第十四話 トルルザの教会
強い風が吹き、柔らかく背の高い
ポンチョのフードを風に
「ハル、髪の毛伸びたな。少し切るか?」
「うーん。でも耳が見えたらこまるし、おかーさんに会ったら、切ってもらう」
それは俺の散髪技術が、信用ならないという意味だろうか。それとも願掛け的な感じ?
「ハナちゃん、あーたんに、おリボンむすんでもらうー」
ああ、俺がやると縦になるからな。なんでだろうな?
草原を走る街道を進む。大きく蛇行して、どんどん幅を広げる川を右手に眺めながら進む。
ハルが草笛を吹きはじめた。砂漠の旅から戻ったあと、アンガーに習いはじめて、この旅に出る直前に、ようやく音階が吹けるようになった。今日の選曲は『グリーンスリーブス』か! よくそんな古い曲知ってるなと思ったら、学校で下校を知らせる曲だったらしい。サビの高い音が上手く出せないらしく『プヒュー』と変な音が出る。そのたびにハナが、楽しそうに声を出して笑った。
その日の昼には海が見えはじめ、午後には『トルルザ』の街へと到着した。街の人たちは、サビ耳の集落の人たちと同じような、袖と裾の広がったフエルト地のチェニックを着ている。女性の服はワンピースのように少し丈が長く、裾も大きく広がっている。同じ素材の長靴のようなブーツと、幅広のヘアバンドも同系色で揃えていて、なかなかお洒落な装いだ。
街の入り口に、自警団の詰め所があり、あくびはそこで待機だ。口輪を嵌めて、
直で教会へ行くつもりだったが、屋台からなんとも美味そうな匂いがして、つい立ち止まってしまった。甘い味噌が焦げる匂いだ。屋台を覗き込むと、蒸しパンか
「三本、頼む」
素通りは出来なかった。ハナがよだれを垂らしそうな顔をしているし、ハルの目も
「あいよ! 持ち帰るかい?」
「いや、そのへんで、食べる」
「熱いから気をつけろよ!」
声の大きい威勢の良いあんちゃんが、大きな葉の上に乗せて渡してくれた。
大きな木の下に三人で腰を下ろす。ハナは俺の膝の上だ。熱いから、ちょっと待ってろって!
ハナの分は串から外し、半分に折った串にひとつだけ刺して渡す。コクのある甘い味噌ダレが、弾力のある生地にねっとりと絡みつく。あ、中には何も入っていないんだな。うん、これはまさに
ハナが口の周りをべとべとにして、さっそくひとつをペロリと平らげた。ハルは少し猫舌気味なので、フーフーとしきりに息を吹きかけている。腹ごしらえが済んだら、早く教会へ行こうな。手紙の内容によって、この街で一泊するか先を急ぐか、変わってくるからな。
▽△▽
「妻を探しています。こちらに
教会の扉をくぐり、一番最初に会った人に言ってみた。気分は敵地潜入だ。ハルとハナは念のため、外でクーと一緒に待たせてある。
「手紙ですか? ちょっと待って下さいね」
ずいぶんと若い人もいるんだな。ひまわり少女と同じくらいか? この人も見習いなのかもな。
しばらくすると、年配の男性がやってきて言った。
「これは『耳なし』からの手紙だと聞いている。その家族という事は、あなたも『耳なし』か?」
少し離れた場所に立ち、手紙を取り出して俺に見せつけるように構える。
渡してはくれないのか。
「なんの、はなし? 手紙、見せる、お願いします」
とりあえず、とぼけてみた。三、四人の男が、強ばった顔をして近づいてくる。これは、―――危険かも知れない。
「その言葉。やはり耳なしなのか」
独り言のように呟きながら、俺を取り囲んだ男たちに、目で合図を送った。
俺は気づかないふりをして、ニコニコと笑いながら年配の男性に近づいた。素早く手紙を奪い、扉に向けて走る。迫っていた男たちに、腕を両側から掴まれる。
腕を取られた時の対処法、そのまま腕を振り上げ、裏拳で相手の鼻を打つ!
良し、決まったぞ! あの特訓は無駄じゃなかったな!
あと三歩進めればいい! 俺は扉を蹴り開き、外で所在なさげに立っている、ハルに向かって叫んだ。
「ハル! 逃げろ! ハナを連れて逃げろ! 暗くなるまで隠れていて、ロレンの商会へ行け!」
後ろから羽交い絞めにされ、引き倒される。俺は手紙を丸めて、ハルに向かって投げた。
ハルは、びっくりしたような顔をして手紙を受け取った。そして、一度だけこっちを見て頷き、ハナの手を取りクーに飛び乗った。
ハル、強くなったな。俺のシャツの裾を掴んで、小さい声で話していたおまえが、嘘みたいだ。頼んだぞ! お父さんも負けないから。すぐに迎えに行くから。それまでハナを頼んだぞ!
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