第109話 勝者の特権

「あぁ、違う違う! それまだ出しちゃダメだって!」


「うるさいうるさいうるさい! 私は私のやりたいようにやるの!」


「あ、ほらやっぱり」


「嘘! 何でぇ!? あ~も~、悔しいぃい!!」


 深夜に開始された大貧民大会は最終局面を迎えていた。


 俺は二回戦目以降プレイヤーの役割を莉子にバトンタッチして監督業に終始したが、選手がまったく言うことを聞いてくれないおかげであっさりと大貧民へと転落。

 一向に勝つことができず、莉子は半泣きになっていた。琴さんに引っ叩かれた時と同じ顔だ。


「はい、試合終了~。それじゃあ順位を発表するね」


 結果、トップは琴さん&玲チームでプラス5点。地力が強い琴さんと強運に恵まれた玲のコンビは圧倒的で、結局一度も大富豪の座を譲ることは無かった。


 2位はダンボで+3点。終始安定したブレないプレイで、最後まで平民以上をキープ。「もっとイジメて欲しかった」とは試合後の本人談。こちらもブレない姿勢に好感が持てると言えないことも無いことも無い。


 3位は京太郎&牡丹チームでマイナス1点。初回の大貧民スタートが手痛かったが、プレイヤーを牡丹に変えて得意の速攻で盛り返していった。しかし収支をプラスにすることは叶わず、無念のフィニッシュ。


 4位はマシュー&みはるんチームで-3点。京太郎をアシストするようなみはるんのプレイに物言いが付く一面もあったが、それ以外は特に目立った見せ場も無く終了。最初に漂わせていた強キャラ感は、終盤には見る影も無くなっていた。


 そして最下位は俺と莉子のチームで-4点。とにかく出せるカードを出していくという莉子の戦略/ZEROプレイにより、二回戦目以降は大貧民をひた走る。だが、琴さんとのカード交換の時は莉子が嬉しそうだったので良しとしよう。


「優勝は琴のチームね。それじゃあお二人さん、最下位の朔莉子チームに何でも好きなことを命令しちゃってください!」


「サクリコってなんかお菓子みたいですね」


「そう言えばそういう決まりだったな……」


「せやなぁ」


 琴さんはにやりと笑ってこちらを見た。


「ほんまはまっさんに裸でドジョウ掬いでもやらせたろと思っとったんやけど」


「ちょっと待って。琴ちゃんそんな怖いこと考えてたの?」


「あかん? ネット上で大人気間違いなしやん」


「しかも動画拡散する気だったの?」


 若手最注目バンドのイケメンメンバーによる全裸ドジョウ掬い。需要がニッチすぎる気がするが、たしかにSNSで話題となるネタとしては間違いないだろう。マリッカは再起不能になる気がするが。


「まぁ朔たちが負けたんやったらしゃーないわ。諦めたる」


「俺たちに一体どんな恐ろしい命令を……」


「そうですねぇ、朔さんは取り敢えず腕立て伏せ100回で」


「雑ぅ! そして地味にキツイやつ」


「あんたはどうでもええねん。ウチらの本命は莉子ちゃんやから」


「わ、私!? え、えっと……」


「どうでもいい……」


 割と傷つくことをさらっと言われた気がするが、裸踊りを強要されるよりは100倍マシだろう。


 琴さんと玲の二人は、今にも飛び掛かりそうな姿勢でジリジリと莉子との間合いを詰めていく。座ったまま後ずさりする莉子の顔には、わかりやすく不安の色が読み取れた。


「そんなに怯えないでください。大丈夫です。痛くしませんから」


「痛く……? い、一体私に何をする気なの!?」


「まぁまぁ、安心してええって。減るもんやないし。天井の染みでも数えとったらすぐ終わる」


「琴ちゃん!?」


 琴さんの言い方がまるっきりエロ親父のそれなので、ちょっぴりピンクでおいたな妄想をしてしまう。やっちゃってください。お願いします。


「もう逃げられへんで」


 壁際まで追い詰められた莉子。それを囲う様に立った二人が、一斉に何かを取り出した。


「ひっ!」


 莉子は咄嗟に両手で顔をガードする。だが、莉子を害するような出来事は何も起きなかった。琴さんと玲の二人が取り出した何か・・は、ただのスマートホンだったのだ。


「連絡先を教えてください」


 玲はにっこりと優しい笑顔でそう言った。莉子は顔を覆っていた両腕を恐る恐る下におろし、驚いた表情で二人を見上げた。


「……へ?」


「あんたには勝負に負けた罰ゲームとして、ウチらの友達になってもらいます」


「そ、それって……」


「ルールやから、あんたに拒否権は無いで」


「琴さん、友達じゃなくて舎弟の間違いじゃないんすか?」


京太郎アホは黙っとき」


 琴さんの言葉を聞いた瞬間、莉子の瞳から涙が溢れ出した。


「何で……ひぐっ……わだじ、酷いごとばっが……ひっぐっ……言っでだのに……うぇえええええぇぇええん」


「それ言うたら、ウチかて初対面であんたを引っ叩いとるしなぁ」


「ぞれは……わだじが……」


「あー、泣かしたー。琴ってばひどーい」


「いーけないんだーいけないんだー。川島さんにー言ってやろー」


 牡丹と京太郎のコンビが間髪入れずに茶々を入れた。こいつら仲良いな。


「やれやれ……」


 マシューは海外ドラマの役者の様に、両手を上にあげて肩をすくめた。ほんとにさっきからこれしか言っていないけど、バグってしまったのだろうか。


「ふぇええええん」


「何でみはるんまで!?」


「だっで……だっでぇええええ」


 もらい泣きをするみはるん。もらいどころか、当事者の莉子以上のギャン泣きである。


「ほら、はよ教え」


「うん……ひぐっ」


 べそをかきながら琴さんと玲に連絡先を教える莉子は、小さい子供にしか見えなかった。ずっと強がっていたけれど、本当はみんなと仲良くしたかったのだろう。


「良かったじゃん」


「……うるざい」


「俺の連絡先も教えとこうか?」


「あんたのはいらない」


「あははは! 朔ってば、どさくさに紛れてフラれてやんのー! だっさー」


「普通に傷つくんだけど! あとすげー恥ずかしい!」


 誰が大貧民のルールを教えたと思っているのか。恩を仇で返されるとはこのことだ。


「何ボーっとしとん」


「え?」


「あんたも早よやりーや」


「やるって、何をですか?」


「決まっとるやろ。腕立て100回」


「あ、それガチだったんですね……」


 ゲームにおいて、勝者の決めた罰ゲームは絶対である。俺が腕立てを強要されるのも、莉子が玲と琴さんと友だちにになるのも。ただ、その罰ゲームによって、必ずしも敗者が虐げられるとは限らない。ただそれだけのこと。


「そんじゃ、パパっと100回やっちゃいますかね」


 腕立てを行う姿勢を取った俺に、牡丹がすすっと近づいてきた。


「じゃあアタシが朔の背中に乗っかってあげるよ」


「じゃあって何だよじゃあって。話が繋がってないぞ」


「ダイジョブダイジョブ。アタシ軽いから」


「人の話を聞こうか」


「そーれ、ドーン!」


「ぐぇえええ!」


 ヒップアタックのような形で飛び乗ってきた牡丹に、俺はあっけなく押し潰された。牡丹はかなり細身だが、40キロはあるだろう。人ひとりを乗せて腕立てなど一般人のやることではない。と言うか、普通に100回だってできるか怪しいのに。


「ちょ、無理無理無理無理」


「ほらほらーがんばれー」


「朔くん、代ろうか? それ、代ろうか!?」


「いや、ダンボさん怖いっす!」


「ダンボさんだったら乗りたくなーい」


「あぁ……なんてストレートな拒絶……」


「牡丹さん、50回までいったら変わってくださいね!」


「良いよ~玲ちゃん体重何キロ?」


「えっと、それは……」


「ちょっと待て。ちょっと待ってくださいお願いします」


 俺は途中で何度も押し潰されながら、深夜の3時過ぎにようやく100回の腕立て伏せを完遂した。その間、京太郎はマシューと機材談義をしていたし、琴さんと莉子はファッションについての話に花が咲いていたようだ。ダンボはずっと俺を羨ましそうに見ていた。怖かった。

 50回を超えたところで牡丹と玲が交代したのだが、より小柄なはずの玲の方が……と万が一にも口に出せばバンド解散の危機が訪れるかも知れないので、それは墓場まで持って行くことにしよう。

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