第二十二幕 錬成武具の異変
落ちた先の空間は、ネーアの持っている地図には載っていないようだ。
ただ、自然に生まれたというわけでもない。複雑に入り組んだ
悠真はネーアと
「あそこの大きな奴が、この巣のボスなんだろうなぁ……」
空間を作り出したと思われる
先にあるひらけた広間には、舞台のような
アクセサリーも身につけており、まるで人の
「あなた、どうして――ところどころ記憶を失っているって言っていたわね。でも、猿蛇は世界中のどこにでもいると言ってもいいぐらいの
ネーアの言葉に、悠真は
こんな
「なんで王国の騎士達は、ちゃんと
「
食物連鎖に近いものなのか、
「つまり、現状で言えば、俺らはあいつらの領域を犯した虫なんだな」
「ええ、あなたは虫ね。私は人だけれど」
例えを呑み込んでくれなかったネーアを、悠真は心の内側で
「おそらくは、あれがこの巣の主みたいね。
「なるほど。それは危険だな……」
「ゆっくり
ネーアの言葉に
ぎょっと肩を震わせ、悠真は背後の猿蛇を
「あ、いや、もう、無理かも」
「何を言っているのよ。それぐらい――きゃっ!」
悠真は発言
猿蛇の
「おいおいおい! 待て待て待て!」
悠真は猿蛇がいない場所を瞬時に選んで、全速力で走り抜けていく。だがしかし、ほどなくして足を止める。大勢の猿蛇が行く先を
(くそ、どうする。どうする……)
次第に周囲を取り囲まれてしまい、逃げる
猿蛇の主がのっそりとした足取りで、ほかの猿蛇をかき分けながら向かってくる。
「ちょ、ちょっと……どうするの!」
ネーアの
やや現実
あのときは大勢の騎士や衛兵に囲まれ、そして今は
猿蛇の
(シャル……ごめん。でも、このままじゃ死んでしまうかもしれない)
悠真はさっと胸に左手をあてた。
「……水の精霊主フェリアエス、俺に力を貸せ!」
青き肌と髪に、
「な、なんなの、これ」
ネーアの驚きの声を聞きながら、悠真は手のひらを前へと差し出す。
「
鮮やかな
激しい水の流れが、取り囲っていた猿蛇達を呑み込んでいく。
生命力の
悠真はへたり込んだ。仕方なかったとはいえ、今回はやや長めに転化しすぎた。
「ちょ、ちょっと、あなた……大丈夫なの」
「あ、ああ……大、丈夫だ」
悠真は、かすれがちな声でそう
「学園祭のときから思っていたけれど……突然、瞳の色が変わるのって不思議ね」
ネーアの静かな声を聞きながら、悠真はできる限り
自分の死は銀髪の少女の死を意味する。きっとあれは、ただの
もっとよく考えなくてはならない。悠真は胸の内側で、自分自身を
まだ
「よし、もう大丈夫」
「本当に大丈夫なの? そうは見えないけれど」
「じっとしてる
無数の猿蛇が流されたお
方向感覚を失いかねない道のりを、ただひたすらに進んでいく。
「……ねえ。あなたって、もしかして
ネーアに視線を据え、悠真は首を
「異能者……? っていうのは、いったいなんだ……?」
「秘術とは異なる特殊な力を扱える人のことよ。まあ、私も噂でしかしらないから、あれだけれど……
ただでさえ、不思議な力に
「いや、俺はただの
「ふぅん……一般人の私からすれば、やっぱりわからない世界ね」
苦笑いで応じてから、悠真は言葉を返しておく。
「でも、ネーアさんだって秘術を扱えるじゃないか。それで
「いきなり何を言っているのよ。私みたいな一般人は、
何を言っているのか、悠真にはよくわからない。ネーアをじっと見つめる。
「呪紋書……? 服を
「え? あなたまさかそんな記憶まで失っているの? あれは、ただの呪紋書よ」
ネーアが一冊の
左側のページに紋章陣が
「これが呪紋書……?」
「この紋章陣に
ネーアは
「こんなどこの
これには、悠真も苦笑するしかない。確かに武具店で呪紋書を見た記憶はある。
悠真は文字が読めないため、手に取ることもなかった。そもそも、武具店に置いてあるのだから、秘術の
これまで出会ってきたすべての人達が、呪紋書を持っていたことなどない。だから一般の人が秘術を扱うために必要不可欠な代物だとは、考えもしなかった。
ふと、悠真にある疑問が浮く。
「この呪紋書を
「何を
悠真はげんなりとする。もし秘力を糧としないのであれば、もしかしたら自分にも使えるのではないかと考えたが、どうやらそれは甘かったようだ。
「数百年前までは、こういった呪紋書が秘術を扱う
「いろいろ進化してるってことか」
「ええ、そうね」
微笑みながら
「ここの
地図を取り出したネーアが、まじまじと視線を落としている。
「やっぱりだわ。もうすぐ、目的地に
「あ、おい!」
走り出したネーアを、悠真は
それからほどなくして、ネーアはまた足を静かに止める。
悠真は眼前に広がる光景に視線を奪われ、そして息を呑んだ。ところどころにある
光の粒は地面に落ちては
「ここが、レネキス結晶が誕生する場所……?」
「ええ。もうどこかにあるかもしれないわ。一緒に探してちょうだい」
「あ、ああ……」
ネーアは走り出し、周囲をきょろきょろとしながら見渡している。
悠真も少し進んで、七色に輝く光の粒を手のひらに当てた。感触は感じられない。しかし
自然界の秘力で満ち
悠真は今回もまた、光の聖女となった彼女と一緒だったらと
どんな表情をして、どんな感想を持つのか、考えられずにはいられない。
「何をぼんやりとしているのよ! 早く一緒に探しなさい!」
ネーアの
地面に落ちているのか、浮かんで
さきほどより一層明るさが増しているため、やや見えづらくもあった。
(まあ、結晶って言われてるぐらいなんだから、固形ではあるんだろうな……)
そう思いつつ、悠真は注意
「まだ、どこにもないのかしら」
ネーアの
「ネーアさん!」
悠真は黒い指輪に意識を送り、
ネーアも〝彼〟の存在に感づいていたらしく、顔面を
「おや、感動の再会かな。僕の
悠真は目に力を込め、
「セドは……どうした?」
「……ん? ああ。もちろん、もう殺したよ」
耳にしたくはない返しだった。だが、彼がここに一人で来たことそれ自体が、その
悠真は
「……なんで、お前はそんな簡単に人を殺せるんだ」
「どうして人を殺しちゃいけないんだ?」
「残された人はどうなる! その人を
「
血狂いの死に神と呼ばれた男は、不敵な笑みを浮かべる。
「まあ、本音を言えばね、僕は純粋に殺すのが好きなんだ。強い奴が死ぬ瞬間の顔、弱い奴が死を感じて絶望する瞬間の顔……なんだか、笑ってしまうだろ?」
悠真は右拳を
「笑えねぇよ、
「君は、どんな表情を見せてくれるかな」
言い終えるや
中途の場所で猿蛇の腕だけが落ち、姿が消えた。悠真はわずかに体が硬直する。
「君は
ノクスの声が背後から飛んでくると同時に、背に
痛みを
「僕も拳闘で相手しようかな。自分の得意分野で負けるのって
攻撃を受けて、初めて
「耐久力はいいほうかな。ただ、目で追えても体がついてこられないんだね」
悠真は髪を
「現時点での君が脅威となり
「ん、なの……俺が一番知ってんだよ!」
語気を強めると同時に、悠真はノクスに向かって拳を振う。
「毎日毎日……こちとら自分のあまりの弱さに、ずっと打ちのめされてんだ」
「その気力と根性だけは
ノクスの拳が腹部、右
悠真はひたすらじっと
「まるで手負いの
反射神経がずば抜けている。
「くそが……」
悠真は地面に倒れ、飛びそうな意識をかろうじて
ノクスが忍び笑いを
「弱いって
ノクスの言葉に、悠真は
「待て……やめろ」
「待たない。だから、やめないよ」
ノクスがゆったりとした足取りで、ネーアのほうへと向かっていく。
道中にあった
「君もこんな弱くて
「やめて……来ないで」
ネーアは尻餅をつき、がたがたと震えている。
「やめない。ここで君は、僕に
身が
結局のところ、精霊の力がなければ何もできない。生命力を
悠真の
(俺は、シャルの願いも、想いも
悠真は腹の底から叫んだ。
「うぉあああ――っ!」
悠真は気力を振り絞って立ち上がった。じんじんとした痛みが体中に広がる。
奥歯を強く
「絶対……殺させない。約束も守りながら、お前を倒してやる!」
「約束? まあ、それなら
「たとえ弱くても、
拳を強く握り締めた瞬間――
「なっ……?」
まばゆい光の中から、時計の秒針に
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