第六章 耳なしの伝承とバレリーナ

第一話 キャラバン合流

「ヒロト! ナナミさん見つかったんですね! 良かった!」


「なんだよ! ヒロトの似顔絵、全然似てねぇじゃねぇか!」


「子供?」


「ハルの母ちゃん、すげぇ若いな!」


 上から、ロレン、ハザン、アンガー、ルカランの、クルミちゃんを見た第一声だ。アンガーのみ正しいな。


「ナナミいなかった。耳なし、同郷。ロレン、連れて帰りたい。良いか?」


「ナマエ、クルミ。よらしこ」


 クルミちゃん、惜しい。よろしく(マッセ、トーヤ)、だ。


 ロレンが少し考え込む。


男所帯むさくるしいですからねぇ。お姫さま扱いは出来ませんけど、大丈夫ですか?」


 クルミちゃんに訳してあげると、コクコクと頷いた。


「迷惑、しない、こんばります!」


 クルミちゃん惜しい! 頑張ります(アルトゥーナ)だ。


 ハザンが、クックックッと笑いをこらえている。


「面白れぇな! クルミ、マッセ、トーヤ!」


 クルミちゃんの背中を、バシンと叩く。クルミちゃんは、びっくりして目をまん丸にして、その後、キシシと笑いながら、


「マッセ、トーヤ(よろしく)!」と元気よく言った。


 悪くない顔合わせの雰囲気ふんいきにホッとしながら、ふと思い出してロレンに、


「商売、勝ったか?」と聞いてみた。


「まずまず、ですかね。伏魔殿ふくまでん(コヤヤン ヤガンガ)でしたよ、宝石卸売市場は」


『コヤヤン、ヤガンガ』を単語帳で探す。


『ヤガンガ』は住処、『コヤヤン』は化け物。化け物屋敷か。利権とか談合とかありそうだよなー。不敵な笑みを浮かべたロレンを見るに、コテンパンにやっちまったのだろう。


 ロレンの、身内と弱い者にはすぐ負けるくせに、力でねじ伏せたり、搾り取ろうとする相手には容赦しない、みたいな気質きしつは、おっさんからしてみると、少し危うく見える。そして危うくも、眩しい。


「まあ、程々にな」と言いながら、ロレンの健闘けんとうたたえて背中をポンポンと叩いた。



 アンガーは、クルミちゃんに飴を渡しながら、


「お嬢ちゃん、いくつ?」と聞いている。


 クルミちゃんに、単語帳を渡しながら、何歳か聞いてるぞ、と教えてやると、あわあわしながら単語帳をめくる。


 アンガーは辛抱強いし、口数も少ないから、少し相手をするのも良いかもな。ハルもついてるし。


 アンガーはパラヤさんの逆引き単語帳、クルミちゃんとハルはさゆりさんの単語帳を捲りながら、異文化交流だ。ルカランも加わって、若年組は和気あいあいと楽しそうにしている。


 さて、大人組これからの予定を話し合う。


 生鮮食品を少しと水を仕入れてから夕方出発し、夜通し進んで昼休む。砂漠を越え、まずはガンザたちの待つ露店市場バザールの街を目指す。クルミちゃんは俺と一緒にあくびに乗り、ハルはルカランと一緒に乗る事になった。


 洗濯や俺の料理の手伝いをしてもらい、食費や同行の為の費用は俺が持つ。ロレンは気にするなと言ってくれたが、クルミちゃんはおそらく、本当に役に立たない。日本の女子中学生が、急にサバイバルに適応したら、その方が驚きだ。しばらくはお客さまだろう。


 それで良い。俺たちだって、最初は客だった。


 またいつものメンバーで旅が始まる。旅の合間に、少しずつクルミちゃんにこの世界の事を話してやろう。少しでもクルミちゃんが、この世界を気に入ってくれると良いなと思う。


 あくびの事、クルミちゃんの事、お金の事、ひとつずつ片付けていこう。


 禿げ散らかさない程度に。俺も髪の毛は大切だ。


▽△▽


 挿話 クルミの踊り


 ポーラポーラを出発してから、最初の野営地での事。珍しく他に人がいない俺たちの独占状態だ。良い機会なので晩めしの後、クルミちゃんの踊りを見せてもらう事になった。


 演目は『パリの炎』。フランス革命が舞台らしい。革命を前に湧き立つ民衆の前で踊られるバリエーション、だそうだ。


 コレ俺が説明すんのか? めっちゃ難易度高いぞ!


『故郷の凄く昔の、有名な戦いのお話しに出てくる踊り』


 クルミちゃん、コレで勘弁してくれ!


 クルミちゃんは転移時に着ていた練習着の上に、教会の人にもらったフィーヤを腰に巻き、更にハルのフィーヤを胸に巻いて露出度を低くしていた。


 綺麗なお辞儀をして、最初のポーズをとる。もう、顔を上げた瞬間から違った。人に見せる為に踊る演者えんじゃの顔だ。


 腕がしなるように伸び、脚が信じられない角度で上がる。上がってピタリと止まる。少しもブレない重心でクルクルと回る。水平に開脚しながらフワリと跳ぶ。


 キャラバンの連中の目が、点になっている。踊りを見るというより、びっくり人間を見ている目だ。俺も正直驚いた。間近で見るバレエの動きが、こんなにも人間離れしているとは!


 アンガーが「クルミの手足には、何が入っている?」と聞いてきた。んなわけねぇだろ!


「故郷の踊り。ものすごく練習する。しないと踊れない。クルミは、本気」


「そうか、本気か。俺も本気で見る」


 そうしてやってくれ。


 クルミちゃんは焚火の炎に照らされて、音楽もなしで、それでも妥協する事なく、恥ずかしがる事もなく、最後まで踊りきった。


 ハルがパチパチと拍手する。


「クルミお姉ちゃん、すごくきれいだった! 足がピンと伸びて、クルクル回るのもきれい! アレもう一回やって!」


 ルカランが真似をしてクルクル回って、尻餅をつく。


「すげぇなクルミ! なんでそんな風に足上がるんだ?」


 ハザンが自分の足を持ち上げ、イテテと呟きながら言う。クルミちゃんは後ろ手に足を持ち、頭に着くほど持ち上げる。うわ! 背骨折れる!


 バレエの素晴らしさは、みんなに伝わったかどうかわからない。でも、クルミちゃんの凄さは伝わったようなので、俺はとりあえず良かったと思った。

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