閑話 あさきゆめみし
雨は収まる気配がなく、まだ午後も早い時間なのに辺りは真っ暗になってしまった。
時折り稲光りがバリバリと空を走り、どこかに落ちているのだろう。ズドーンという地響きが聞こえる。ひときわ近くでバリバリズドーン! と聞こえた時、ハルが『ひゃあ』と小さく呻いて俺の脇腹にしがみついてきた。
ハザンが「なんだよーハル坊主、カミナリ怖いのか?」とニヤニヤしながらデコをつつく。
ハルは「怖い、ない! 違う!」と言って、プーっと頬を膨らます。ハザンはハルを、とても可愛がってくれているらしいが、たぶん本人には伝わっていない。
馬の世話を終えたら、夕方まで俺の仕事はない。さて、雨が止むまでの間、何をして暇を潰そう。他のみんなも思い思いにやりたい事をはじめた。
ハルは木箱の上で、また折り紙を折っている。ロレンは書類の確認をしたり、伝票のような物を書いたりしている。ハザンは槍の穂先を砥石で研いでいる。口元にヤバイ笑みを浮かべながら、刃物を研ぐのはやめて欲しい。
ヤーモとガンザはトランプのようなカードゲームに
「トプル、傷、洗う。布、変える」
トプルは歩いてきて『すまんな』と言い、腕を出す。腫れていないし、血も止まっている。猫の爪の傷は腫れるので心配だったのだが、これなら大丈夫だろう。傷口を洗い、アロエを潰してゼリー状の汁を塗り、布を巻く。アロエの鉢はキャラバンには必須アイテムらしい。ポンと叩いて『すぐ治る』と言うとトプルは『そうか、ありがとう』と、言った。
俺はトプルには、なんとなく親近感を持っている。
トプルは山猫との戦闘で、早々に負傷してしまい夜番としての役割を
「トプルはトプル。傷、治す。また
たぶん伝わらないだろうな、と思いながら口にしてみる。気持ちを表すことは、日本語でさえ難しい。きょとんとしているトプルの肩を叩き、ハルの元へ戻った。
雷の音が、幾分遠ざかってきたようだ。これならしばらく待てば出発できるかも知れない。
しばらくして俺はウトウトしていたらしい。浅い眠りの中で夢を見た。
「ヒロト、お帰りだにゃー」
と言った。そうか、俺は帰って来たのか。
って、なんか爺さん今『にゃー』って言ったか?
さゆりさんも出てきて、
「無事で良かったコンコン」
と言った。はっ? コンコン?
ちょっと待ってくれ! 何なんだその語尾は!
ハナが走ってきて、俺に飛びついて言った。
「とーたん! お帰りぴょん!」
ぴょんかよ! 飛びついたから?
その時ハナの帽子がポロリと落ち、その下には白いウサ耳があった。
可愛いけど! 可愛いけども!! 生えて来ちゃったの?!
お父さんまだ心の準備出来てないよ!
後ろから懐かしい声が聞こえる。
「ヒロくん、会いたかったぴょん!」
ナナミ!? なぜここに? そして、おまえもぴょんかー!!
アーイアイ、アーイアイ、おサルさーんだよー♪ 『ウッキー!』
みんなが歌いながら俺の周りを回りはじめる。
アーイアイ、アーイアイ、みなーみのしまーのー♪ 『ウッキー!!』
ハルが絶妙のタイミングで合いの手を入れる。
「ウッキー!」と――。
ハルの頭には大きくて黒い丸耳が付いている。長くてフサフサの尻尾も。
ああ、アイアイか。だからその歌か。だからウッキー、なのか。
俺は嫌な予感を感じつつ『ただいま』と口にする。でも俺の口から出たのは、
『ただいまウッキー』という言葉だった。
もしや、俺の頭には――。恐る恐る頭に手をやってみると、そこには――。
と、いう場面で目が覚めた。
気がつけば、ハルが俺を起こしている。背中にじっとりと嫌な汗をかいている。そしてなんだかどっと疲れた気分だ。
『おとーさん、うなされてたよ』とハルが心配そうに言ったが、俺はしばらく言葉を口にする事が出来なかった。
『ウッキー』と言ってしまいそうで。
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