第48話 一発屋の全盛期

「と言うわけで、nuclearニュークリアのボーカルさんを満足させなければいけなくなりました」


 玲はシンタローさんの元から戻ってくるなり、メンバーに告げた。ウキウキを隠し切れない表情を携えて。


「聞こえてたよ。いきなり写真を宣伝に使わせてくれなんて、冷や冷やするから勘弁してくれ」


 俺は玲の軽率な行動をまずは咎めた。あの場でシンタローさんが気分を害していたら、今日のライブに与える影響は計り知れない。


「す、すみません」


 玲はウキウキ顔から一転、シュンとしてしおらしくなった。どうやら自分でも「あなたの写真を自分たちのバンドの宣伝に使わせてください」というお願いが、一般的にどれだけ失礼な発言なのか理解したようだ。


「まぁまぁ、結果オーライなんじゃない? シンタローさんも笑ってたし」


「そうだけど……玲はシンタローさんのこと知ってた?」


「いえ、実は全然……」


「やっぱり」


 予想的中。やはり玲はシンタローさんのことも、ビート・スペクトラムのことも知らなかった。「夏が終わる前に」はもしかしたら聞いたことあるのかもしれないが。


「広報担当として頑張ってくれるのは良いんだけど、次からはもうちょい慎重に頼むよ」


「そうですね。気をつけます……」


「よし、それじゃお説教はここまで。でかしたぞ、玲!」


「え?」


 玲はポカンとしていた。


「シンタローさんと共演して写真まで撮れるとなれば、これは間違いなく良い宣伝になる。その約束を取り付けて来るなんて、お手柄だよ!」


 話の感じからいって、玲がシンタローさんに気に入られたであろうことはわかる。ギターショップのエディさんといい、玲はアクの強い人物に妙に気に入られる特性があるようだ。


「あ、ありがとうございます。でも、写真を撮ってもらうにはシンタローさん? を満足させなきゃいけないって」


「気に入られんかったらあのオッサンと写真撮らんでもええんやもんな。ちょっと考えてまうわ」


 琴さんは割と本気のトーンで呟いた。


「ちょっと琴さん!?」


「あはは、冗談やて。ウチらのプラスになるんやったら、スケベオヤジとでも写真の一枚くらい撮ったるわ。そのくらいは”やれること”の範疇や」


「スケベオヤジって……」


「でもさぁ、真面目な話、シンタローさんってメジャーでやってた人だから耳は肥えてるよな。そんな人を満足させるって、簡単じゃないんじゃないっすかね」


 京太郎の言うことはもっともだが、不思議と俺はそんなに心配していなかった。


「何や京太郎、自信無いんか」


「そ、そんなことねーっすけど」


 どうやら琴さんも同じようだ。今日のライブが俺たちの初ライブだったなら、シンタローさんに「俺を満足させろ」と言われて怖気づいてしまったかもしれない。だが、今日までやるべきことはやってきたと、ある意味吹っ切れた感情が俺の中にはあった。


「俺たちは俺たちのライブを全力でやるだけ。それでシンタローさんが満足しないって言うなら、俺たちの今の立ち位置はそこまでだったってことだろ」


 初ライブの時のように曲作りに追われていたわけではないので、バンドで十分に練習を積むことができた。レコーディングのために個人練習も今まで以上に行ったし、自分たちの曲に長時間向き合った。前回の反省も踏まえ、バンド全体の意識も変わってきている。確実にcream eyesは良くなったという自負がある。自信がある、というのとは少し違うかもしれないが。


「朔、その発言かっこよくね?」


「生意気やなぁ」


 京太郎と琴さんは茶化すように言う。だが、その表情に不安の色は無かった。


「リーダーの発言をもう少し尊重してください」


「自分たちのやれることを全力で……そうですね! きっとそれができれば上手くいきます!」


「俺の味方は玲だけだよ……」


 間もなくライブハウスが開場され、最初の出演バンドのお客さんが入ってきた。客の入りは5~6人と言ったところだろうか。まぁ、こんなものだろう。

 ライブが始まるまでの間、俺は動画サイトで「夏が終わる前に」が使われていたCMの映像を探し出し、それを玲に聴かせてみた。


「あ、この曲知ってます! え、これ歌ってるのがシンタローさんなんですか? すごい!」


 今更のリアクションだが、玲のテンションが一気に上がる。


「そうだよ。一発屋なんて言われてるけど、一発だってヒットを出せないまま終わるアーティストが大半の中、あの人は一度頂点を取ったんだ。それがどれだけすごいことか、バンドを始めてみると身に染みてわかるだろ?」


