第二十五話 夕日に染まる海辺の戦闘

 

 == 先鋒 カミュー ==


 カミューが取っ手の付いた、三十センチほどの金属の棒を構える。左右に二本、二刀流だ。どことなく捕物とりもの十手じってに似ている。


 てか、マジで闘うのか?


 合図も何もなく向かい合い、お互いの間合いを測る。先に踏み込んで来たのは、カミューの方だった。


 だが、カミューは明らかに手加減してくれていた。ほとんどが寸止めだ。俺の動きに合わせてくれている。


「ナナミの、夫だと言うのは、本当に、本当なのか?」


 演舞のように十手を操りながら、話しかけてくる。


「ああ、結婚、十年目だ」


 俺もナイフで防ぎながら応える。


「ナナミが、三十一歳と、言うのは、本当なのか?」


「誕生日、過ぎてる。三十二だ」


「ナナミを、愛しているのか?」


「ああ。おまえの三倍くらいはな!」


 俺の足技がカミューの額を掠める。惜しい!


 カミューが十手のの部分で、俺の顎、腹、腿を打つ。三連打だ。全然防ぎ切れない。唇が切れ、胃液がせり上がってくる。


「くっそー! 俺の負けだ!」


 カミューが十手を持った手を挙げた。


 うえっぷ。最後の本気でやりやがったか? いや、本気出されたら死んでたな。


 内容的には俺の完敗だが、勝負は俺の勝ちで良いらしい。正直『拳で語る』なんて、どうしたら良いか分からん。三発殴る事で引いてくれたカミューの、潔さが沁みる。


 次はルルか。



 == 副将 ルルリアーナ ==


 ルルが百三十センチほどの、細い棒を持って立つ。もうその立ち姿に、見惚れる。放つ空気は達人の静かで、それでいて鋭い気配。


 俺の生き物としての本能が、逃げろと言っている。ナイフを持つ手が、汗でヌルヌルと滑る。


 ルルが棒を正面に構える。コンコンという音がして、棒が三つに分かれた。


 三節棍か! また玄人好みの得物だな! ハザンが大喜びしそうだ。


 左右に深い切れ込みの入った、丈の長い上衣がひるがえる。ふわりと跳びながら身体を捻り、生き物のように動く棍が、あっという間に俺のナイフを弾いた。


 動作はたった二つ。踏み込んで、流れるように手刀を俺の首に当てる。この人差し指と中指を、ほんの少し打ち込まれていたら、俺は喉を潰されていただろう。


「ヒロトさん。この街に、ナナミと共に住むわけにはいきませんか」


 手刀を喉元に、固定したまま言う。殺気は感じない。だが、冷や汗がダラダラと、流れるほどに吹き出す。


「ナナミと、話し、する、望む」


 うう。緊張して、カタコト感が増し増しだ。


「あなたにナナミが守れますか」


「守りたい、思う。諦める、しない」


「ーーーあまりに隙が多すぎます」


 タンタン、タンと、肘や肩、膝を打たれる。ダメージは大きくはない。だが、心を折りにくるやり方だ。


 ルルが打っているのは、どこも的確に戦闘能力を削いでいく場所。肘が潰され、肩が上がらなくなり、膝を砕かれる。少しでも本気で打たれていれば、俺は既に何一つ抵抗できない。


「自分を盾にするような闘い方は、そう何度もできるものではありません。腕や足を、差し出すのにも限りがあります」


 言葉を続ける間も、延々と打たれる。ただのひとつも防げない。その言葉も鋭く、深く心に刺さる。


「すぐに旅立つ許可は、差し上げられません。明日から、ナナミと共に修行して下さい」


 ルルがそう言った時には、俺は立っていられない程に消耗していた。へたり込み、


「よろしく、お願いします!!」


 と、頭を下げた。『階段の上の魔女』。それがルルの二つ名らしい。魔女の洗礼は、手痛く、しかも手厳しかった。だが、それでいて、どこか気恥ずかしい程の、暖かさも含んでいる。


 それは遠い昔、親父にこっぴどく叱られて、夕飯抜きを言い渡された俺に、姉貴がこっそり持ってきてくれた、塩っぱい握り飯みたいだった。


 姉貴の『全くしょうがないわね!』という声が聞こえた気がして、しばらく顔が上げられない。


 俺がーー、俺たちが茜岩谷サラサスーンで、大岩の家族に出会ったように、ナナミにも暖かい場所があった。その事を、この世界の太陽神イラティラさんとやらに、感謝したいような気持ちになる。


 まあ俺は、あんたの使いっ走りをする気は、更々ないんだけどな。



 しばらく肩で息をしていると、洞窟からナナミが出てきた。子供たちに閉じ込められていたらしい。


 ナナミだ! ようやくナナミの顔を、拝む事ができた。髪の毛伸びたなぁ。それにーーー。



 ーーでも、ナナミ。なぜ額にハチマキを巻いているんだ?




