32話 「優しさの定義とは__」
部屋を暗くしてから何分が経っただろう。
私の体感からすれば多分10分くらいは経っていると思う。電気を消してからというものの、健斗とは一言も話していない。
こういう状況になれば、健斗が黙ることだなんて当然想定していた。だからこそ自分から何か話さないといけないと分かっているのに何も言葉が出てこない。
お互いに気を遣いながら体を小さく動かす音と息をする小さな音だけが聞こえるだけ。きっと健斗のいるほうを向いたとしても健斗は私のほうを見ていることは無いと100%言い切れる。むしろ私から背を向けるようにして眠ることを決めているに決まっている。
「健斗、まだ起きてる?」
私がそう声をかけたが彼からは返事は帰ってこず、一定のリズムの域をする音が聞こえるだけ。
今日も私同様に彼もかなりお酒を飲んだのだ、この状態でも眠ってしまっていてもおかしくはないが。
「もうちょっと意識してもいいでしょうに……」
寝ているならば彼のほうを振り向いても問題ないだろう。暗闇に目が慣れ始めて部屋の中がある程度見えるようになった状態で彼のほうに向いてみる。
案の定彼は私に背中を向けて眠っている。予想通り過ぎて逆に少し笑ってしまう。
その背中に触れてみるが、特に反応はない。本当に眠っている。緊張感があるのかないのか。いや、私に対してはもう緊張することなどないのかもね。
「それはそれで嬉しいかな」
健斗と関わり始めて一ヵ月。よくここまで仲良くなれたなと自分を褒めてもいいと思う。
そもそも、私は健斗と偶然出会ったのではない。ただ偶然を装って出会ったフリをしていただけだ。
「あなたは私の見た通りの人だったよ……」
私が心から居て欲しいと思った存在。夢にしか出てこないとまで思ったような人。そんな人が今自分の隣で緊張感無く寝ている。
女の人は多分いろんな人が夢を見る。その中にはやはり恋愛というものがある。
理想の人は金持ちでイケメンだとか、有名人だとか色々あると思う。それはその人の生い立ちや感性によるものだろう。
そんな中、多くの女性が多分男性に求めること。それは『優しさ』だろう。
優しさと言ってもいろんな方向性がある。自分にだけ優しい、欲しいものをすぐに買ってくれる、とにかく愛してくれるなどなど。
だからこそ男という生き物は優しさというものを持ち、それを女に発揮できれば少なからず異性を惹きつけることが出来るだろう。
それが例え演技だったとしてもだ___。
私は自分では言いたくはないが、結構モテる。顔もそこそこ自分で自信を持っているし、スタイルだって自分に厳しく一定を保てるように努力している。
中学くらいから男からはいくらでも告白されてきた。でも部活に勉強、自分のしたいことを行う時間になぜこんなバカな生き物に取られなければならないのかという刺々しい感情を持つだけで誰とも付き合ったことなどなかった。
でも、少しずつそういう感性は変わっていくもの。そんなことを思っていた私も周りの女子や話している友達が彼氏の話を楽しそうにしているのを聞くたびに少しずつ変わっていった。
しかし、大学に進むと高校までのように拘束された環境ではなくなるために自分から動かないとちゃんとした出会いはなかなか無いものだ。
ナンパしてくるような相手なんか信用などできないし。
そんなときに私が見つけたのが、学部のサークルだった。学部として結構勉強をしないといけないのでお気楽同好会のようなところしかなかったが、それでもコミュニティが広がるのではないか。そして出会いがあるのではないかと思い、サークルに入った。
そこで私は初めて恋というものをした。
そのサークルに居た私よりも2つ年上の同じ学部の人だった。とても優しくて最初緊張していた私にとにかく気を遣ってくれた。
とてもイケメンだったし、ほかの女子も狙っているのは間違いなかった。当然競争率が高いということはそれだけその中に美人で私よりも魅力的な女なんて腐るほどいた。
それでもその人はすごく優しかった。いつも私に率先して声をかけてくれる。本気でその人のことが好きになった。
そしてその恋は初めてにして実ることになった。その人から付き合ってくれないかと言われ、私はすぐに快諾した。
それからはとても楽しい時間だった。毎日メッセージアプリで連絡を取り合うことだけで幸せを感じることが出来たし、一緒にデートをすることだって幸せだった。
ただ大学生というものはもうそれなりに大人。交際の仕方も聞いていたものとは全然違う。
すぐに相手からはキスをしたいだとかそれ以上のことをしたいとか言われることはよくあった。ただ、私はそういったことをしたことがなくまだ気持ちが整わずいつも受け入れらずにいた。
それでもその人はいつでも笑顔で”慣れてきたらでいい”と言ってくれる。本当に優しい。こんな人と居られて幸せだと。
その時までは。
私はその日もその人と一緒に昼食を食べようとその人の学年の講義をしている場所に向かった。ただ、今日は私のほうが早めに終わった。その人のほうはまだ講義をしているようで私は彼の講義が終わるまで廊下で待っていることにした。
一気に教室がざわつき始めたので講義が終わったのだと思い、私はその人のほうへと向かった。いつも席にその人はいる。お友達と話しているようだ___。
「あの女、まだヤらせてくれねぇわ」
「え、マジで? なんか見た目からしてすぐに抱けそうな感じするけどな」
「なんか意外と処女臭いかも。その分喰えたら最高かもね」
そういつもと違う恐ろしいと感じる表情で笑っていたその人。信じたくはないが、私の話だと確信できるものだった。
「ま、チョロいって。優しくしときゃ乙女みたいな顔でこっち見るからな。俺が喰って捨てたら今度お前ら拾えば? 優しくしときゃ確定だってw」
「マジひどすぎて笑えるw」
もう聞いていられなかった。私はその教室から出て荷物を持って廊下を全速力で走って大学を出た。そして家に帰ってひたすら泣いた。
信じていた人に裏切られた。
ただの遊び相手だった。結局そういう風な目でしか私を見ていなかった。あの優しさはすべてまがい物。私をうまくだまして遊び道具にするだけのための優しさ。
その優しさに惚れて。その優しさに幸せを感じて。その幸せにおぼれた自分が悔しくて悲しくてその日は一日中ずっと泣いた。
その人にはただ別れるとだけ伝えてそのまま連絡先を消した。同好会からも抜けた。今まで関わってきた同学年の友達の話も無視してのすべてのコミュニティをすべて消した。
そんな雑な別れ方で相手があきらめるのか心配だったが、全く追いかけてくることは無かった。本当に興味が体にしかなかったのだろう。
その後、遠目にその人を見つけた時にはすでに違う綺麗な女がいたのだから。
もう何もかも嘘だ。どうせ男の優しさは見栄か女をいいように抱くためのものでしかない。
優しさって何? そんな汚い欲望のために使う道具だったんだっけ?
