第9話 オークション


 準備を終えてから三日経ち今日がオークション開催当日。

 俺達は牢屋がある部屋のさらに地下にあるオークション会場へと続く通路を歩いていた。


「今日で全てを終わらせる」


 通路を歩きながら力強く自らの拳を握り締める。

 しばらく通路を歩くと扉が見えてきた。

 一番前を歩く男が扉の鍵を開け部屋の中に入る。そこに俺達も続いて部屋の中に入った。

 部屋の中は俺達の呼ばれる順番が彫ってある木の板と扉が二つあるだけの何もない部屋だった。


「おい、お前らここで待機しておけ。準備ができたら一人一人呼ぶからな」


 部屋の中に入ると男がそう声を張り上げ入ってきた方と反対側の扉から部屋を出ていく。


 ──そこの扉はオークション会場へと直接つながっているみたいだな。さしずめここはオークションの商品達の待機室といったところか。


 扉の向こう側がオークション会場へとつながっているかどうかはともかく。どうやら俺達に嵌められている隷属の首輪は見張りより信頼されているようだ。

 多分この部屋を出ていったら首が絞まるように設定されているんだろう。

 信頼できるほどの効力を発揮する首輪、何と恐ろしいことやら。まぁ今は俺が首輪を全て嵌め直したからそんな心配は必要ないのだが。


「さてどこから逃げるかな」


 脱出経路の確認のためまずは俺達が入ってきた方の扉に手をかける。だが鍵を閉められているらしく扉が開かない。

 俺達の後ろに確かもう一人男がいたはずだが、その男が部屋にいないってことはこの扉の鍵を閉めたのもその男か。

 そうなるとこの扉の向こう側で見張りをしている可能性が高い。オークションが始まる前に何とかここから全員逃がしたいがその前に扉の向こう側に見張りがいるかどうか確認しないとな。

