第十六話 プレパラシオン

 砂漠の旅から戻って約一か月が過ぎた。クルミもぼちぼち大岩の家での生活に慣れてきたようだ。パラヤさんのおさがりの服を着て、すっかりサラサスーンの娘さんらしくなった。相変わらず毎日踊っている。


 時々ハナがクルミの真似をしながら、一緒にクルクル回っていたりする。


 ハルは最近、固い紙で作る立体的な折り紙に夢中だ。最初は日本から持って来た薄い折り紙用紙が終わってしまったので、仕方なく厚い紙を折っていたようだ。固い紙を爺さんに作ってもらった定規を使って、設計図を書くように折り跡を付けていく。この段階でハルの頭の中では、出来上がりの形が見えているらしい。


 ハナはハルの折り紙を見るのが大好きで「ハルちゃ、しゅごいねー」などと言いながら、飽きもせずに眺めている。


 さゆりさんはハルの折る紙をいているうちに、紙漉きにハマったらしい。今は花びらや葉を入れ込んだ和紙や、匂いのするもの、様々な染料を試したりしている。カラフルな色紙がテラスに、ところ狭しと干してあるのも見慣れた光景となった。


 時折り風に揺れる色紙に、ユキヒョウ姿のハナがじゃれつき、さゆりさんに首の後ろを掴まれ運ばれていく。


 大岩の家は今日も平和だ。


 爺さんとリュートは、暇さえあれば工具を持って忌み地へと行っている。爺さんはどうやら、ずいぶんと長い間忌み地へ行く事を封印していたらしい。俺というストッパーが現れた事でたがが外れてしまったようだ。


 爺さんやリュートが魔王と呼ばれたり、ロレンが死の商人になってしまうのは困るので、精々ストッパー役を全うしようと思う。俺が旅に出ている間は自重して欲しいものだ。


 光っている物、音の出る物は分解する前に、一旦俺に見せて欲しいとお願いしておいた。



 先日、キャラバンの連中に手伝ってもらって、大岩の家には離れが完成した。出産までを大岩の家で過ごす事になった、ラーナとリュートの家だ。リュートはシュメリルールにある自分の鍛冶工房と、大岩の家を片道二時間かけて行ったり来たりしている。ご苦労さんとしか言いようがないが、俺もまあ、似たようなもんだ。


 キャラバンメンバーによる特訓は続いているが、最初の頃の苛烈さは収まってきた。ヤツラが俺のレベルを把握したのだろう。それでも繰り返し襲い来る筋肉痛を騙し騙し、似顔絵屋を再開した。


 シュメリルールに行く時は、たいていハルも一緒だ。ハルの折り紙パフォーマンスはなかなかに好評で、リクエストの順番待ちが出るほどだ。


 時々はクルミも一緒に行く。爺さんに作ってもらったタンバリンを打ち鳴らしながら踊ると、あっという間に人垣が出来る。パラヤさんちの双子に教えてもらった、チョマ族の踊りをアレンジした小作が人気だ。


 俺の似顔絵屋もそれなりに盛況だ。四十回目の結婚記念日だという、一張羅を着た老夫婦や、晴れ着に身を包んだ成人祝いの親子連れや、今日プロポーズにOKをもらったという恋人同士が訪れてくれる。そんな特別な日を、俺の絵で切り取る事を選んでくれるのは、どうにも面映ゆく、なんとも光栄だ。俺は、絵を描く以上の仕事を任されているのかも知れない。



 夕方の風が吹き始め、似顔絵の客足が一段落した頃、息を切らしたロレンが通りの向こうから走ってくるのが見えた。


「ヒロト! 良かった、まだここにいた。例の情報が入りましたよ!」





あとがき


『プレパラシオン』は、バレエでジャンプの前の予備動作の事です。

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