第五話 レッツパーリー
「ひまわりの種の油を絞って、唐揚げを作りましょう!」
その日の朝ごはんの後、さゆりさんは高らかに宣言した。
大岩の家ではバターとごま油を使う。ゴマは畑で採れる分を絞って使い、バターも手作りだ。谷牛からラードも作れるが、どれも揚げ物が出来るほどとなると難しいらしい。
揚げ物は、お祝い事や誕生日にしか出てこない、たいそうなご馳走なのだ。
俺の旅の土産である、ひまわりの種を、さゆりさんはとても喜んだ。サラサスーンではひまわりは見かけないそうだ。俺も揚げ物を作ろうと、かなりの量を確保してきてある。
ハルとハナがさゆりさんの宣言に、わーい! と歓声をあげる。『からあでー! からあでー!』とハナが跳び上がって喜ぶ。ハナは肉食系女子だ。
「ケーキも作りまーす!」
「ほんと? さゆりばーちゃん!」
ハルも跳び上がった。
今回はリュートの嫁さんのラーナに、赤ちゃんが出来たお祝いである。さゆりさんの意気込みは
「さあ大仕事よ! みんな手伝ってね!」
まずは肉の確保だ。谷角牛とウサギ、うずらの足が長くなったような鳥(大岩の家では
俺とリュートは、油係り兼メレンゲ係りだそうだ。
ひまわりの種の殻を剥く。プチプチと終わりの見えない作業だ。何しろ荷袋いっぱいあるのだ。ハナにも手伝わせる。パーティの主役であるはずのラーナも駆り出される。全員だんだんと無口になった。
まあこんだけありゃー揚げ物できんだろ! という量をようやく剥き終わり、種をフライパンで
クリーム状になったひまわりの種をガーゼで包み、ラーザで買ってきた植物の蔓で編んで籠に入れる。その上に大きな岩を重石として乗せると、タラーリタラリと金色の油が垂れてくる。これは放置で大丈夫だろう。
ハナがほのかに甘い匂いのする、金色に輝く油が垂れてくる様子を、飽きもせずに眺めている。時々ちょっと指にとって、ペロリと舐める。
日本にあんな妖怪がいたな! 猫又だっけ?
ハナとさゆりさんが、畑で必要な野菜の収穫をしている。ハナがジャガイモの
「俺はラーナのあの笑った顔が好きで。うちの事情に巻き込むのが嫌だった」
リュートが下を向いて、この世界の言葉で言った。
「ラーナの笑顔は俺が守ってるつもりでいた」
「そしたら『あなたに、幸せにしてもらうつもりはない』って言われたんだ。『欲しいものは自分で手に入れる。あなたの隣に居たいからいる。あなたの子供を産みたいから産む。なんか文句ある?』ってさ」
ラーナ、すげぇ男前だな! あんな
「惚れ直したんだろ?」
「うん」
「大丈夫。なにも悪いことなんか起きない」
俺は
顔を上げて照れ臭そうに頷いたリュートは、ラーナと同じくらい幸せそうに見えた。
リュートと俺がダラダラサボっていたら、狩りに出ていた二人が戻ってきた。ハルが『ウサギと鳥はぼくがしとめた!』と言いながら、鳥の羽をむしっている。ハルくん、本当に
爺さんは谷角牛の血抜きと解体を始めている。俺たちは木桶に水を汲み、二人の手伝いに向かった。
それから手の空いた人が交代で泡立てたメレンゲで、さゆりさんがスポンジケーキを焼く。ベーキングパウダーがなくても、メレンゲさえしっかり泡立てればケーキは結構膨らむものだ。木ベラでさっくりとメレンゲを潰さないように、切るように混ぜる。さゆりさんはさすがの手際だ。
ダッチオーブンのようなゴツい鍋の内側に、さっき絞ったひまわり油を塗る。
揚げ物は揚げたてを食べてもらいたいので、
スープと煮込み料理を作る。これはラーナが担当。最初は、あらあら主役は見ていてちょうだい、なんて言ってたさゆりさんも、ラーナの即戦力ぶりと、手の足りなさから参戦を
足長鳥に下味をつけ、一旦寝かせる。スポンジが焼きあがったので、逆さにして網の上で熱を逃がす。
窓の外は夕闇が迫ってきた。涼しくなってきたので生クリームを泡立てる。昨日の夜から放置しておいた牛乳の、分離した上澄みを丁寧に
俺は料理で手一杯なので、リュートと爺さん、ハルが交代で泡立てる。リュートの腕はそろそろ限界みたいで、動きにキレがない。確かバネを利用した便利泡立て器があったはずだ。あとで爺さんに相談してみよう。
顔を真っ赤にして泡立て器を回すハルを、大人全員がほっこりと見守っている。こぼすなよ!
さて、そろそろ出来たものからテーブルに並べよう。から揚げも揚げはじめる。作る側から言うと、出来立てはすぐに食べて欲しい。なんでも作りたてが一番美味しいに決まってるからだ。作っている人を待たなくて良いのはうちの習慣だ。
家中のテーブルを集めて、どんどん料理を並べる。ラーナはハルが作った折り紙のティアラをつけて、お誕生席だ。ハルが『お姫さまが着けるかんむりだよ』と言って頭に乗せると、ラーナは嬉しそうに笑って『ありがとう、ハルくん』と日本語で言った。
ハルの宝物の金色の折り紙用紙だ。ハル、奮発したな!
天ぷらを揚げ終えた俺が席に着き、最後にドライフルーツをたくさん飾ったケーキを持ってさゆりさんが席に着く。
おめでとうと口々に言って、乾杯する。大岩の家の習慣は、ほぼ日本と変わらない。ハルがラーナに『これから楽しい時間がはじまりますよ、っていう合図だよ』と説明していた。
ハルの言う通り、とても楽しい夜だった。みんなお腹いっぱい食べ、もう入らないと言って、それでもケーキまで完食した。
ちなみにリュートの腕は、ほぼ使い物にならなくなり、ポロポロと食べ物をこぼしまくり、最後はラーナに食べさせてもらっていた。
リュートのバツの悪そうな顔と、ラーナの楽しそうな顔が対照的で、それを見てまたみんなで笑った。
▽△▽
今日のメニュー
朝 赤魚の干物、ジャガイモとわかめの味噌汁、辛味噌入りおにぎり
昼 抜き(さゆりさんも俺も作業に夢中になり過ぎて、すっかり忘れていた。ハルとハナはつまみ食いをしていたらしい)
夜 赤カボチャのクリームスープ、谷角牛の煮込み、各種野菜唐揚げ、足長鳥の生姜風味唐揚げ、ピクルス、ドライフルーツのケーキ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます