第110話 インタビュー&ゴシップ
秋田でのライブ後、高知、岡山、福岡でのライブも盛況に終わり、マリッカと共にcream eyesの評価もじわじわと高まってきていた。その証拠とも言える出来事が、福岡でのライブ後に飛び込んできた音楽情報サイトからの取材要請だ。しかも3社からの同時依頼である。
「うぉおおおマジかー! 俺たちもついに取材されるほどの存在に!」
「実感しちゃうよな……俺たち、売れて来たって……」
「浮かれて変なこと口走らんようにな」
「い、インタビューって、何を話せばいいんでしょうか……」
「それは俺にもわからんね。なぜなら初めてだから!」
「何で自慢げなん」
白昼堂々時代に取材を受けた経験のある琴さん曰く、基本的にはインタビュアーが用意してきた質問に答えるだけで大丈夫らしい。ただ、場合によってはこちらが発言していない内容まで勝手に肉付けされることがあるので十分注意するように、とのこと。
「まぁ音楽系ではあんま無いかもしれんけどな。ファッション誌のストリートスナップなんてひどいもんやで。あれに載った人たちからすれば『そんなん一言も言うてへん』ってことがてんこ盛りやから」
「そうなんですか。恐ろしいですね」
次の静岡ライブまでは3日間の猶予があったため、俺たちは2日間かけて東京へと戻ることに決めていた。取材はその時に受ける段取りだ。
「今回のツアーのMVPはみはるんだよな」
「それ思います。移動だけでも相当疲れてるはずなのに、毎回ライブも観に来てくれて……」
「次のツアーまでには俺も免許を取るよ。みはるんだけに無理はさせられねーし」
「次なんて決まってへんけど。まぁその心意気はええのんちゃう」
ホテルのベッドで真っ先に寝息を立て始めたみはるんの傍らで、俺たちは彼女の功績をあらためて確認し合った。実際、みはるんがいなければツアーへの参加自体が不可能だったのだから、そのありがたみは一言では言い表せない。もし話す機会があるなら、取材のときにこんな話ができたらと思う。
そして2日かけて東京へ戻ってきた俺たちは、静岡ライブの前日となる11月17日に3社の取材を受けることとなった。
「はじめまして。
「よ、よろしくお願いします」
フランクに挨拶をしてきた一社目の担当者。MONORALgumiは音楽情報サイトの中では最古参のひとつ。ここが四半期ごとに発表する「ネクストブレイク」に選ばれたバンドは漏れなく人気を高めており、信頼性の高いサイトだ。バックナンバーを読み返すと、メジャーデビューが決まる随分前にマリッカもネクストブレイクに選ばれていた。
取材場所は俺たちがいつも利用している貸しスタジオの中。だが、楽器も持たずにカメラマンが構える中で取材に応えると言うのは、慣れない俺たちにとってライブ以上の非日常空間だ。
バンド結成のきっかけや楽曲についてのこだわりなど、定番と思われる内容の質問に一通り答えた後、話はマリッカとのツアーについてへと移っていった。
「マリッカのツアーでオープニングアクトを務めたことによって、SNSを中心に注目が高まっていますよね。ツアー参加のきっかけは何だったんでしょうか」
「えっと、きっかけは俺たちのライブをたまたま見てくれた土田さんに声を掛けられて……」
「土田さん?」
「あ、はい。土田 雅哉さんです」
「あの『天才を殺した男』……失礼。あの土田氏か。なるほどなるほど……でも、土田氏はマリッカのプロデュースには関わっていないはずだよね?」
「そこはウチらもようわからんのですけど、バンドで上を目指すんやったらマリッカのツアーに参加せえ言われたんです。マリッカの担当者さんは驚いてはりましたわ」
「それに、マリッカにダンボさんを紹介したのも土田さんらしいですから。まったく関わってないって訳じゃないみたいですよ」
「ふむふむ。上を目指すなら……か」
多々良さんは頭をぽりぽりと掻きながら、手にしたメモ帳にペンを走らせた。
