第35話 ほのかな杞憂

 この日の昼食も天気の良い青空の下、みんなが揃ってから食事を摂りはじめる。


「なぁ、ルビコン川に橋を渡さないか?」

「おお、いいアイデアだな、でっかい吊り橋だな」

「俺は風車が欲しい、ここにでかい風車があったら壮観だろうな……」

「風車かぁ……、展望台みたいなのもいいよな、見張り台にもなるし」


 と、生活班の男子たちが夢を語らいながらポトフをすする。


「ナビーだけじゃなくて、私たちも勉強をはじめないといけないんじゃないのかな?」


 女性班の鹿島美咲の声が聞こえてくる。

 そう、なぜか私だけが勉強をさせられている。

 今日も午前中いっぱいやらされた。

 算数と社会。

 みんなもやればいいんだ。


「そうは言ってもね、みんな忙しいし……」

「うん、教科書もないし、そもそも誰が教えるの?」


 と、他の女性班の面々は否定的。


「うーん、厳しいかなぁ……、教科書は参謀班に作ってもらうしかないと思うけど、それも、やってくれるかどうか……、一応、班長会議でかけあってみるよ」


 と、班長の徳永美衣子が話をまとめる。

 まぁ、断言してもいいけど、それは廃案になるよ、だって、誰も勉強なんかやりたくないもん。

 私は猪肉の燻製をむしゃむしゃと咀嚼しながらそんな事を考える。

 それよりも、昨日拾った大剣、ドラゴン・プレッシャーの使い道だよね。

 うーん、むしゃむしゃ……。

 目をつむりながら燻製を噛み続ける。

 あれは超重い、私以外に持てない……、わけではない……。

 昨日、帰ってきてすぐに狩猟班の佐野獏人が持ち上げた。

 鬼の形相で歯をがりがり、ぎりぎりさせながら、背中から白い蒸気みたいな煙を出して……。

 正直言ってあれには恐怖を覚えた……。

 人見たち4人がかりでもびくともしなかったやつだよ……。

 ホントびっくりした……。

 私は片目を開けて佐野を見る。

 やつは私と同じように猪肉の燻製をにこにこしながら食べている。

 あいつやばい、マジでやばい……。

 おっと、話が逸れた、それより、ドラゴン・プレッシャーの使い道だ。

 武器として使わなくてもいいんだよね。

 私がこのネックレスとドラゴン・プレッシャーがセットだって事を内緒にしているのは、他の誰かにあれを使われるのを危惧しているからであって、別に私が使いたいからではないんだよね。

 だって、ドラゴン・プレッシャーを東園寺や佐野あたりに使われたら大変だよ、絶対に勝てない。

 そう、私が一番強くないと安心できないの。

 うーん、となると、むしゃむしゃ……。

 また目をつむりながら燻製を噛み続ける……。

 おもり……、漬物石……、そんな物作ってない……。

 うーん、うまみ……、むしゃむしゃ……。

 うまみ、うま、うま……。

 うまみ……。


「ナビー、ちょっといいか?」

「うん?」


 私は片目をうっすらと開ける。

 銀縁のメガネの頭の良さそうなやつ……。

 くんくんだ。


「彰吾、どうしたの?」


 と、噛んでいた猪肉の燻製をごくりと飲み込んだあとに尋ねる。


「ああ、その、まだ試作品なんだが……」


 彼は手にしたシルバーのネックレスを私に見せながら話す。


「以前、キミが今身に着けているネックレスの効果が実感出来ないと言っていただろう?」


 うん、言ったかも。


「だから、試しに作ってみた、この魔法のネックレス、アミュレットを。これからはこれを身に着けて生活してくれないか? それで着け心地や効果など、感じた事をなんでも報告して欲しい、それをこれからのアミュレット作りの参考にしたい」


 と、私は彼からネックレスを受け取る。


「ふーん……」


 デザインは今身に着けているのと同じ、ひし形のネックレス。

 違いがあるとすれば、真ん中にはめ込まれている赤い宝石がない事くらい。


「じゃぁ、さっそく……」


 と、首に手をまわしてネックレスを着けようとする……。


「あ、ちょっと、待ってくれ、今着けている物を外してからにしてくれ、アミュレット同士が干渉して身体に悪影響が出るかもしれん」

「あ、うん……」


 と、元のネックレスを外そうとする……。


「それは回収させてもらう……、キミが持つ事によって何か干渉、共鳴が起こるかもしれない……」


 その言葉を聞いて、ぴたりと手を止める。

 回収……? 

 取り上げられるって事? 

