??-?? この世界は
あまりの嬉しさに半狂乱になっていたことは自覚しています。
とにかく嬉しかったのですから仕方ありません。ええ、仕方ないのです。ふふっ。
碧様こと朱様は、御主人様の愛を一心に受ける大切な方。
ナオ様は御主人様と碧様から妹として揺るぎない愛情を受ける方。
お二人が御主人様の妻となるのは喜ばしいことなのです。
私は。
――ギア。
人ではありませんでした。
御主人様にも刃を向け、殺そうとした不届き物です。
あの時に戻れるなら、私があの時の私を破壊してあげたいくらいです。
それをすると御主人様と出会えなくなるのでもどかしい所ですが。
だからこそ、私は二人が羨ましかった。
御主人様と歳を取り、御主人様と共に逝き、御主人様と子を育み、御主人様の子孫を残すことができる。
私に出来ることは、その子孫を見ていくだけ。
そう、割り切っておりました。
御主人様の子孫を守り続けるギア。
永遠に私に愛を教えてくれた御主人様の血脈を絶やさないためにも、御主人様が亡き後も生き続けて見守っていく。
それが私の使命。
……寂しい。
傍に御主人様がいないと考えるだけで、いなくなった世界はもう不要。世界なんてなくなってしまって、最後はギアのこの身は自爆してしまえばいい。自爆した勢いで世界も消えてしまえばいいのに。と、何度思ったことでしょう。
だけど、それは今は杞憂に終わり。
私は人類の体を持ち得たのです。
碧様とナオ様と。
御主人様とも苦労を分かち合い、共に歩んで行き、そして朽ちることができる。
そう思ったからこそ。
私は喜びに打ち震えた。
私が最初に行ったことは、とにかく服を探すこと。
なぜなら、御主人様以外に私を見せるのも許せないのですから。
震える体を抱きしめ、擦り、必死に凍えないように体を摩擦する。
ギアとはどこまで不便のない体だったのだろうかと思いました。
私の体も、見た目も、ギアだった頃とまったく同じ。
違うのは、この人類となったことくらい。
……ああ。牛刀もガトリングもありませんね。
服はすぐに見つけることが出来ました。
その辺りに落ちていたみすぼらしい遺体から拝借。
これで少しは楽になりました。
次は食事。
その前に、ここから出たことを考え遺体から財布を接収。
人間はお金がないと物が買えませんから。
……盗んでもいいですけど、ね。
お金を持ち合わせていることから、この遺体は物盗りにあって亡くなったわけでないとすぐに分かりました。
ただ、この場所は何なのかはいまだに分かりません。
辺りを見ても部屋がいくつかあるだけで。
その中には私が入っていた試験管が並ぶだけ。
ほとんどは割れて中身がありませんでした。
部屋の入り口には、それぞれの研究室をを示しているのか、プレートに文字が刻んであります。
私がいた部屋には、『B』室。
『遺伝……強……複……』と書いてあり、少し歩いた先にあった他より大きな部屋には『S』室と。
超……力と、それぞれ削れてよく読めませんでした。
どこかの研究施設のような……。
人の気配はなく、すでに放棄された施設のようにも見えます。
まあ、今の私には関係ありません。
とにかく、服を手に入れたのですから、次は、
「お腹が減りました」
飯。
私はこの私が産まれたであろう研究所から出て、放浪しました。
この辺りはあまり覚えていないのですが、見る先全てに大木があって、森林地帯をさ迷っていたような気がします。
大木が実をつけた、食べていいかわからない木の実を食べ、時には澄み渡った湖を見つけては体を洗い。
綺麗になった私を御主人様に是非見てもらいたいと必死です。
私はいつだって御主人様からの御褒美待ちですから。
御主人様に会ったらどうなってしまうのでしょうかと、不安になりながら、御主人様のことだけを考えて歩いていたのだけは覚えています。
気づけば森は消え。
近代的な町が見え始めました。
ドーム状の通用口と思われる道が茶色の壁まで伸び続け、通用口の左右には様々な家屋が乱立しています。
和風なものもあれば、西洋風の家屋もあり、統一性がまったくなく。
振り返ると、歩いてきた先には大きな大樹が聳えていました。
改築に改築を重ねているような、巨大なビルのように家屋がくっつけられた場所もあれば、貴族が住んでいそうな大きな屋敷もあり、その屋敷は華名当主様にぴったりな印象を受けます。
壁と思われる岩盤からにょきっと生える、太い大木をくり貫いた住居もあれば、ドーム状の通用口と同じく、近未来的な家屋も所々に点在していて。
もくもくと煙を出す工場も見えました。
これが。
御主人様のいた世界……?
私は御主人様を探すため、その町の中をさ迷います。
活気に満ちた世界。
怒号も響いていることもありましたが、皆楽しそうです。
初めて見た祭りのように。
御主人様と歩いたあの祭りの時のように。
人が今を楽しく生きている。
気づけば。
私の瞳から涙が零れていました。
涙が流れて、私の想いは溢れ出しました。
御主人様に会いたい。
会って、話したい。
また、優しく声をかけてほしい。
傍にいてほしい。
寂しい。
次々と拭いても拭いても溢れる涙と想いに困惑し思わず立ち止まり。
そんな私に――
「おいおいっ。白衣だけってどこの奴隷だよっ。旦那からはぐれて泣いてるぜっ」
「こんな美人に会えるとは。……なあなあ、この娘、タグがついてないから奴隷じゃないぜ」
――声がかかります。
奴隷?
この世界にはそのような物が存在するのでしょうか。
「おおっ!? だったら俺達が手を出してもいいんじゃねぇかっ!?」
「い、いいのかっ!! 上玉だぞっ!」
「飽きたら売りゃいいし。ここは裏世界だ。死体なんぞ残らず全部
……こんなにも御主人様に会いたいのに。
見つけてほしいのに。
「上玉さんよぉー。楽しいことしたらすぐに売っ払って金にしてやるからよー」
「売るより飼おうぜっ! こんな綺麗な娘なら何回だって飽きねぇよっ!」
私に声をかけてきたのは「げひゃひゃ」と意地汚い穢らわしく私を見る背の高い筋肉質の男達。
周りも、卑下た笑みを浮かべておりました。
どうやら、味方はおらず。
囲まれておりました。
「さーさー! 皆で楽しもうぜっ!」
辺りが盛大な歓声に包まれます。
私を飼う?
何を言っているのかと。
私は身も心も御主人様の物だというのに。
この顔も、体も。御主人様が見てくれるだけでいいのです。他の男には何一つ興味がない。
むしろ、何見ているのかと。
次第にイライラ感は募り。
これは、お腹が減っているからかもしれませんね。
「…… ぁ゛あ゛ ? 」
あら、はしたない。
私はこんな声も出せるのですね。
ぐしゃり。
と。
どうやら。
私はギアの頃の力を持ったまま、人となったようです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます