第113話 闇夜に
そして、決行の日。
太陽は空高く登り、私たちの真上に輝く。
「きた、きた……」
馬が四頭、こちら、プラグマティッシェ・ザンクツィオンに歩いてくる。
先頭の馬に騎乗するのは、白い肌、長いグレーの髪の整った顔立ちをした男、不死者マジョーライ。
そう、私たちにはリープトヘルム砦に向かう前にやることがある。
「ようこそいらっしゃいましたぁ」
「いらっしゃいましたぁ」
と、みんなで小さな帝国の国旗を振りながらにこやかに出迎える。
「お出迎え、感謝する……」
と、私たちの前に着くなり即座に馬を降り、礼を言う。
「いいところですね」
「ええ、緑豊かで……」
「いやぁ、空気がうまい」
うしろの副官たちも馬を降りながら口々に感想を言い合う。
「馬はどちらへ?」
副官の一人が言う。
それをエシュリンが通訳して伝える。
「うひひ、こちらで……」
と、巨体の佐野獏人がにこやかな表情で彼らに近づいていく。
「ああ、どうも、よろしく、お願い……」
副官のその言葉は途中で止まる。
「ごえっ!?」
そう、次の瞬間、彼は宙に舞っていた。
佐野の強烈な右フックを受けて、軽く十数メートルは吹っ飛んでいった。
「なっ!?」
と、隣の副官が声を上げるけど、そこまで、返す刀の左フックで、またもや宙を舞い、十数メートル先の石畳の上に頭から落ちる。
「貴様等ぁ、裏切ったなぁ!?」
と、最後の副官が剣を抜くけど、その瞬間に上から打ち下ろしのストレート、それをまともに受け、強烈に地面に叩き付けられて動かなくなる。
「ぶしゅー、ぶしゅー……」
佐野の口の端、両側から煙が出る……。
つくづく化け物だな……、こいつは……、と、内心呆れてしまう。
「どういうつもりだ、貴様等……? まさか、帝国と戦争をするつもりではあるまいな……?」
マジョーライが動かなくなった副官たちを見ながら静かな口調で話す。
「残念ながら、そのまさかだ……」
東園寺も静かな口調で返す。
「愚か、愚か過ぎる……、これほどのマヌケがこの世に存在すると思わなかった、見誤ったわ……、帝国の底力を、帝国の恐ろしさを知らんとわ……」
マジョーライは目を伏せ、軽く溜息をつく。
「それで、ラインヴァイス帝国の正使である私をどうするつもりなのだ? 殺すのか?」
目を伏せたまま質問する。
「いや、貴様は生かしておく、何かの取引に使えるかもしれん」
東園寺のこの言葉はただの脅迫、佐野が殴り倒した副官は生きている、事前に手加減しろと言ってあるからね。
そして、捕らえた彼らは、辺境伯ダイロス・シャムシェイドに引き渡す手はずになっている。
「大人しく、武装解除をしてもらおうか……」
東園寺が剣を渡せという意味で手を差し出す。
「ふっ、逃げようとしても無駄のようだな……」
と、マジョーライが周囲を見渡したあとに言い、腰の剣を帯革ごと外す。
「さぁ、受け取れ」
そして、その剣を東園寺に渡そうとする瞬間、そのまま空高く放り投げる。
周囲を守っていた佐野や秋葉、管理班の面々が放り投げられて剣を目で追ってしまう。
マジョーライはそれを確認して、身体を沈め、低い姿勢でみんなの横を走り抜けようとする……、けど……、ここには私もいるんだよ……。
そんなものは想定済み、私もよくやるからね。
私はやつに向かい、大きく二歩、三歩と飛び、間合いを合わせて、そして、
「たぁ!」
と、低い姿勢で駆け抜けるマジョーライの顔面を思いっきり蹴り上げる。
「あがっ!?」
やつは血しぶきを上げて空を舞い、仰向けで背中から石畳の上に叩きつけられる。
「うほ、うほ、ごほ、ごほ、げほ、げほ!」
マジョーライは石畳の上を転がり回って痛がる。
「信じられん、いったい、なにが……」
ひとしきり痛がったあと、大量に出血する鼻や口元を押さえながら私を見上げる。
「手加減してやった、次、逃げようとしたら、今度こそ殺すからね」
そう言い、やつを見下ろす。
「ふふ、ふふ……、おまえか……、前任も言っていたが、ホント、強いな、呆れるほどにな……」
と、口元を押さえて笑う。
「捕らえろ! また逃げ出すかもしれん!」
「うっす!」
「おう、公彦さん!」
東園寺の号令で管理班の面々がマジョーライを捕らえロープで縛っていく。
同じように、秋葉たちも倒れている副官たちを縛る。
「あとはこいつらを辺境伯たちに引き渡して終りだな?」
「ああ、次は出陣の準備に取り掛かる」
「了解」
と、和泉と東園寺が話す。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
薄暗い夕方。
出陣の時間が迫っている。
「シャペル……」
ここは、ヒンデンブルク広場の飛行船、その中にある広いダンスホール……。
そう、ここに、彼、ヒンデブルクのロボット、シャペルがいる。
「ピポロポ?」
どうしたの? って、聞いてくる。
「ふふ……」
もちろん、私にシャペルの言葉なんてわかるはずもない、でも、なんとなく、その気持ちがわかる、そう言っているんだと思う。
「シャペル……」