「土田氏の言う上っていうのは、メジャーデビューのことなのかな? 最近はメジャー
「そうかもしれないですね。でも実際俺たちはメジャーデビューを目指していましたし、上っていうのはそのことかと思ってたんですけど……」
「そうではなかった?」
「はい。ツアーの初日に土田さんと話す機会があって、目標について聞かれたんです。メジャーデビューしたとして、その先に何を目指すのかって」
「メジャーの先か。確かに、メジャーデビューした後パッとしないままインディーズに戻るバンドも多いからね。で、それに何て答えたんだい?」
「太平洋ロックフェスのヘッドライナー、と」
「それは大きく出たね!」
「でも、土田さんはそれを聞いて一言『小さい』って」
「日本最大のロックフェスのヘッドライナーが小さい、ねぇ……」
多分これが普通の反応だろう。日本のバンドでそこを目標にしているバンドは多いと思うのだが、土田さんに言わせればそれは「小さい」ことなのだ。
「目標が小さいって言われて、どう思った?」
「大きい小さいで目標を考えたことが無かったので、正直ピンと来なかったですね。土田さんは『1回のライブで10万人呼ぶ』とかを例に出してましたけど」
「なるほど、ね……cream eyesの皆は、
「ロークレですか? えっと、まぁ人並みには」
かつて土田氏がプロデュースしていた伝説のバンド、ロークレことRolling Cradle。正直な話、俺はファンだったわけではないのでそこまで詳しくは知らない。だが、5年前の解散まで売れに売れたバンドなので、実家にはアルバムも何枚かあるし、カラオケでもたまに歌ったりする。
俺も京太郎も琴さんも、思いっきり売れ線だったロークレよりも少し外れた音楽を好んで聴いてきた傾向があるので、もしかしたらcream eyesの中ではその辺り捻くれていない玲が一番詳しいかもしれない。
「それじゃあ、Rolling Cradle伝説の20万人ライブは知ってるかな」
「あぁ、テレビで見たことあります。7、8年前くらいでしたっけ」
「6年前だね。単独アーティストの1回のライブでの日本最高動員記録。未だに破られていないし、この先も当分破られることは無いだろう」
「改めて聞くと、とんでもない記録っすね」
京太郎はしみじみとそう言った。
それもそのはず。何十組ものアーティストを国内外から集める太平洋ロックフェスティバルの動員数が、確か3日間で12万人程だったはず。それを考えても、単独アーティストが1回のライブで20万人を動員するなんて、途方もなさ過ぎて現実味が湧かない。
「そうだね。でもそのとんでもない記録を彼らはやってのけたんだ。そんなバンドを間近で見てきた土田氏からすれば、太平洋フェスのヘッドライナーは小さいことなのかもしれない」
「なるほど」
「でもね、僕は伝説の20万人ライブがRolling Cradleにとって本当に成功だったのかどうか、そこには疑問符が付くと思ってるんだ」
「……え?」
日本記録を樹立し、未だにファン以外の間でも伝説とされるライブが成功ではないとは、いったいどういう意味だろうか。
「僕は当時から取材でロークレを追っかけてたからわかるんだけど、あのライブ以降ロークレは、いや、進藤 アキラは、燃え尽き症候群にかかっていたように思う」
「燃え尽き……」
「進藤 アキラが自殺したのは20万人ライブの1年後。その間もアルバムのリリースや映画主題歌の制作なんかを行って傍目には精力的に活動しているように見えたけど、ふとした瞬間に見せる表情に、何て言うかな……こう、覇気が感じられなかった。決定的な理由が何かはわからないけれど、進藤 アキラの自殺は、20万人ライブが何らかの原因になっていると見て間違いないだろうね」
「前人未到のライブをやり遂げて、目標を見失った、って感じでしょうか」
「おそらく、ね」
多々良さんが言いたいことは何となくわかった。進む先が見えなくなってしまうということは、たしかにとても怖いことなんだろう。それが、自分の命を終わらせるほどの恐怖になり得るのかはわからないが。
