21話 「彼女は優秀かつお茶目」

 今日の講義を終えて家に戻ると俺は明日の実習と講義の準備をして、さっそく午前の講義の復習を始めた。大学の勉強や提出物はその日のうちに少しでもやるのが大事で、一番意識があるうちに少しでもやっておかないとだんだん意識が薄れるとともに後回しになりがちである。

 それに俺たちの学部は週の半分は実習があって一日がつぶれると同時に疲労感も増えてとてもちゃんと勉強できるとは思えない。

 今日のような余裕のある月曜日や週末はフルで勉強をしておかないと多分小テストは切り抜けられそうにもない。

 「静止膜電位の理論値をネルンストの式で求めると……」

 大学の内容は明らかに大学になってから知ることもあれば、また高校一年からのやり直しですかっていう科目もある。残念ながら今回はバリバリの大学からの内容で頭がパンクしそうだ。

 「ただし、理論値はー80mVだが、実際の測定値は約ー65mVと異なるのはなぜか……。何のことだってばよ?」

 なんか今日の講義で説明していたような気がする。どこにその内容についてメモを取ったのだろうか。

 「奈月に言われたこと多少は反省しねぇとな……」

 奈月に散々汚い字だと文句を言われたり笑われたりしていたが、自分の見るものだから別にいいだろうと気にしていなかったが、やはり自分が見るにしても見にくい。ちょっとは丁寧に書こう……。

 そんなこんなで自分で勉強しているのに苦心していると、スマホが震えてメッセージが届いたことを知らせている。

 ─お疲れ様です。神崎です─

 ─お疲れ様ー─

 ─さっそく健斗君のご要望であった今日の講義の小テストのポイントをまとめたものを一部しか出来ていませんが、一度にたくさん送っても困ると思いますので今この出来上がっている一部を送ってもいいですか?─

 「おお。って一部とはいえ、完成するの早すぎませんかね?」

 小テストの範囲として範囲としてまとめられているものが3つほどあるうちの1つ目の内容をまとめたものを送ってきてくれた。

 ─本当はダメだってわかっていますけど、さっきのお昼の講義はあんまり聞いていても寝ちゃいそうだったのでひそかにまとめちゃってました笑─

 言っていることがお茶目で可愛らしくて、さらっとやっていることが無茶苦茶かっこいい。まとめちゃってましたってそんな感覚でできる秘訣を教えて欲しい。

 まとめてくれていた内容も今俺が必死こいてやっている活動電位の部分であったので、とてもいいタイミングで夏帆に助けられた。

 ─さすがのクオリティです……。ちょうど今ここで頭抱えていたので助かる─

 ─多分、問いたいところと言うのは私が見て聞く限り限定されているので、そこだけここでメッセージで補足してもいいですか? なんかこの場で行うような会話らしくないですけれども笑─

 ─お願いします─

 ということで、夏帆からテストの記述で問われそうだとリストアップしたものについて解説をしてもらった。

 先ほど言っていた静止膜電位の実測値と理論値のずれも夏帆の中で分かりやすく説明してくれた。

 大学で勉強できるやつと言うのは、教授のぶっちゃけ伝わらない説明を自分なりにどこまで解釈できるかにかかっていると思う。

 「なんかめちゃくちゃ大量に文字打たせているの申し訳ないなこれ……」

 メッセージで説明していると、とんでもない文量になっている。これを打つ夏帆のことを考えると、直接話したほうがいいような気がしてきた。

 ─夏帆、打つの大変でしょ。夏帆のほうがいいなら電話しても大丈夫なら電話する?─

 ─それでもいいです? ちょっと手が痛いです笑─

 「すまん……気の利かない男で……」

 教えてくれている優しい女の子の配慮も出来ないから20過ぎても童貞なんだといろんなところから幻聴が聞こえる。そうだ幻聴に決まっている。

 『もしもし』

 「すまねぇ、あんなに文字を打たせて」

 『いえいえ。なんだかこんなにスマホの文字を打っていると、なんだか青春しているなって思います。今さっき、スマホの文字打つところ長押しスライドで連打しなくても”お”とか”こ”とか使えることを知りました』

 速報、夏帆氏スマホの文字を打つテクニックが上がる新技術を発見。

 俺もしばらく気が付かなかったからな……。梨花に教えられて一回使ったら使いにくくて連打でいいやんって言ったら可哀想な目で見られた。なんで?

 「最初使いにくくない? その技術」

 『そうですか? いっぱい文字打つといかにこの機能がありがたいかよく分かりましたよ?』

 ああ、なるほど。梨花の憐みの目の意味が今わかったよ。今度電話するとき覚えてろよ。ちょっとはそんな目するなら古き友を助けようという感情はねぇのか。

 『説明の続きをしてもいいですか?』

 「おう、頼む」

 やはりメッセージで打つよりもしゃべる方が圧倒的に早いし、質問や説明の補足などお互いにしやすいため、とても円滑に進んだ。

 『活動電位と言うのは、オーバーシュートの部分を指すのではなく、この電位の変化している範囲全てを指すのでそこも注意かと』

 「おっけ」

 あっという間に夏帆のまとめてくれていた一つ目の範囲のポイントを押さえ終わった。夏帆の言うとおりにノートを書き進めるだけで綺麗まとまるというすごさ。

 『今日教えられる範囲はここまでですかねー。あと二つは後日と言うことになりますけど大丈夫です?』

 「うん、どうせ明日から実習で大変だし俺が今度手を付けられそうなのは金曜日以降になるだろうし」

 『分かりました』

 今日の夏帆先生による解説が終了した。

 『あ、あの……。』

 しかし、夏帆はまだ何かを言いたそうにしている。

 「ん?」

 『せっかく電話しているので、ちょっとお話でもしませんか?』

 夏帆が少し小さな声になりながら、そう提案してきた。

 「もちろんいいぞ」

 こんなに俺の事を助けてくれる女の子の些細なお願いだ。聞けないというほうがおかしい。俺は快く彼女の誘いを受けた。

 その後、しばらく夏帆と電話を通して話をした。何気に夏帆とは仲良くやっているつもりだったが、こうやって実習や勉強以外で長時間話をするのは今日が初めてだ。

 意外と夏帆は勉強できるし、性格からしてもまじめでおとなしいというイメージしかもっていないが、色々と考えることは俺と似ているところがあって面白かった。

 『あの先生……ですよね。私たまに寝ちゃったりしますもん』

 「へぇ、夏帆でもそうなのか」

 『私、そんな真面目じゃないですよ。どうです? 幻滅しちゃいます?』

 「いや全然。なんだか似ているとこがあって面白いし、親近感がわくぞ?」

 結局、この後夏帆とは2時間近く話をした。

 夏帆が真面目なだけでないということも含めて、こうして話をするといろんなことが分かるのでそのたびにいい子と知り合えたなと思う。

 明日からそんな子と実習二週目。彼女の足を引っ張らないようにしたいところである。

 

 

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