第九幕 馬車に揺られ
地球にしろ、異なる世界にしろ――久遠悠真の朝は早い。
地球にいた
仕事がない休日は、普段よりも一時間だけ遅く目が覚める。簡単な身支度を整え、それから体が
日本で
悠真の
激しく息切れしながら、首筋の汗を腕で
「……くそっ!」
悠真は黒い髪に指を通し、頭を軽めに振って意識をはっきりとさせる。ふと昨日の出来事が
昨日は知らない間に
背の低い机に座っているディアス・エヴァンスが、
「やあ、おはよう。今日もいい朝だ」
「へっ……?」
悠真は、つい
妙な沈黙が部屋の中に
黒を
おまけにエレアと同じく、彼も当然のごとく土足のまま部屋に上がり込んでいた。
お
現状の
「目覚めたばかりのところ申し訳ないが、今日は僕に付き合ってくれないか?」
ディアスは書物をぱたっと閉じ、
悠真は少しずつ
「いや、待て待て待て……つか、どうやって入ったんすか?」
「ん? ここの
ディアスが
エレアが侵入してきた件で、家主にはきつく言い聞かせたつもりであった。しかし
(あんの
悠真が怒りに打ち震えていると、ディアスの静かな笑い声が耳に届いた。
「少し遠出になるから、準備はしっかり整えておいてくれ」
「なんですか……どこへ行くつもりなんですか?」
「
学生時代は、彼もこの商業都市で暮らしていたのだろう。
どこか
「果実酒って……ディアスさん、学生時代にそんなもの呑んでたんですか」
言ってから気がついた。まだ頭が
そもそも未成年の定義は、地球でも国々によって変わっていた気がする。
「悠真は
「ああ、やっぱりそうなんですか。僕のところは、二十歳からだったので」
「二十歳……僕もまだまだ勉強不足だな。知らないことでいっぱいだ」
どれほど
「とまあ、それは置いておいて……友人として、僕に付き合ってくれないか」
少し
「わかりました。ご一緒させていただきます」
「ふっ……いい
マルティス帝国の
そう思ってから、悠真はエレアと初めて出会った
(まあ、人によるのはどの世界でも一緒か)
「友人達はディアスじゃなく、ディルって呼ぶ。だから、悠真もそう呼んでくれ」
愛称を勧めてきたディアス――ディルに、悠真は
「は、はあ……まあ、敬語とか本当は苦手なんで、ありがたいっすけど」
「よし。それじゃあ――」
ディルの言葉を
「じゃあ……ディル。友人として二言いいか?」
「ん?」
半眼で軽く
「俺の部屋は土足
意表を突かれたような表情をして、ディルが
短く笑いを飛ばしたのち、悠真は
屋根のない木製の馬車に乗り込み、悠真はディルと対面する形で座っていた。
商業都市の商業区は、今日も活気に満ち
そんな商業区の中を、闘牛に
「そういえば、通信具や錬成生命体とか……これだけの技術力があるのに、どうして乗り物系の
「ん、移動型錬成具なら、大陸を走る列車とかがあるだろう」
「あぁ、なんつぅか……」
自動車を別の何かに例えようとしたが、
言葉に詰まった悠真は、少し黙考する。
「例えば、
「もしかして、悠真は錬金術師の大陸と呼ばれるメルニア大陸の
「いや、というわけでもないんだがな……」
悠真は苦笑で
もしメルニア大陸にあるのだとすれば、やはり不可解さが
錬成具や
悠真は、ネクリスタを
「実は俺さ、ちょっとした記憶
「ん……そういえば、エレアノールがそんな話をしていたな」
当然、悠真は記憶を欠片も失ってなどいない。
「まあ、だからよくわからなくてさ。どうして、レヴァース大陸では馬車なんだ?」
「一番の問題は他種族間での問題だな。このレヴァース大陸には多くの種族がいる。
「俺から言わせれば、交通の
「うん、そうだな。だが、そういった長所がある反面、短所もまた同様に生まれる。そうした短所を埋めていくのには、もう少しばかりの時間が必要だな」
ディルは
悠真は腕を組み、首を小さく
「一番の問題はって言ったよな。二番とか三番とかってあるのか?」
「ああ。二番目の問題は、
ネクリスタには妖魔と呼ばれる、怪物と
しかし悠真にとっては、動く死体ですら衝撃的なものであった。そんな非現実的な存在を実際に見てしまえば、聞く話の多くは事実だとして呑み込むほかない。
ここ最近までは、新生活を迎えるための準備で手一杯だった。だから商業都市から外側の情報は二の次となっており、悠真はまだ
ディルの教えは、悠真からすれば深く知るいい機会であった。
「もしそんな危険な妖魔に
「
悠真は納得の姿勢で
「ただ、
悠真は過去を思いだし、自然と苦笑する。馬車に乗るのは今回で二度目だった。
この世界に召喚された日に、盗んだルグシオンを操作して逃げられたことがある。今までずっと、
ルグシオンが悠真の扱いに怒ったからなのだと、ようやく理解する。
「本来、危険な妖魔を
「ああ、なるほどなぁ……そういえば、馬車が止まってた付近に、それっぽい連中がごろごろいたな。一部の者には、そういうのも
話の切りもいいところで、悠真達は
門の出入口周辺も、人でごった返している。どこかからやって来たのか、あるいはこれからどこかへ行くのか――それぞれがいろいろな目的を持っているに違いない。
そういった人々を迎えるための
「あのさ、ディル」
「ん、どうした?」
「言っちゃ悪いが、こんな速度で
不可解そうな表情で、ディルは小首を
「悠真は、ルグシオンに乗ったことがないのか?」
「ああ、まあ……馬車を利用しなきゃならないところまで行く機会がなかったから」
「そうなのか。それなら、悠真。少しの間だけ下を向いていたほうがいいな。事前に見てしまうと、きっとつまらなくなるから」
ディルの指示通りに、悠真は木製馬車の床へ視線を落とした。
「僕が
「お、おう……」
「それで
悠真はわずかに驚いたあと、短い生返事をしておいた。
(半日以上かかると思ったけど……まあ、それならあまり時間は取られないか)
心の中で胸を
悠真が盗んだ馬車を走らせたときは、確かに速いといえば速かった記憶がある――しかしとんでもないと言えるほどのものではなかった気がした。
考え込んでいると、視界の端でディルが立ち上がったのを
どうやら周囲を見渡している様子で、少ししてから再び腰を下ろした。
「念のために頭を下げてもらったが……この時間は、昔からほかの馬車が少ないな。悠真、そろそろ顔を上げてもいいぞ」
姿勢を
悠真はしばらく目を奪われる。初めて通ったときは青い月の明りに照らされる夜の草原であった。つい最近の出来事が
「それでは、お客さん。しっかりと座っていてくださいね」
やや緊張しながら、悠真は静かに見守る。老人は
すると――
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