 昔と今では、ヒット曲の生まれやすさが違うというのはよく聞く話だ。インターネットが普及した現代の日本において、音楽を聴こうとする人は自分の好みのものだけを容易にピックアップすることができる。そのため、人気の一極集中が起きにくい。それに加えて、音楽ジャンルの細分化や、アプリゲーム等音楽以外のコンテンツがより身近になったことも相まって、「誰もが知っているヒット曲」というものは生まれにくい。


 だからと言って、昔の音楽界なら簡単にヒット曲が生まれたかと言えばそんなわけはない。テレビドラマや映画、CMのタイアップは既に人気のあるアーティストが枠を埋めており、ネットの普及した現代と比べて口コミが伝播しにくいため、有望な新人アーティストも一般層まで浸透しづらい状況であったはずだ。

 言ってしまえば、「一発屋」になるための難易度は、現代よりも音楽バブルとも呼ばれる昔の方が高いのではないかとさえ思う。そんな中、特に業界とのコネも無かったビート・スペクトラムというバンドがヒットを飛ばしたという実績は、本来讃えるべきものだ。


「メジャーの経験がある人のライブをこんな身近で見れるってのも、いい機会だよね」


「そうですね。勉強させてもらいます」


 2番手のバンドが始まるまでは、いつものブッキングライブと変わらない様子だった。だがnuclearの出番が迫るにつれて、ホールには人がどんどん集まってくる。飛び入りの参加にもかかわらず、どこからか情報を聞きつけたファンが駆け付けたようだ。


 19時40分。nuclearの出番直前には、ホール内には100人ほどの人が集まっていた。やはり40~50代と思われる人が大半だが、意外と若い人も来ている。


「朔さん、今日なんでこんなに人多いんですか?」


 前回に引き続き見に来てくれた秀司が、驚きの表情で尋ねてきた。


「ビート・スペクトラムのシンタローって知ってる? その人が所属してるnuclearってバンドが出るんだよ」


「ビート・スペクトラム? え、夏がなんちゃらの一発屋のですか?」


 秀司の発言が聞こえたのか、近くにいたお客さんの一人がこちらに鋭い目線を浴びせてきた。


「一発屋とかあんまり言わない方がいいぞ」


「そっすね。やっば」


 俺と秀司はそそくさとその場を離れ、ホールの後方でnuclearの出番を待った。ほどなくして照明が暗転し、入場SEが流れ始める。ドラムの男性とベースの女性がステージに上がり、最後にシンタローさんが登場すると、観客から歓声が沸き上がった。思ったよりもずっと人気があるようだ。


「みんなよく来たな。平日の飛び入りだってのに、暇か?」


 シンタローさんはブッキングの純さんに言われたことをそのまま観客に投げかけた。


「あんたの歌を聴きにわざわざ来たんだろーが!」


「いいからさっさと始めろー!」


 ガラの悪い野次のような声援が飛び交う。シンタローさんはそれを聞いて笑っていた。


「よしよし、元気が良くて結構!」


 そう言うと、シャツのフリンジを振り上げながらギターを掻き鳴らし始めた。それと同時に観客が一斉に踊り始める。そう、ダンス。体を揺らすとか、そういうレベルではない。老いも若いも、男も女も、皆体を捻りながらステップを踏んでいる。これはツイストと呼ばれるダンスだ。


「Yeah! Rock 'n' Rooooooooll!」


 思わず赤面してしまいそうなコテコテのシャウトで、シンタローさんは観客を煽っていく。


 「夏が終わる前に」とは随分雰囲気の異なる楽曲だった。リハの時に披露した現代的な音楽とも全く曲調が違う。だが先ほどネットで調べた限り、ビート・スペクトラムは元々こういう80年代のネオロカブームの様な曲を演奏するバンドとしてデビューしたらしいので、これはその当時の曲なのかもしれない。


