第四話 風が吹く

 宴会えんかいの次の日の朝は、荷物の積み下ろしからはじまった。ロレンが書類を手に、族長らしき爺さんと話している。約束していた品の他に、お互いの手持ちを見せ合い交渉しているらしい。チョマ族の工芸品や細工物が、青空市のように並べられている。


 俺はチョマ族のテントが欲しかったが、ちょっと手が出ない値段だった。持って帰るには大き過ぎるしな。


 チョマ族のテントは、蛇腹じゃばらのような畳める壁と、折り畳み傘に似た構造の屋根を組み合わせて建てられる。それにフエルトの壁を掛け、さらに毛織物を重ねる。天井に煙突えんとつを取り付けて完成だ。テントというよりも折り畳める住居といった装いだ。


 丸みを帯びたカラフルなテントが、見る間にポコポコと立ち並んでいく様は、眼を見張るものがあった。こっそりスマホで動画を撮影した。


 俺は何枚かの毛織物と、小さな可愛いフエルトの箱をいくつか買った。チョマ族の女性と値段交渉をするのも、フリーマーケットのようで楽しかった。


 チョマ族の人たちはときおり、ぱぁーっと尾羽を開く。どうやら気分が高揚したり、嬉しかったりすると開いてしまうらしい。昨夜の宴会で踊っている時も、開いたり閉じたりしていた。


 仏頂面をしてロレンと交渉している族長の、尾羽が開いてしまうのを見た時は、


 バレちゃうから! 閉じて閉じて! 族長!


 と、ロレンを目隠ししてあげたくなった。なんとも可愛らしい人たちだ。そんな族長を見て、緩んだ口元を必死で隠しているロレンは、きっとここでも完全敗北なのだろう。


 馬車に荷物を積み終わり、そろそろだ出発という時に、ラッカ(マンドリンに似た楽器)をゆずってくれた男性が走ってきた。


 俺に予備だとげんを渡し、


「おまえに良い風が吹きますように」と言った。


 この世界の別れの挨拶あいさつなのだが、グッと来た。


 俺は急いで物入れから、予備のスリングを取り出す。玉もひと掴み小袋に入れる。


 簡単に使い方を説明し、男に渡す。


「狩りに使える」


 男は興味深かそうにスリングをいじっていたが、顔を上げてありがとう《タカーサ》、と笑った。


 馬車が走り出し、ハザンが『ヒロト! 置いてくぞ!』と叫ぶ。


 俺は「おまえにも、良い風が吹きますように!」と言って、馬車に飛び乗った。


 ハルと並んで、放牧地が見えなくなるまで手を振った。


「おとーさんも、あげちゃったんだね。ぼくも、友だちになった子に予備のスリングあげちゃった。アープって名前の子だよ」


 もう会えないかなぁ、とハルが言った。俺は、きっとまた会えるさと答えた。


 アープが身体に良いと、お礼にくれたカゴいっぱいの木の実は、口に入れると震えがくるくらい酸っぱかった。


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