第二十幕 血狂いの死に神
「お前達、なぜこんなことをするんだ!」
茶髪の男が
「人にぶつかったら謝るのは当然だろ?」
「あんたのほうから、わざとぶつかってきたんじゃない!」
片腕を抑えている緑髪の女が、
人間の若い男女が、それぞれ剣と弓と
「俺の仲間を傷つけたことを
「ガキが、痛い目を見る前に帰ればいいものを……」
獣人達からは、どこか
しかし若者達は
激しい戦闘が繰り広げられている中で、悠真は
どちらも
「経験と歳……あるいは種族での差かな。若いほうの彼らにはちとつらいかもな」
セドの
「種族での差……? どっちもかなり強いだろ」
「そんな記憶も失っているのか……獣人はどの種族よりも、身体能力が
深く考えたことはなかったが、言われてみれば当然だと思える話だった。地球でも人間とほかの動物とでは、体の
「あくまでも基本的にはって話だが、それを
セドは苦笑してから、戦っている者達のほうへと顔を向け直した。
「人間である彼らは、必死なんだ。目の前の
セドの言った通りであった。若者達の顔に
たった一つのミスで、連携が
「いやぁあああ――っ!」
「ミアン!」
傷つき倒れる女の
獣人達が、にやりとした
「今回は諦めて、お家に帰りな。
「く、くそっ!」
「ほらほら、これ以上痛い思いをする前に……」
狼男の言葉が不意に止まった。両チームは、氷ついたかのように停止している。
それは、やや遠くから眺めていた悠真達も同様だった。
紫色を
存在感だろうか――悠真の体は、自然と震えていた。これまで出会ってきたどんな人達よりも冷たく、息をするのも忘れさせるほどの
空色の髪をした彼を視界に入れれば、より一層その殺意が強く感じられた。
「おいおい……なんの
「知り合いか?」
「少しな。あいつ、裏ではかなりの有名人だしな。お嬢様……申し訳ないが、今回はレネキス結晶を諦めたほうがいい。あの異常者から
「なっ、ふざっ――」
「
セドが抑えた手を、ネーアは
「私には、もう……あともう十年だなんて、待っているだけの時間がないの。絶対に今回で手に入れなければいけないの。そうでなければ、なんの意味もないの」
そう
「おい。なんだ、お前。気味のわりぃ殺気を……」
血狂いの死に神へと向った狼男が、少しして足をぴたりと止める。ノクスは
悠真が
落ちた衝撃で、狼男の頭部が地を跳ねる。瞬間――今度は、頭部が二つに割れた。おびただしい
悠真は現実味のない光景に頭が真っ白になった。狼男がどんな攻撃を受けたのか、何もわからない。ただ向かい合って歩いていただけにしか見えなかった。
「あいつ……まるで猿蛇扱いで殺しやがったな」
セドの声で、悠真はようやく我を取り戻した。
「き、貴様、何しやがった!」
血狂いの死に神は、さして興味を示していない。
「待ちやがれ! このまま、ただで済むと――」
猿蛇の腕を上に高く放り投げ、そしてタイミングよく
悠真は肩が大きく震える。今度は犬男と猫女の首が落ち、
へたり込んでいた緑髪の女が、獣人の血を盛大に
ノクスは何事もないかの表情で、
「この
ノクスは声は
「結晶が生まれる位置は、ここの洞窟では昔から決まっている。地図もある。地図を見ながら
「誕生するレネキス結晶って、一つしか取れないの?」
「誕生する年によって違う。でも、すべて
地図を差し出され、そっと受け取ったノクスが
「ここまで頑張って結晶を取りに来たのに、君達は諦めてしまうのかな? こういう物取り競争ってさ、相手がたくさんいたほうがおもしろいと思うんだけどなぁ」
これ以上ないぐらい、
張りつめた
「でも、
ノクスは
張りつめていた空気感が、ほんの少しずつ
わずかに緩んだ雰囲気のせいか、地図を手放した男が
「なぁんちゃって。ね?」
ノクスが肩越しに後ろを振り返る。
また目の前で人が殺されると、悠真は瞬時に予測する。
「――っ、
セドの
女を
想像を
「おや、君……知っている顔だ。少し前、商業都市の祭りに参加していた子かな?」
悠真は答えない。
「君も、レネキス結晶が目当て? もしそうならさ、競争相手だね」
「何をやってんだ、お前ら! とっとと逃げろ!」
セドが腰を低く、駆けながら声を張った。
腰に
「悠真、ここは俺が食い止める! ネーアを連れて遠くに逃げろ!」
「おや、セド君じゃないか。
セドは、攻めの一手のみに出ている。それを
「悠真ぁ!」
セドの大声で、悠真はネーアのいる場所へと駆ける。
悠真は自分の起こした行動を、心の内側で激しく
(くそっ、くそっ、くそっ……!)
ネーアの付近に
「ちょ、ちょっと! 許さないわよ! 離して! 私は――」
ネーアの言葉を無視して、悠真は
入り組んだ
(や、やば……っ!)
ほどなくして、洞窟中に響き渡りかねない
走り抜ける悠真達の後ろを、猿蛇の一匹が追いかけてくる。次第にもう一匹、また一匹と数が増えていく。おそらく奇声は仲間を呼ぶ
「ちょ、ちょっと! どうするのよ!」
ネーアは悲鳴
悠真は曲がり
何度か繰り返していると、先頭を走る猿蛇と大きく離れるのに成功した。
しかしその成功は、ただのまやかしにすぎなかった。引き離すために適当に進んだ結果、ほかに行き場のない空間へ迷い込んでしまったらしい。
悠真は中央に移動して、周囲をぐるりと見回していく。来た道からは猿蛇達が走る音が響いてきている。だが、このひらけた空間にはそれ以外の道がない。
「ちょ、ちょっと! ほかに道がないじゃない! どうするの!」
道中が枝分かれしているとはいえ、この空間に
闇の精霊王の黒い
次に考えたのは、水の精霊主の結界で通路と
そうしている間にも、猿蛇達が
悠真達がいる空間への通路で、猿蛇達が足を止めた。
「な、なんだ?」
「どうして、入って来ないの?」
ネーアも自分と同じ疑問を
猿蛇の一匹が奇声をあげ、
ただひたすら跳ねているだけで、猿蛇達は進んでこようとしなかった。
一匹、また一匹と、次第に大勢の猿蛇達が
ふと、妙な振動が足元から伝わってくる。少しずつその振動が大きくなり、やがて――
「んなっにぃいいい――っ!」
大きな穴が生まれ、下へと落ちていく。
ずいぶんと深く、底が闇に満ちていて何も見えない。
「う、ぉあああぁ――っ!」
「きゃああああぁ――っ!」
暗い闇の底へと、悠真とネーアの二人は落ちていった。
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