13話 「夏帆と勉強」

 木曜日の午後、俺は夏帆と大学内にある図書館にやってきた。

 「さすがに空いてますね」

 「だな。ほかの学部の生徒でもこの時間帯はまだ講義あるだろうし、まだテストまでは時間があるからな」

 もっとテストが近くなってくるとここも混んでいるのであろうが、今の時期は本当に本を借りに来たり読んだりする人が多い。

 「夏帆の言った通り、ここのほうが二人で勉強しやすいな」

 「ですよね、ここを選んでよかったですっ」

 当然大学には自習室というものがあるが、塾とかと同じで一つ一つ机ごとにちゃんと区切りがあるので一緒に勉強できない。 

 自習室にはちゃんと静かに利用できているか巡回する職員もいるので、いくら勉強のためとはいえ夏帆とくっついて勉強していると注意されかねないということで図書館に用意されている机は隣を遮るものもない。

 大きな声さえ出さなければ怒られたりはしないので、小さな声で尋ねれば問題ない。

 せっかくなので成績がとてもとても優秀な夏帆さんの勉強方法で自分でもできそうなことは一つでも参考にさせていただこう。

 俺たちはがら空きの誰も座っていない机に座った。

 「健斗君、何かやりたい科目とかありますか? 出来たら一緒の科目をやる方が健斗君が分からないってなった時もすぐに対応しやすいですけれども」

 「えっと、じゃあ薬理やらないか? あの調子ならまたいつか定期テストの前に何回か小テストありそうだし。何度もテスト前になって夏帆に聞くの申し訳ないし」

 「ふふ、私は健斗君からのヘルプならいつでもいいですけどね!」

 笑いながらそういう夏帆さん。最近俺をどんどんダメにしていくような優しくて甘い発言をためらいなくするようになってきたと思う。どんどん女神としての後光が強まっているのを感じる。

 「確かに健斗君の言う通りそろそろもう一回テストがありそうという予想は私も同じなんですよね」

 「やっぱり夏帆もそう思う?」

 「前回のテスト出来た人がほとんどいなくて壊滅していたのをかなり怒ってましたからね。多分やると思います。健斗君は出来たって言ってましたよね?」

 「おう、夏帆のお陰で難なく突破できた。ありがとうな」

 「えへへ」

 はい、可愛い。誰よりも清涼剤の夏帆さん。多分後期の実習はまた違うペアになってしまうので、実習が終わってもこんなふうに一緒に勉強したりして仲良くしたいですわぁ。

 「それじゃあ、勉強始めましょうか。そんなにたくさん時間があるわけでもないですし」

 「そうだな」

 俺と夏帆はそれぞれ教材をカバンから出して勉強を始めることにした。

 最初俺はそれなりにお互いに黙々と勉強をして、ちょっと分からないところを夏帆に教えてもらうという形を予想していた。だがしかし……。

 「……?」

 予想以上にテキストに書いてあることが理解できていない。講義はそれなりにちゃんと聞いているつもりだが、やはり薬理など難しい科目は毎週復習しないと確実に内容を把握しきれない。

 そのほか教授の教え方や、科目として内容の濃さによってぶっちゃけ高校までと同じようにテスト一週間前くらいから始めてもいいというものもある。

 「健斗君、お困りですか?」

 「あ、ああ。すまんな……」

 「いえいえ」

 夏帆が優しく横から助けに入ってくれる。あまりに自分が理解できていなくて恥ずかしくなる。夏帆に恥ずかしいところを見せないためにももっと家で勉強しないといけない。

 「そうですね。まず、この科目は知識を覚えなきゃいけないところともう根本的に仕組みを覚えるというより理解しちゃったほうが楽な部分があるのですよ」

 「ほうほう」

 それからはずっと夏帆は俺のテキストに書き込みをしながら優しく教えてくれる。もうずっと俺の勉強を教えることだけに集中してくれている。この年になって俺に家庭教師が付いたかのようだ。

 「受容体とかGタンパクについてはもう覚えるしかないのでそこはちゃんと覚えてですね……」

 「おう」

 髪をかき上げながら俺の分からないところについて教えてくれる夏帆。その姿はとても可愛らしく魅力的である。

 こんな家庭教師がいてくれたら男はめっちゃ勉強するだろうな。夏帆はあんまり人とたくさん話すのが好きではないようだが、いざ慣れて話してみるととても人の心を掴める優しさや心づかいのある子だと思う。

 優しい口調で丁寧にわかりやすく物事を説明できる彼女は将来とても重要になってくる人材なのだろうなぁ。

 「……っていう感じですね。どうですか? 私の説明で理解できた……かな?」

 「うん、すごく分かりやすかった。すまんな、長時間説明させてしまって。俺の勉強不足で夏帆の勉強する時間を取ってしまってごめんな」

 「いえいえ」

 夏帆はニコッと笑顔をこちらに向けると自分のテキストに向き直り、再び黙々と勉強を始めた。

 俺も今の夏帆アドバイスに従ってまずは覚えないといけないところをまずまとめてそこから知識を固めていくことにした。

 「……」

 静かにペンを動かす音だけが聞こえる。

 「よし」

 まとめ始めること二時間。今の講義で教えられた範囲までで夏帆に覚えるしかないと言われたところをまとめきることに成功した。

 夏帆と早めにここに勉強する機会が訪れたのでこれくらいの時間でまとめる作業を終えることが出来たが、もしこれをいつも通り講義が全て終わってから勉強していたら途方もない時間がかかってしまうだろう。

 これからも自分の家で自学自習をもっと意識づける必要があるな。

 「夏帆、何とかまとまったよ。これからはさっき教えてくれたところを……」

 夏帆に言われた最初の工程を出来たので、再びアドバイスをもらおうと隣を向くと……。

 「すぅすぅ……」

 いつの間にか夏帆が静かに眠っていた。机に伏せて小さな寝息をたてている。

 その眠っている顔はとても幸せそうで、とても起こす気にはならない。

 「ある程度待つことにするか。それまでもうちょっと夏帆に言われたことに従って頑張ってみよう」

 夏帆が静かに眠る隣で結局俺は予定していた時間よりももう少しだけ頑張って勉強をした。

 「夏帆さえよければ来週もお願いしようかな……」

 夏帆に教えてもらえるだけでなく、隣に誰かいるというだけでかなり集中できる。一人だとすぐにダレてしまうが、一緒に勉強するということはそういうところに魅力があるのだろう。

 その後夏帆が目覚めてとても慌てていたのだが、とてもその姿も可愛くて数時間の勉強はとても楽しく行うことが出来た。

 

 

 

 

 

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