第九話 暗闇からの襲撃者 後編

 血飛沫ちしぶきが吹き出したり、首がブランとした山猫が倒れたり、スプラッタな光景が焚火たきびの炎に浮かび上がる。狩りや獲物の解体で、血には慣れたつもりでいたが、こちらの命を獲ろうと飛びかかるけものとの攻防は、また別物だった。山猫の悲鳴が聞こえるたびに、ハルが俺の腕の中でピクリと身をよじる。


「ハル、ハザンもトプルもすごく強い。大丈夫だから、じっとしていような」


 先頭の馬車から、矢を射る音が連続して聞こえ、暗闇の中から断末魔だんまつま悲鳴が上がる。ロレンが矢を射っているのだろう。さすが猫目の暗視能力は高性能だな!


 アンガーが暗闇に走り込んで行く。アンガーも猫科の高性能な目を持っている。あちこちの暗闇から『バキバキッ』とか『ズシャー!』 とか、物騒な音がする。あの鉤爪で山猫アパトスカと戦っているのだろうか。


 しばらくすると、ハザンが呼びに来た。


「ヒロト、起きてるんだろう? だいたいやっつけたと思うが、固まってた方が安全だ。しばらく焚火たきびのそばで様子を見よう」


「お、おう」


 血塗れの槍と、血飛沫の飛んだ服が、カンテラの灯りに照らされる。ホラーだ。


 度数の高いアルコールと清潔な布を用意してハルを呼び、馬車を降りる。トプルが負傷しているはずだ。俺はガクガクする足を騙しながら、ハルの肩を抱いて歩く。ハザンは俺とハルの背後を守ってくれている。


 ロレンとガンザも馬車から降りてきた。二人とも弓を持ち、矢筒を背負っている。ロレンの後ろに撫で付けた髪の毛がパラリとひと房落ちて、ムダなフェロモンを撒き散らしている。この場に女性は一人もいない。


 俺がトプルの傷の手当てをしていると、アンガーが暗がりから音もなく現れる。朱に染まった腕に、ハルが俺の隣で身を固くした。


『全部仕留めた』と言って、ドサリと両手に持った山猫の死体を置いた。それが戦闘終了の合図となり、ヤーモが馬車から水のたるを持ってきた。各自手や顔を洗いはじめる。


 トプルの傷口を良く洗い、アルコールで消毒する。出血は多いが傷は深くない。軽く動かしてもらい、神経に傷がついていない事を確認する。うん、大丈夫だな。止血作用のあるヨモギをんで、傷口に当て布を巻く。締め付け過ぎないようギュッと縛る。


 焚火の周りに集められた山猫は、真っ黒で美しい毛並みをしていた。ハザンに聞くと、毛皮は高値で取り引きされるらしい。あとでみんなで剥ぎ取るそうだ。


 血の付いた服は、すぐに洗わないと落ちなくなってしまう。血塗れの奴らに服を脱ぐよう言いつけ、木桶でまみ洗いをする。


「ハル、みんなにお茶を淹れてあげてくれ。ハーブティー、蜂蜜はちみつ入れてな」


 さゆりさん厳選げんせんのリラックス効果があるという、カモミールに似た匂いのするハーブティー。ハルはまだ少し顔が強ばっているが、動いた方が気がまぎれるだろう。


 戦闘中はなんの役にもたてなかった俺とハルが、今は一番動かなくてはいけない。


 それにしても、スリング・ショットの一発も打つことができなかった。ハザンやトプルは護衛役だ。戦うのが仕事だ。だが、守ってもらうことに慣れてしまうのは、なにか違うような気がした。何よりも、みんなカッコ良く戦ってマッチョで強くて頼りになるわーって感じなのに、俺だけまるでオカンのようだ。


 こんなじゃハルに『おとーさん、カッコイイ!』って言ってもらえなくなっちまう! 俺はハルにカッコイイと言ってもらうためなら、腹筋だって割ってみせる。あと少しだ!


 俺は朝のトレーニングのメニューに、反復横跳びを加えようと、密かに心に誓った。

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