 扉の向こう側を確認するため部屋の隅で目立たないように『実体化』を解除して扉をすり抜ける。

 扉をすり抜けると案の定、見張りが扉の前で座っていた。


『やっぱりいたか』


 このままでは俺達が逃げるときの邪魔になる。

 なので俺はスキルの『メテオ(笑)』と同じ要領で見張りの頭の上に人の拳くらいの大きさの岩を実体化させた。


ドガッ……っと岩は見事に頭に直撃して見張りの意識を刈り取った。


「意外と上手くいったな」


 倒れたのを見届けた俺は見張りの持ち物の中を漁り部屋の鍵を探す。見張りなら持っているだろうと思ってのことだ。

 しばらくして鍵を見つけた俺は地上までの経路に見張りがいないことを確認して元いた部屋に戻った。

 地上までの最短ルートしか確認していないが人の気配が全くしなかったので大丈夫だろう。

 これならこの部屋にいる捕まっている人達を全員地上に逃がせるはずだ。

 そう思った俺は人の視線を集めるため部屋の中で声を張り上げる。


「みんな聞いてくれ! 今なら地上まで逃げることが出来る! 逃げたいと思った人はこっちに集まって欲しい」


 だが返って来た反応はあまり芳しいものではなかった。


「あなたあの男達の仲間なの?」

「そんなこと言っても首輪が……」

「それにそこの扉は鍵がかかっているだろうし」

「見張りだっているかもしれないじゃないですか」


 確かに何も知らないこの状況じゃそう判断するしかないか。


「まず俺は男達の仲間じゃないから安心してくれ。見張りは俺が何とかしたし、扉の鍵だって全て開けてある。それに首輪は俺が解除出来る」


 説明すると同時に自分の首輪を解除する。

 そしてもう一度声を張り上げた。


「地上に出たいやつはこっちに来い!」


 その言葉に全員が俺のいる元に集まった。

 多少というかかなり怪しかったかもしれないが、皆切羽詰まっているのだろう。

 どうやら怪しい部分は気にすることなく上手く納得してくれたみたいだ。後は一人ずつ首輪を外して地上に出てもらうとしよう。道順は先頭のやつに教えておけば大丈夫だろう。

 俺は両手を使い素早く首輪を外していく。

 そしてものの数分で全ての人の首輪を外し終え、捕まっている人達を外に送り出した。


「あとは二人か」


 俺は気づいていた。あの少女、リーネがこの部屋にいないことを。捕まっている人達を送り出した方とは逆側の扉に目を向ける。いるとしたらこちら側だろう。

 そう当たりをつけて送り出した方と逆側の扉をすり抜けた。

 扉をすり抜けた先には光る球体でライトアップされたステージが広がっていた。


 ──やはりあの部屋はステージと直接つながっていたか。


 ステージに上がって見るとステージを中心に扇形に席が広がっており、中心のステージから離れる程に席の高さが高くなっていくというホールのような場所だった。

 もうすでに席がほとんど埋まっておりオークション開催は間近のようだ。

 オークションが始まる前にソフィーとリーネを助け出したいがどこにいるのか全く分からない。

 周りを見渡していると俺がステージに上がって来た方の扉と反対側に位置するところにもう一つ扉を見つけた。

 とりあえず中を確認しようとその扉をすり抜ける。

 すり抜けるとそこは俺達がいたような何もない部屋があり、部屋の隅には蹲っている少女がいた。


「ソフィー?」


「その声はカズヤ?」


「ああ、そうだ」


 やはり少女はソフィーだったようだ。


「約束通り、ここから助けるけど」


「分かったわ。後でリーネも必ず助けなさいよ」


 ソフィーはリーネを心配しているようであまり元気が無い。


「もちろんだ。任せておけ」


 なのでその心配を取り払うように力強く返事を返した。


「話はこれくらいにしてさっそく行動だ。オークション開催まであまり時間が無いからな」


 俺達二人が行動しようとしたそのときオークションの関係者らしき男がこの部屋に入ってきた。

 咄嗟に俺は『実体化』を解除する。


「おい、嬢ちゃん。出番だぜ」


 どうやらもう出番が来たらしい。

 だがそれは俺達二人にはもう関係ないことだ。男にはここで眠っていて貰うことにしよう。

 俺は男の頭上に岩を実体化させて落とし気絶させる。


「カズヤ、あなた結構やるわね」


「それよりもソフィー早くここを出よう」


 オークションがもうすぐ始まってしまうことに焦りを感じてソフィーの手を引くが……。


「ちょっと待ちな」


 目の前には俺と比べて二回りは大きい男がいて、出入り口を塞いでいた。

 こんなときに限って見つかってしまうとはツイてない。

 だが悔やんでいても仕方ない。話しながら解決策を考えるしかないか。


「ん? 何か用があるのか? 俺は急いでるんだが」


 さっきと同じように頭上に岩を落とすのはこの男の頭と天井の距離が近いため無理そうだ。


「あ? てめぇふざけてるのか?」


「別にふざけてない。いたって通常運転だ」


 そう言いながらジリジリと後ろに下がる。

 今の俺には岩を落とすしか攻撃手段が無い。

 このままでは何も出来ずに捕まってしまうだろう。

 だがそれは自分を汚さず無力化する場合の話だ。

 今まで自分を汚さずに無力化することに固執していたがもうそんな必要はないのかもしれない。

 きっとまだ元の世界の倫理観が残っていたのだろう。

 だがここは異世界だ。相手は俺達を捕らえ売り捌こうとした敵だ。そんな相手に遠慮する必要がどこにあろうか。

 否、遠慮する必要は無い。

 足を止め、手を前に突き出して男の胸の位置に標準を合わせる。


「てめぇ何のつもりだ? こっちには首輪があるんだぞ?」


「お前面白いな」


 そして男の胸の位置に岩を実体化させた。


「とっくに対処済みだよ」


「グハッ……」


 男は口から血を吐きながら倒れる。

 人を殺しても不思議と嫌悪感はなかった。

 これは俺が幽霊だからかもしれない。

 いやそれは関係ないか。俺が人を殺したことに変わりはないのだから。


「これで良かったのか」


「あなたは何も間違ったことをしていないわ。今はそれよりもやるべきことがあるでしょう」


 ソフィーに言われた通りなのかもしれない。

 今は他にやるべきことがある。

 俺達は男の死体を越えてステージへと続く扉をくぐる。扉をくぐると会場内がざわついていた。


「もう始まっているみたいだな」


 すでに司会らしき男がステージの上に立って何やら話している。


「そうみたいね。何とか反対側の扉まで行ければいいんだけど」