 それはまずい、このネックレスとあのドラゴン・プレッシャーはセットなんだから……、急に剣を持ち上げられなくなったら怪しまれる。


「どうした、ナビー、はやく外してくれ……」

「いや……」

「うん?」

「私、こっちのネックレスのほうがいい……」


 うつむき加減に言う。


「何を言っているんだ? 新しいほうが確実に効果は高いんだぞ、今以上に身体が軽くなれば、仕事が楽になる、体力の劣るキミには必要な物だ」

「いや!」

「な、ど、どうして……?」


 うーん、何か言い訳を考えないと……。


「だ、だって……、これは、彰吾から貰ったはじめてのプレゼントだから……、私の、一生の宝物だから……」


 と、涙目で訴える。


「そ、そ、そうなのか……」


 人見が口元に手をあてて視線をそらす。


「な、なら、無理強いは出来ないか……」


 彼が考え込む。

 うまく行ったかな? 


「同時にアミュレットとは異なる干渉しない魔法のアイテムも研究している。それは、タリスマンと言って、アミュレットと混同しないようブレスレット型で作成している。そうだな、そっちの研究を優先する事にしよう、それなら、そのネックレスと同時に装着出来る……」


 私に言っているのか、独り言なのかよくわからない……。


「そうだな……」


 と、彼は私を見てにやりと笑う。


「ナビー、楽しみに待っていてくれ、キミ専用のスペシャルなタリスマンを用意してやろう」


 おお!? よくわからないけど、なんか、凄そう! 


「ありがとう、彰吾、楽しみに待ってる!」


 と、私は手を叩いて喜んでみせる。

 よし、ネックレスは取り上げられずに済んだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それから釣りをして、また夕食を食べて、そのあとお風呂に入って、最後に歯磨きをして、あとはお布団に入るだけだけど……。


「ほぉら、ナビー、もっと足を開いて」


 私たち、狩猟班の女子たちの毎夜の日課がある……。


「ちゃんと、両手も上げて」


 笹雪めぐみが私に指図してくる……。


「うう……、恥ずかしいよ、エシュリンも見てるってば……」


 そう、あのみろり色の瞳の現地人の少女、エシュリンも私たち狩猟班のロッジで寝泊りしている。

 そのエシュリンがポカーンと口を開けて私たちのやる事を見ている。


「そのまま上体を倒して、腕を伸ばす……」


 言われた通りに身体を前に倒して、腕を真っ直ぐ伸ばす。


「次に左足を上げて後ろに伸ばす」


 そして、片足を上げて、うしろに真っ直ぐ伸ばす……。

 ちゃんと、つま先まで意識して……。

 そう、これは、ピラティス。

 ヨガみたいなやつ。

 女子の世界三大モテ趣味の一つと言われているらしい。

 みんなでやっていると恥ずかしくないけど、人に見られていると思うと、なんか恥ずかしいんだよね……。

 格好がね、とっても……。

 そうそう、世界三大モテ趣味のあと二つはパッチワークとスイーツらしい。

 笹雪が教えてくれた。


「次は横になって腰を浮かせて」


 くっ、ホント恥ずかしい。

 もう、やめた。

 私は身体を起こして、膝立ちになって、そのまま夏目のところにちょこちょこと歩いていく。

 ふふふっ……。

 彼女が腰を浮かせてピラティスしているところに、両足をかきわけるように身体をねじこんでいく。


「ナビー?」


 そして、そのまま覆いかぶさり、彼女の顔を見ながら言ってやる。


「めぇえ……」


 と。

 間違った、それはチャフだ。


「ねぇ……、翼……、そんなことよりプロレスやろうよ……?」


 とか、言ってやる。


「えっ?」


 よし、今度は夏目の首に腕をまわしてマウントポジションだ! 

 でも、届かない……、しかも、彼女の胸に顔が埋もれてよく見えない……、腕を伸ばして夏目の首を探す。

 くっ、どこだ、どこだぁ! 

 と、色々まさぐる。

 そんな事をしていると……、だんだん、彼女が遠ざかっていく……。

 ああ!? 

 身体を夏目の両足に挟まれて引き離されえていく! 


「プロレスね、ナビー?」


 と、そのまま身体を横に倒された。


「ぎゃん!」


 そして、また身体を起こされて、今度は反対側に倒された。


「ぎゃん!」


 彼女の両足に挟まれたまま、左右に何度も倒されてる! 


「ぎゃん!」

「ナビーって軽いよね、30キロないくらい?」


 うーん、最近筋肉付いてきたから、もう少しあるはず。


「そうね……、30キロ、くらい、かなぁ……」


 と、夏目が私の身体を左右に揺さぶりながらつぶやく。

 でも、ふり幅はさっきよりも小さい、チャンス! 

 と、腕を伸ばして彼女のウエストあたりを両手で掴もうとする。


「ぎゃん!」


 トテン、と横に倒された! 


「ぎゃん!」


 今度は反対側!


「ぎゃん!」


 ちょっと、待って、なんで、こんなに足腰強いの!? 


「ぎゃん!」


 ピラティスやってるから!? 


「ぎゃん!」

「あははっ、ナビーが死んじゃうよ、翼」

「でも、ナビーの声もおかしい、何よ、ぎゃんって」


 と、今日も狩猟班のロッジには楽しげな笑い声がこだまする。

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