そんなことを常に思いながらなんとか大学に通っていたある日。
私は一人の青年と出会った。
荷物を重そうにしている高齢女性。そこにすかさず笑顔で立ち寄って何かを話している。その高齢女性は少し戸惑ったが、やがて笑顔になり彼に荷物を手渡した。
その動きを見ていると彼はその高齢女性の荷物持ちを買って出たようだ。そのまま高齢者の住んでいるであろう場所まで送り届けると一礼してそのまま彼は立ち去って行った。
「……ふん。高齢者女性に対する優しさはどうせ見栄でしょうが」
私はその時はそうとしか思わなかった。
でも、そうではないということを私は知ることになった。
その日も大学での講義を終えて一人で帰ろうと大学の敷地内を歩いて門まで向かっていた。
周りには部活やサークルなどの活動をする生徒や帰宅する生徒の姿が見られるが、そんな生徒たちが今日だけはある方向を見てとても嫌そうな顔をしている。
私はそんな視線が気になり、皆と同じ方向を見た。
そこには高齢者女性を助けていた彼がいた。
彼は座り込んで何やらしている。何をしているのかと目を凝らしてみてみると彼は大学の敷地内に落ちた小鳥の死体に何やらしている。
周りでは「気持ち悪い」やら「頭おかしいw」などと引いている声やあざ笑うような声が聞こえる。でも彼にはそんな声がまるで聞こえていないようで全く動じずに手を動かしている。
彼は木の枝を器用に操りながら、大きめの葉っぱの上に小鳥の死体を乗せるとそのまま敷地の端の木や草が植わっている場所に持っていくと彼は穴を掘りそこに小鳥の死体を埋めた。
そして彼は静かに手を合わせていた。
普通であればこの行為は周囲の言う通り、「頭がおかしくて気持ちの悪い」ことである。子供であれば純粋な心があるからということでそう言った非難はされないかもしれない。それでも「汚いから。病気に持っているかもしれないから」と怒られるには間違いない。
でも今の彼の行動は小鳥のことを考えたがゆえに行動したものである。確かに死んでいるし、死んでいたら蹴飛ばされても何をされても小鳥には分からない。少なくとも埋葬をわざわざしているやつよりもまだまともにすら見える可能性だってある。それでも彼はそんなことになるのは痛ましいという気持ちからきっと行動したに違いない。
そんな純粋な優しさと思いやりが気持ち悪い? 見栄や性欲を満たすためだけに表面上だけ優しくして巧みにだます優しさは否定されないのに?
ー本当の優しさとは一体何か。ー
周りの人にどうマイナスに思われてもその対象を思いやり、最善の行動を尽くすということを貫く。
人によっては自己満足というかもしれない。それでも、私は見栄や欲のために使う優しさよりはるかに温かく見えた。
そしてその時から彼のことが気になった。あまり良くないが、彼のことを調べるために後をこっそりつけてみたりした。
すると彼は私と同じ学部の同じ学年であることが分かった。名前は佐々木健斗。一生懸命教室の中を探すと一人で不機嫌そうに講義を受けている。
正直イケメンというレベルではない。それに友達もいないということはコミュニケーション力がないということだろう。
でも私にとっては好都合だ。お互いに一人ということでうまく会うことも出来る。
そして四月。前期最初の講義の時に私は____。
「ここ、空いてますよね。私の普段座っている席なんか見たことない人に座られちゃって。よかったらここに座らせてくれませんか?」
偶然を装って声をかけた。
そしていろんなことがあった。講義から実習まで。彼は言葉を荒々しく使いながら私には嫌そうな表情も声も帯びていた。
それでも私のことを本気で追いやったりしなかった。どんな時も一つため息をついて助けの手を差し伸べてくれる。
本気で私が困っているとき、辛い時はどこまでも優しい声で気を遣ってくれる。
でも、彼は私に何も求めない。
いつも通り私の顔を見ては嫌な顔をして。
いつも通り私の声を聞いては嫌な顔をして。
そしていつも荒々しい言葉遣いと声で私といるのが嫌そうで。
でも絶対に私のことを見捨てない。というかどんな繊細なことにも気を遣っている。
私が嬉しくて感謝の言葉や笑顔を向けるとプイっと違うほうを向く。
「優しさを隠しているつもり? バレバレだよ? 本当に……」
私は健斗の背中顔を擦り付けるようにして目を閉じて寝ているとはわかっているがこう言った。
「健斗、優しくしてくれてありがとう。今、抱きつつあるこの気持ちを私から伝えられるようになるまで……これからもよろしくお願いします」
まだ言えない。でもいつか必ず言いたい。
そのためにも_____。
もう少しだけ優しく私を甘やかしてくれませんか?
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