「だからね、君たちも注意して欲しい」
「注意?」
「話を聞いている限り、君たちは土田氏に目を掛けられているみたいだからね。僕もcream eyesの曲を聴かせてもらったしライブも観たけど、確かに光るものを感じるよ。だからこそ、気を付けて欲しいんだ。Rolling Cradle の20万人ライブを一体誰が企画したのかを考えると、どうしてもね」
「それって……」
「土田さんの言うとおりにしとったら、ウチらがロークレみたいになるんちゃうか、ってことですか」
「……ちょっと話が脱線しすぎたかな。それじゃあ、メンバーの音楽のルーツについて……」
多々良さんは苦笑いを浮かべて話を逸らした。端的に言ってしまえば、土田という男には気をつけろ、ということだろう。「天才を殺した男」の業界での評判は、俺たちが思っている以上によろしくない様だ。
「今日は忙しい中ありがとう。記事は次回の更新でアップする予定だから」
「次回って、来週じゃないですか。すごいですね」
「情報は鮮度が命だからね。それと……」
多々良さんは荷物を鞄にしまって、立ち上がった。
「僕が君たちに期待してるってのは、本当だよ」
「……ありがとうございます」
「それじゃ」
カメラマンと共にスタジオの重い扉を開いて、多々良さんは出ていった。cream eyes初めての取材はこれにて終了だ。
「何か、俺らより土田さんの話が本題な感じになっちゃったなぁ」
「色々噂のある人だからなー。しょうがない部分もあるんじゃね?」
「まぁ、ウチらの中でも土田さんと直接話をしたことがあるんは朔だけなんやけどな」
「あれ、そうでしたっけ?」
「言われてみればそうですね」
思い返してみると、確かにそうだ。初めて会った時も、ツアー初日の時も、会話をしたのは俺一人。川島さんに呼ばれていった中華料理屋では、一方的なビデオメッセージだったので会話はしていない。
「朔さんはどう思いますか? さっきの、記者さんの話」
「俺は……土田さんは、信用できる。と、思う」
「へぇ。その理由は?」
「なんとなく……」
「理由無いんかい!」
京太郎が大袈裟にずっこける。何だかこのやり取りも懐かしい感じがした。
「いやでも、土田さんは俺たちにチャンスをくれたし、感謝はすれど疑うのは違うだろ」
「まぁそうだけどさ」
「ほんなら、直接話を聞いてみたらええな。今度はちゃんと、バンドの皆で」
「そんなことできるんですか? 大物プロデューサーなら忙しいんじゃ……」
「だって、土田さん今は誰もプロデュースしてへんやん。暇やろ」
盲点だった。
琴さんの言う通り、土田さんプロデュースのアーティストは現在存在しない。「ツアーファイナルの時にはまた来る」という発言から、それ以外の日は忙しいのだと勝手に思っていたが、よくよく考えてみれば俺たちの(正確にはlalalapaloozaに所属していた牡丹の)ライブを見るために小さなライブハウスに足を運ぶ程度には時間に余裕があるのだ。マリッカは自分がプロデュースしているわけではないのに。
だからと言って、暇だとは限らない気もするが。
「後で日下部さんか川島さんに頼んでみよう」
「そうですね。私も一度、ちゃんとお話してみたいです」
残り二社の取材を終え(うち一社は機材に関する話がメインだったので、京太郎が水を得た魚状態だった)、俺は日下部さんにメッセージを送ってみた。
「今度バンドの皆で土田さんとお話しさせてもらえないでしょうか」
「正直自分は土田さんと全然絡みないんで、川島さんに聞いてみるっす」
そしてその1時間後。川島さんから地図のリンクのついたメッセージが届いた。
「土田に確認取れました。明日の11時に瀬名川のハンバーグ屋で待ってる、だそうです」
まさかの明日。やっぱり、あの人暇なんだろうか。
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