その胸に手を当てる。
「ピポロポ!」
彼は頭をくるくると回す。
身長2メートルちょっと、細身のブラウンのボディに、手は長く、地面近くまで届く、反対に足は短い。
リベットが沢山打ち付けられてバケツみたいな頭に、カメラのレンズのような赤い目が二つ……。
それがシャペル……。
「お願い、シャペル」
彼の顔を見上げながらお願いする。
「ピポロポ……」
意味は通じているはず。
「嫌だったら、無理しなくていいからね……」
「ピポロポ……」
じっと私の顔を見る。
「よし、行こう!」
シャペルの手を両手で掴んで引っ張る。
「こっちだよ!」
「ピポロポ!」
ギー、ギー、と、錆びついた音を立てながら私のあとに続く。
「ありがとう、シャペル」
大人しく着いて来てくれるシャペルに、軽く振り返りお礼を言う。
「ピポロッポ!」
「あはっ」
どういたしまして、だって。
勾配のきついスロープを抜けて外に出る。
外は暗く、また月も出ていない。
さらさら、さらさら、と、草花が風に揺らされる葉音が聞える。
遠くの山々は日が沈んだばかりとあって微かに白ずみ、その山頂の形を浮かび上がらせていた。
時間は19時ちょうど。
作戦開始まであと1時間。
「これが、シャペルかぁ……」
「私、初めて見たよ」
「あら、かわいい、ナビーちゃんがロボットの手を引いてきたよ」
と、見送りに来てくれたみんなが口々に言ってくれる。
「いまさら疑うのもなんだけど、本当に飛べるのか、それ……?」
と、出撃メンバーの一人である秋葉蒼が口を開く。
「その点に関しては俺が保障する、十分な魔力を観測できている」
人見彰吾がそうフォローしてくれる。
彼も出撃メンバーの一人。
「じゃぁ、どうする? もう行く? ああ、佐野、その辺に降ろしてくれ」
和泉と佐野も出撃メンバー。
「うい」
と、佐野が抱えていた大きな荷物を地面に降ろす。
ドスン、と、地面が揺れる……。
それは非常に大きく、重い物……、長さ3メートル、横幅2メートルくらいはあるだろうか……。
そう、これはゴンドラ、みんなをこれに乗せて、上からシャペルで吊る。
「怖ぇな……」
と、秋葉がゴンドラの強度を確かめる。
確かに怖いだろうね、昨日、今日で急いで作ったものなんだから、当然、テストもなんにもしていない。
「では、準備を始めろ」
と、最後の出撃メンバーである東園寺公彦がみんなに指示を出す。
「おう」
「へーい」
みんなが準備に取り掛かる。
まず、太いロープでゴンドラとシャペルを連結する。
私は白クマのリュックサックから革の手袋を取り出し、それを両手にはめる。
そして、魔法のネックレスを外し、チェーンを革の手袋の上からぐるぐる巻きにして、最後にペンダント部分を手の平で握る。
たぶん、これで熱くなっても大丈夫だと思う。
本当は私もなにか鎧を着用したかったけど、私に合うサイズの鎧なんてここにはなかった。
なので、私はいつもの白いワンピース姿で参加することにした。
「では、乗り込め!」
と、準備が終わったのか、東園寺がそう指示を出す。
佐野、和泉、人見、秋葉の順番に乗り込み、それを確認してから、東園寺が最後にゴンドラに乗り込む。
「では、ナビーフィユリナ、やってくれ」
彼がゴンドラの中から言う。
私は軽くうなずき、シャペルの傍に行く。
そして、彼の胸の辺り、あのバーコードのような模様が描かれた辺りに手を当て、そっと、呪文を唱える……、
「ピュアフサージ、ヘヴンリー・ヴァルキリア」
と。
シャペルの身体の中が光り、鉄板のつなぎ目からその光り漏れ輝く。
「ピポロポッ、ピポロポッ!」
と、頭を回転させたり、くるくる回して見せたりする。
そして、その長い両腕を水平に広げる。
その広げた腕から、ぱさー、と、白い翼が伸び、ふわりと舞う。
「わああああ」
「すごーい!」
と、見送りのみんなから歓声が上がる。
「よし」
私はシャペルの首にジャンプして飛びつき、そこから身体を横向きにして、勢いをつけて、逆上がりの要領でくるっと一回転して、そのまま、肩車のような格好で座る。
私はゴンドラには乗らない、だって、運転手だからね。
「しゃがんで、シャペル」
「ピポロポ!」
シャペルがしゃがむ。
私は地面に突き刺さっているドラゴン・プレッシャーを引き抜き、そのまま肩に担ぐ。
「よし、じゃぁ、いこっか!」
「ピポロポ!」
シャペルはゆっくりと上昇していく。
それに吊られたゴンドラもまた、闇夜に舞い上がる。
「じゃぁ、行ってくるねぇ!」
見送りのみんなに手を振る。
「ご武運を!!」
「生きて帰って来いよ、絶対だぞ!!」
「また怪我して戻ってきたら許さないからね!!」
「ああ、ナビー、危ないことしちゃ駄目だからね!!」
と、みんなが大きく手を振りながら言ってくれる。
下のゴンドラでも東園寺たちが手を振り返している。
「ありがと、みんな、行ってくるね……」
そして、私たちは出撃する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます