第86話 フェイスオフ

「10人目……」


 マットブラックの鎧の男が私のドラゴン・プレッシャーの一撃を受け盛大に吹き飛ぶ。

 今ので、10人目だ。

 私たちの周囲には物言わぬ骸と化した敵兵が10体散乱していることになる。

 ドラゴン・プレッシャーを地面に斜めに突き刺し、手を放し、残りの人数をかぞえる。

 残りは……、あの不死者マジョーライを入れて4人……。


「どうした?」


 私は、ネックレスのチェーンをつまみ上げて、ペンダント部分にふーふー息を吹きかけて、その温度を少しでも下げようとする。


「ふーふー、ふーふー」


 ふーふーしながら、やつらを油断なく見つめる。


「ふーふー、ふーふー」


 でも、なかなか飛び込んで来ない……。


「考えるなよ、蚊のくせに、思い切って飛び込んで来いよ……」


 呆れたように言い、ネックレスを元の位置に戻し、そっと手の平で覆う。

 うーん……、超熱い……、困った……。

 その手を放し、もう一度やつらを見やる。


「くっ、どうした、やれ、あの化け物を殺すんだ!」


 と、マジョーライは言うけど、兵士たちはじりじり間合いと詰めたり、距離を取ったりするばかりで、一向に襲いかかってくる気配はなかった。


「だ、駄目です、行けば殺されます!」

「撤退します、態勢を立て直します!」

「こんな化け物と戦えません、失礼します!」


 と、敵兵たちが方向転換をして一目散に逃げ出して行った。


「あ、逃げた……」

「ど、どこに行く、おまえたち、軍法会議ものだぞ!?」


 マジョーライが血相を変えて叫ぶけど、誰ひとりとして言うこと聞く者はいなかった。

 それにしても、あいつらってよく逃げるよね、さっきのプラグマティッシェ・ザンクツィオンの時もそうだし、兵士としての心構えがなってないよ。

 あ、あれか、たぶん、督戦隊がいないから逃げたい放題なのか。


「まっ、所詮おまえらは、女、子供、非武装の民間人にだけ強い兵隊さんなんだよ……」


 私はゆっくりと立ち上がる。


「本物の兵士と対峙した時、いとも簡単に職務を放棄し逃亡する……」


 ふっ……、笑わせてくれる……。

 専心職務の遂行にあたり、身をもって責務の完遂に務め、命をもって国家、国民の負託に応える……、それが出来ないやつは兵士じゃないんだよ。


「で、おまえも逃げるのか……?」


 ゆっくりとマジョーライのところに歩いていく。

 もちろん、ドラゴン・プレッシャーは持っていない。

 素手だ。

 ネックレスが熱くなりすぎて、持ってきたくても持ってこれない、服の上からでもじんじん熱い。


「くっ……」


 やつがあとずさる。


「逃げたければ、逃げてもいいよ」


 ゆっくりとやつに向かって歩く。


「くっ……」


 二歩、三歩と、やつがあとずさる。

 それに合わせてやつを追う。


「くくく……」


 うん? なんか、マジョーライが笑いだしたぞ? 


