっきりわかることが逆に怖い


間もなく右半身からそれは始まった

涅槃図の釈迦のように横たわる僕は

乾いた砂がゆっくりと粘土になっていくように

硬いスポンジにゆっくりと水がしみこんでいくように

硬直が始まる

そして

そう

硬くなったばかりの体が下に沈みこんでいくのだ

てっきり 天に昇っていくと思っていたのに

“土”に還っていくかのように

下にずぶずぶと沈みこんでいく感じ

でも 

それは

真の安らかさ

だった


安らかな過程の中

右半身がほぼ下に沈みこんだときだった

「まだ 死にたくない」

と なぜか思った


僕は とっくに固くなった右手で“土”を押して体を持ち上げた


その場所から生還した僕は

まだ 夜が明けきらない真っ暗な部屋で

正座していた


じんわりと右手のしびれを感じながら

「此方の世界に戻るのがちょっと早かったかな」

って馬鹿みたいなことを思った



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