「ここで待っていても時間の無駄だな。いっそ正面突破とかしてみるか」


 ここで待ってタイミングを見計らっていたらいずれバレてしまう。

 ならば『メテオ(笑)』で会場の視線をステージ以外に集めて一か八か正面突破した方が良いだろう。


「ふふ……あなたは全く面白いことを考えるわね。私はそれでも構わないわ」


「ならいっちょやりますか」


 両手で会場中央に標準を定める。そしてスキル『メテオ(笑)』を発動した。

 しかし、ドスンッ……と大きな音を立てて落ちたのは俺達がいるステージの上だった。


「やべ、落とす場所間違えた」


 このままではそう時間がかからないうちにステージに注目が集まってしまう。そう落ち込んでいる暇はない。


「こうなったらそのまま正面突破しかない。行くぞソフィー」


「全く、やるんだったらしっかりやりなさいよ」


「すみません!」


 俺達はステージの上を走り抜けた。

 そして反対側までたどり着き、扉をくぐろうとしたとき突然横から声をかけられる。


「ソフィー!」


「リーネ!」


 どうやらあの少女はステージの袖に隠れていたらしい。

 丁度良いこのままリーネも連れていってしまおう。


「感動の再開は後にしてくれ。もうすぐ追っ手が来るからな」


「誰のせいでこうなったんだか」


「……とりあえず逃げよう」


 俺達三人が部屋に入ったところで出入り口に岩を落とした。これでかなり時間稼ぎになるだろう。


「このままこの先の通路を抜けて階段を上がれば地上に出れるはずだ!」


 その言葉の勢いそのままに通路を走る。

 走っている途中でいくつもの岩で道を塞いだので追っ手はもう来れないはずだ。

 だが世の中そう上手くは行かないようで通路を抜けたところで巨大な狼が待ち伏せていた。


「グルル……」


「ソフィー! リーネ! 止まれ!」


 慌てて二人に止まるように指示する。

 何でこんなところに狼がいるんだ。

 さっき確認したときはいなかったはず。


「どうだ? 僕の従魔は」


「誰だ?」


 どこからか声が聞こえてくる。


「僕としたことが商品達にまんまと逃げられてしまったよ」


 通路先の階段からは胡散臭い爽やかな顔をした優男が下りてきた。


「君たちここからなぜ逃げようとするんだい?」


 コイツ何いってるんだ?閉じ込められれば逃げたいと思うのは当然だろう。


「見たところ女達の方は僕が苦労して手に入れた結構な上玉達みたいだね。ああ、もしかして僕の物になりたくて逃げ出して来たのかな」


「ちょっと聞いていいか?」


「男の分際で僕に何の用だ。全く穢らわしい」


「お前がこのオークションの主催者なのか?」


「そうだったら何だと言うのだ。君には関係ないだろ」


「それが関係あるんだよ。俺、被害者だし」


「なるほどここから逃がして欲しいのだな。まぁそこの女達を置いていったら考えてやらんでもない。何せこの女達を手に入れるために一つの村を滅ぼさなければならんかったからな。全く苦労したよ」


 男がそう言って笑っていると……。


「ふざけるな……」


 突然リーネが声を荒げた。


「お前のせいか……」


 リーネの突然の豹変ぶりに少し驚くもリーネに何があったのか尋ねる。


「おい、リーネどうしたんだ」


「……コイツが私のお父さんを……村の人達を」


 まさかこの男が滅ぼした村ってリーネの……。


「何回交渉しても首を横に振るんだから。あんなに金だって積んでやったのに」


「……」


 リーネは強く唇を噛みしめていた。


「リーネ、これを持っておけ」


 そう言って実体化したサバイバルナイフをリーネに渡す。


「これは?」


「見てわからないのか? 刃物だよ」


「それは分かるけど、どうして」


「そんなの決まっているだろう」


 復讐は何の得にもならない。ただ虚しいだけだ。他にもっとやるべきことがある。

 世の中にはそう考える人が多いだろう。

 だが俺はそうは思わない。少なくとも復讐したいと思うほどの相手は大抵がクズだからだ。

 それに復讐は次に進むための大事なステップだとも思っている。復讐によって得られることは少ないのかもしれない。でも得られることはあるのだ。

 復讐しなければ得られるものも得られない。

 だから成長のためには復讐も必要だと言うのが俺の持論だ。


「君達は何を言っているんだ? そんなこと僕が許すわけ無いだろう。女達を置いていけば命だけは助けてやろうと思ったが仕方ない……死んでいいよ」


 男は狼に指示を出し、その指示を受けた狼は俺に飛びかかった。


「死ねって言われても生憎俺はもう死んでいるんでな!」


俺は咄嗟に狼の頭に標準を合わせて岩を実体化させる。

タイミングを合わせて実体化させた岩は狼の頭をすっぽりと覆い、狼の頭部を見事に消滅させた。


「き、君は今何をした?」


男は震えた様子で後ずさる。


「リーネ、お前はどうしたいんだ?」


「私は……」


 リーネは少しの間俯き悩んでいたがどうするか決めたのか顔を上げた。


「私はアイツが憎い、アイツを殺したい」


「そうか、ならそれを使うといい」


 俺は話しながら片手を伸ばし男が逃げられないように男の後ろに大きな岩を実体化させる。


「分かったわ」


「た、助けてくれ。金ならやる。いくら欲しいんだ?」


 リーネは一歩一歩男に近づく。


「来るな! な、何でもやるぞ。家か? 家族か? 家族ならば私のとっておきの奴隷を家族として与えよう」


 リーネはついに男の目の前までたどり着き、立ち止まった。


「そんなのいらない。あなたは私の大事な人達を奪った。だから許さない。ただそれだけ」


 その言葉を残してリーネは男の胸にサバイバルナイフを突き立てた。


「ぐあぁぁ!」


 男は一瞬叫びすぐに静かになる。

 それを見届けたリーネは力が抜けたように地面にペタンと座り込んだ。


「リーネ! 大丈夫?」


 ソフィーがリーネの元に駆け寄る。


「何とか大丈夫。でもソフィーのおかげで気持ちが少し楽になったよ、ありがとう」


 俺にはリーネが心なしか清々しい顔をしているように見えた。


「いつまでもこんなところにいるのも何だし地上に行くか」


「そうね」


 声をかけてもリーネが座ったままだったのでもう一度声をかける。


「リーネも行くぞ」


「……分かったわ。それと……………ありがとう」


 そして俺達は地上に上がったのだった。


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