「馬鹿め……、私を追うのに夢中になったか……、貴様の得物、あの大剣は遥か後方だぞ……?」


 とか、言い出したんだけど……。


「ああ、そうね……」


 と、振り返り、遠く離れたドラゴン・プレッシャーを見る。

 その横にはちゃんと、エシュリンたち三人が身を寄せ合ってじっとしていた。

 軽く手を振ってあげる。

 すると、みんなも手を振り返してくれる。

 ちょっと、笑顔になる。


「今更、取りに行っても遅いぞ!!」


 と、大きな声がしたので前に向き直ると、やつが腰の剣を引き抜いていた。


「さぁ! 勝負しろ、ばけもの!!」


 マジョーライが剣を正面に構える。


「なんていうか……」


 さっきまで逃げ腰だったくせに……、私がドラゴン・プレッシャーを持っていなければ、勝てるとでも思ったのか、急に勇ましくなった……。

 ひそかに笑う。


「いくぞ、ばけもの!!」


 やつが大きく剣を振り上げる。

 私はそれに合わせて、大きく足を一歩踏み出す。

 それも、相手の踏み足を先、お互いのかかとを激しく打ち付けるように。


「なにっ!?」


 懐に踏み込まれたのに動揺したのか、やつがそんな驚きの声を上げ、一瞬動きを止める。


「クロース・クォーター・テイクダウン」


 そこから腕を回すように、手の平、掌低でやつの額に強烈な一撃を食らわす。

 すると、マジョーライの身体は腰を中心にして、後方にくるっと回転して顔面から地面に叩きつけられる。


「な、なにが……」


 やつが顔を押さえながらつぶやく。

 テコの原理だよね、かかとと額に力を加えて、支点である腰を中心に回転させてやった。


「残念だったね、私はあの大剣がなくても強いんだよ」


 と、言い、やつの顔面を思いっきり蹴り上げてやる。


「ぐえっ」


 やつは血を吹き出しながら数メートルほど飛んでいき、背中から地面に叩きつけられる。


「ぐえっ、あぐっ、あぐっ」


 と、やつがもだえ苦しむ。


「不死者マジョーライ……、それがあんたの二つ名だったよね? 本当かどうか、試してやるよ」


 さらに、やつの顔面に回し蹴りを食らわす。


「お?」


 でも、腕でガードしやがった。


「その腕、邪魔だな……」


 その手の甲掴み、内側にひねり、そのまま体重を乗せて、倒れこむようにして、肩と肘を砕いてやる。


「うあっか!?」


 もう片方の手で砕かれたほうの手を押さえる。


「こっちも……」


 もう片方の手も同じように砕く。


「うあああっ!!」


 両肩、両肘を砕かれたマジョーライは激しく地面をのたうちまわる。


「じゃぁ、本当に死なないか、試してやるよ……」


 ゆっくりやつに近づく。


「ひっ、く、くるな、くるなぁ、ばけもの!!」


 マジョーライは足をじたばたさせて逃げようとするけど、まったく進むことはなかった。


「やめ、やめ、やめて、こ、殺さないで!!」


 さらに這うように逃げようとする。


「なんだ、こいつ……」


 と、私は彼の顔の先、鼻の先に、ドンッ、と足を踏みつける。


「ひ、ひいぃい!?」


 大袈裟に驚く。


「うーん……」


 あまりの情けない姿にちょっと興醒めしてしまった。


「た、助けて、やめて、来ないで!」


 うーん……。


「殺さないから、少し落ち着け」


 と、先回りして、彼の前に立ちはだかる。


「本当か、本当なのか、助けてくれるのか!?」


 しかし、なんだ、これ、本当に不死者マジョーライとか言われるようなやつなのか……。


「ああ、取り引きしよっか、おまえ、他の部下を連れて退却しろ、そうすれば見逃してやる……」


 私は呆れたように、そう提案する。

 まぁ、最初からそういう取り引きをするつもりだったけどね、こいつの部下がばらばらに秩序なく、略奪しながら退却したらめんどう。

 だから、そうならないよう、こいつには退却の指揮を執ってもらう。

 基本的に隊長、部隊長は殺さない、こういう使い道があるからね。


「わか、わかった、退却する、今すぐ退却する、部下たちを連れて退却する!」


 と、マジョーライが大きく何度も首を縦に振る。


「うん、もういい、行け」

「すまない、感謝する!」


 マジョーライはそう言うと、這うようにして森の中に消えていった。


「なんか、釈然としない……」


 やつが消えていった森の奥を見つめる。

 裏がありそう、そう勘ぐってしまう……。


「一応、伏兵があるか注意するか……」


 と、私は振り返り、エシュリンたちの元に歩いていく。


「ナビー、ぷーん! ナビー、ぷーん!」


 でも、私がそちらに行くよりも早く、三人がこちらに駆け出してくる。


「ナビー、ぷーん! ナビー、ぷーん!」


 そして、飛びついてくる。


「あははっ」


 と、三人を受け止める。


「ナビー、ぷーん、怒らないで、ぷーん、黙っていなくなって、ごめんなさい、ぷーん」


 エシュリンが私に抱きついて泣きじゃくる。


「大丈夫、大丈夫、怒ってないから、ほら、涙を拭いて」


 と、彼女にハンカチを渡す。


「はい、ぷーん……」


 私からハンカチを受け取り涙を拭く。


「あなたたちも大丈夫? 怪我はない?」


 と、リジェンとシュナンにも声をかける。


「はい、大丈夫です、おかげさまで……」

「はい、ありがとうございました……」


 控えめに、小さな声で答える。


「よし、じゃぁ、帰ろう!」


 と、拳を突き上げて大きな声で宣言する。


「はい、ぷーん!」

「は、はい」

「はい!」


 みんなも返事をしてくれる。

 こうして、私たちは、この小さな草原を出てラグナロク広場に向かうことになった。

 草原を出てすぐに複数の松明の明かりが目に入る。


「誰か、いませんかぁ!!」


 これは、現地の言葉ではなく、日本語だったので、すぐにラグナロクのみんなだってわかった。


「なぁんだ、やっぱり助けにきてくれたんじゃない!」


 と、私は大喜び。

 森の中に入ってまで救助活動はしないとか言ってたのにね。


「エシュリーン、エシュリーン!!」

「どこだぁ、いるなら返事をしてくれ、エシュリーン!!」


 声がだんだん近づいてくる。


「おーい! こっちだよぉ!」


 と、私も大声で返す。


「お? 今、声がしたぞ?」

「どこだ、どこだ?」

「こっちだ、俺にも聞えたぞ」


 みんなが私の声に気付く。


「よし、行こう!」

「はい、ぷーん!」


 と、エシュリンたちに声をかけて先頭を走りだす。


「おーい! おーい! みんなぁ! みんなってばぁ!」


 大きく手を振りながらみんなの元へ走っていく。

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