「OK! 次は新曲だ。お前ら、ラッキーだったな」


 観客からはまたも歓声が上がる。そして披露された楽曲は、リハで演奏していた曲だった。演奏クオリティも編曲もハイレベルで、とてもかっこいい曲だ。


 だが、先ほどとは打って変わっての現代的なサウンドに、観客は少し戸惑ったような反応を見せる。ダンスホールと化していた場所が元のライブハウスに戻り、体を揺らす観客と退屈そうに腕を組んでステージを眺める観客に二分されていた。

 曲が終わると、まばらな拍手がステージに贈られる。


「おい、なんだよ今の! あんな曲聴きたかねーぞ!」


 観客の一人がシンタローさんに向かって口汚い野次を飛ばした。ホールが一気に緊張感に包まれる。野次を飛ばしたオジサンを一部の客が睨みつけていたのだ。そしてそれを睨み返す観客もいた。


「気に食わなかったか?」


 そんな状況にも関わらず、シンタローさんは余裕たっぷりに笑っていた。


「俺はお前が全盛期だった頃の曲が聴きたいんだよ!」


 野次を飛ばしたオジサンは、どうやらシンタローさんの古くからのファンの様だ。年齢層の高い観客たちの多くは、このオジサンに賛同しているようだった。


「何だよ、全盛期って」


 シンタローさんは初めてムッとした表情を見せた。


「ファンの期待に応えるのがプロってもんだろ! 俺たちが喜ぶ昔の曲をやってくれりゃそれで良いんだよ。そんな最近の若い奴らに媚び売ったような曲作ってんじゃねーよ! 一発屋の癖に、晩節を汚すような真似しやがって」


 オジサンはかなりヒートアップしていた。よく見れば手にテキーラの瓶を持っている。酔いも手伝って、言いたいことをぶちまけているようだ。熱心なファンだからこそ、最近の方向性に不満を持つということはバンドに限らずよく聞く話だ。


「別にあんたが俺たちの新曲を気にいらねえってんならそれでいいさ。あんたは俺のことを勘違いしているみてえだしな」


 シンタローさんとオジサンのやり取りを、周りの観客は黙って聞いていた。どうやら、最近の音楽性について疑問を抱いていたのはオジサンだけではなかったようだ。シンタローさんの言葉を、観客たちは待っていた。


「なんで昔みたいな曲を作ってくれないんだよ!」


「そりゃあ俺が今作りたい曲を作ってるからに決まってるだろ。あんた、さっき”晩節を汚すような真似”って言ったな。そいつは俺が一番嫌いな言葉だ。俺が全盛期だった頃の曲を聴きたいだって? 俺はなぁ、いつだって今が全盛期なんだよ!」


 スポットライトに照らされながら、シンタローさんは力強く吠えた。その姿には、一切の迷いが感じられない。


「そもそも、シンタローさんが”ファンの期待に応える”ことを優先できるアーティストなら、一発屋なんて呼ばれることはねーっしょ。この人、自分のやりたいことしかやらないんだから」


 ドラムの若い男が茶化すように口を挟んだ。


「俺は俺のやりたい曲しかやらねえし、俺がその時良いと思った曲しか作らねえ。いや、それしかできねえのさ。だからそれが受け入れられないってんなら、それは俺にはどうしようもできねえな」


 シンタローさんはしみじみと語る。


「ってお前、俺は一発屋じゃねえよ!」


 そこで観客からどっと笑いが起こった。野次を飛ばしたオジサンをはじめ、一部の観客は納得のいかない表情を見せていたが、それはお構いなしにシンタローさんたちはライブを続行した。

 その後披露された楽曲は、どれも毛色の違うものばかりで、とても同じバンドとは思えなかった。そして最後まで、「夏が終わる前に」が演奏されることはなかった。


 ホールにはシンタローさんの姿勢を受け入れて踊る者と、受け入れられず不機嫌そうな顔を浮かべる者がいた。俺は次の出番のためにスタンバイしていた舞台袖で、こんな人もいるのかと心を揺さぶられていた。


「サンキュー! また会おうぜ!」


 最後の曲が終わり、客席にピックを投げたシンタローさんはステージを降りていく。そして舞台袖で俺たちの姿を見つけると、誇らしげな顔で声を掛けてきた。


「さぁ、俺を満足させてくれるのか、楽しみにしてるぜ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る