「最後は、私が相手だ!」


 えっ?


「私がラスボスだ!!」




 == 大将 ナナミ ==



 ナナミが棍を振り上げ、おりゃぁー!! と気合を入れて、全力疾走で走ってくる。


 ちょっと待て! まさか本気なのか?



 ふらつく足で立ち上がった俺めがけ、一直線に走ってくる。その真剣な表情に気圧され、俺も防御の構えを取る。




 ーーナナミは直前で棍を投げ捨て、まっすぐに、思い切り良く、俺の胸に飛び込んで来た。


 ナナミ、それ、タックル。しかも強烈なやつ!


 吹っ飛ばされて、尻餅をつく。ナナミは俺と一緒に倒れ込み、そして、うわーんと大声を上げて泣きだした。




 ばか! 遅いよ! 待ちくたびれたよ!


 あ、ああ、そうだな。ずいぶん待たせちまったな。


 ばか! ハルやハナを連れて旅をするなんて、無茶にも程がある!


 あー、うん。でもハルもハナも、自分で決めたんだ。一緒にお母さんを迎えに行くってさ。


 ばか! なんだその顔の傷! その腕、どーしたのよ! なんでそんなにボロボロなのよ!


 あー、これはだな。大した事ないっつーか、もう痛くないから! それに、より一層いっそうボロボロにしたのは、おまえの一派だ!


 ばか! ばか! そんなボロボロになってまで、迎えに来るなんて、ばか! 本当にばか!


 ナナミに会いたくて、我慢なんて、できなかったんだ。


 またそーゆー事言う! ばかばか! ばかー!!


 ごめんな。ナナミが好きだって言ってくれた手、ひとつ無くしちまったよ。


 ばか! ひとつあれば充分! 目移りしなくて丁度いい!


 ああ、くそっ! やっぱり両手で抱きしめたいな。


 ばか! 私が、ヒロトの分まで抱きしめてるじゃない! 足りないなら、こうしてやる!


 ナナミが両足を、俺の腰に巻きつけて、ぎゅうと締め付けた。


 ハハッ! 苦しいよナナミ。それにしてもその耳、似合うなぁー。クッソ可愛いな! 惚れ直したよ。


 ……ばか。ばか。ばかばかばかー!!



 俺たちは、みんなに見えないようにこっそりと、中学生みたいなーーー。


 コットンキャンディわたあめみたいな、キスをした。






 ▽△▽



「なぁ、ルル。ばかって、なんて意味だ?」


 二人のやり取りを、呆気に取られて見ていたラランが言った。


「うん、フーラルバカってことかな」


「ぷっ! すげぇいっぱい言われてるな!」


「うん。でも『大好き』って意味も、あるみたいよ」


「へぇ。耳なしの言葉は、むずかしいな!」


「そんな事ないよ。この世界でも、一緒だよ」


「そっかー。ナナミはあいつが大好きなのか。ちぇっ。俺もナナミを幸せにする自信あるのにな!」


「俺だってあるぞ」


 カミューが膝を抱えた姿勢で、顔だけ上げて言った。


「ふふふ。ほら、ナナミ、嬉しそうだよ。すごく……幸せそうだよ。誰が幸せにしたっていいじゃない」


「いやだよ! ナナミがどこかに行っちゃうなんて、いやだ!」


「ナユ、家族はどんなに離れていたって、家族なんだって。ナユがもう少し大きくなったら、ナナミに会いに茜岩谷サラサスーンまで行けばいいじゃない?」


 えぐえぐと泣いているナユを抱きながら、二人に声をかける。


「ヒロトさーん、ナナミー! そろそろ教会に戻りましょう。ハルくんとハナちゃんは、教会で待っているそうですよ!」


「全く、子供を放ったらかしにして、いつまでイチャイチャしてるつもりなんだ! もう二、三発殴っとけば良かった!」


 どうやら、手痛い失恋をしてしまったらしいカミューが、言葉とは裏腹に、嬉しそうに言った。そういえば、ここにいるのは、みんな家族を失うところから、人生のスタートを切った者ばかりだ。


 目の前には、自分で家族を作った二人がいる。


 それは、私たちにとって、憧れてやまない、でも手を出すのが怖い、硝子細工みたいなものだった。


 でも二人を見ていると、なんだか、簡単で当たり前な事のように思えてきて、私はナユとカミューの手をぎゅっと握りながら、


『なーんだ! それで良いんだ!』


 と、大きな声で独り言を言った。


 春の風が柔らかく、髪の毛をくすぐる。海からの風は、いつもどおりの、潮の香りを運んできた。






あとがき


次話、エンディングです。

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