05-04 新人類はあっさりと

「水原様が姫様と戦っている間、私達は新人類の大軍と戦っておりました」


 火之村さんが静かに話し出す。

 そう。俺が戦っている間に何があっちで起きていたのか知りたいんだ。


「あの時、意外とあっさりと勝目かつもくは撤退しました」

「へ?」

「拍子抜けもいいところです、な。私と相対し、二、三度話をした後、去りましてな」


 長い話が始まるのかと思っていた俺も拍子抜けした。


「ほとんど交戦してないんだよなぁ」

「守護の光だったかな? あれを手にした守備隊の皆も拍子抜けしてたからね」

「恐らくは。開戦早々に背後から感じた……恐怖が添えられたプレッシャーに、逃げたのでしょう、な」


 恐怖が……ノアの紫の光か。

 そこまで広範囲に発せられていたのか。そう言えば、弥生もさっき震えていたと言っていた。


「最後に太名が言っておりまして、な。


 『これからは太名の世界が始まる』


 と。あの数と、あれだけの被害が出ていてもまだ余裕がある発言。間違いなく、東は太名率いる新人類の支配下となっておりましょう、な」


 俺はその太名という男の人となりは分からない。だが、世界とか、何でそこまでして世界を欲するのか分からない。

 この世界を支配してどうするのだろうか。新人類が蔓延る世界にして、何をしたいのだろうか。


 新人類は人をベースとしたギアだ。


 人がいなければ増えない。減るだけだ。

 そうやって、最後の一体になるまで戦い続けるのだろうか。


「町間ネットワークも、東と南から反応ないから確定だろうね」


 橋本さんも情報提供し、南もダメだと分かった。貴美子おばさんが疲れたようにため息をつく。


「この国は中枢機関がなくなった後に他財閥が各方面の代表をしていたのよ。それぞれの町とは常にやり取りしていて、私が凪くんを知ったのも橋本さんが私のことを知っていて、情報を書類提出……ああ、これは……失敗していたわね」


 話の途中で苦々しい思い出を思い出したのか、貴美子おばさんが失笑する。

 俺も橋本さんも釣られて苦笑いした。


 以前、俺が隣町に辿り着いた時に、橋本さんが守護神だと騒ぎ立て、町間ネットワークで中央に報告していたようだけど、その中央が中枢機関になるのだろうか。

 その中央と中枢機関はまた別物のようにも思える。中央はこの国に元々あったものだと考え、絶機に滅ぼされてなくなった後に財閥が中枢機関を作ったと考えるのが妥当にも思える。

 それを今は『中央』と呼んでいるのかも知れない。


「東が一番ギアとの戦いが激しくて、指示系統も必要だった。元々中央があったこともあって、中枢機関もそこに置いていたのだけれど……東が新人類に支配されていると考えると、もう機能していないと考えた方がいいのよ」


 国の中枢機関が東にあって、そこから新人類が攻めてきたなら、もう国としては機能していないということは理解できる。

 とはいえ、元々この町にいても中枢がいるというのはあまり気になっていなかったし、俺がこの世界に来た時にはすでにギアの蔓延る世界だったのだから、結構前から中央はなくなっていたのだろう。だから、さほど影響はなかったのかもしれない。


 だけど、それだと俺を守護神として確定できる機関がないような気がする。


「中枢機関がなくなったときは、財閥が代わりに中枢になるのよ。だから、凪くんを守護神にするというのは、残った財閥の総意でいいわけよ」


 機能しなくなった時に財閥が代わりに動く。

 そして、残った財閥というのが、亞名と華名であれば……そりゃあ、二人が決めたのなら確かに確定だ。


 確定だけど……俺自身はなったからといって変わるわけでも……あ。だからハーレムが容認されるのか。

 いや、ハーレムをしたいわけではないのだが……。


「南もダメだっていうのは辛いわね」

「後は北だけど……」

「あれ? 西は?」

「西はここよ」


 ……は、初めて知った。

 西ってことは華名財閥の直轄地域だったのかここ。


 俺は驚いた表情をしていたのだろう。「あなたは本当に……頭が痛いわ」と貴美子おばさんが頭を抱えた。


「厳密に言うと、ここから西に、私の本宅と少しだけ町があるわ」

「じゃあ西の住民もここに来るのか?」

「お兄ちゃん。西はもう、この町に異動済みだよ?」

「……いつ?」

「えっと……」


 碧が言葉に迷っている。

 なんだ、聞いちゃいけない話だったか?


 あれ? なんで? なんで皆して頭抱えるの?


「学園ができた辺りでよっ! いつの話だと思ってるのかしらっ」

「水原君……学園ができたのも、西と統合するから出来たことだし、人口増えたからすぐに出来たんだよ。そして私は、そんな町の町長なのさっ!」


 うん。橋本さんが偉いのは知ってる。だからそんな端に座っているのがおかしいんだろと思うが、まあ橋本さんだから皆無視だ。


「学園が出来た辺り……?」


 それはつまり、俺が火之村さん達と森林公園に向かった後くらいだ。

 あの時から西の――華名財閥の拠点はここに。だから華名はここでの発言力が高いのか。いや、西の町に入るのだから、元々発言力が高い。だから貴美子おばさんと橋本さんは知り合いだったのか。


 ……なるほど。確かにそれは数ヶ月前とはいえ、濃厚な数ヶ月だったから、『いつの話』だとも言える。

 だが、今回ばかりは反論できる。できるぞ。


「……弁解させてくれ」

「あら、珍しいわね。いいわよ?」

「俺が一ヶ月ほど、目を覚まさなかった辺りじゃないか? それ」


 白萩と眼鏡ちゃん以外の全員が、はっと、息を飲んだ。


「大々的に発表とかしたのかもしれないが、誰かそれ教えてくれたか?」

「……やるわね」


 貴美子おばさんがふっと笑い、負けを認めた。なんの負けかは知らないが。


「お前……目を覚まさないってこと何度もあるんだな」


 ほっとけ。

 俺もなりたくてなったわけじゃないぞ。


「北はまだ何ヵ所か町があります。今はこの町に避難するよう呼び掛けていますが……外にはギアがいるので思うようには……」


 気を取り直して眼鏡ちゃんが眼鏡くいっと北の情報を伝えてくれる。


 新人類の脅威は収まり、俺達の周りには安全なギアがいる。とはいえ、町外の人からすればそれらも怖いだろうし、外にはまだギアがうろちょろしている状況は確かだ。


 だが、気になるのは何より……。


「なんでこの町に集めるんだ?」


 素朴な疑問。

 だが、それは皆に再度のため息を与える口実になり。


「あなたがいるからでしょうがっ!」

「ほんと……水原君は自分の価値わかってないね」

「もう、ここまで来ると天然なんじゃないか?」

「おにーさんは前から天然でしたよ」


 こいつら、人をなんだと……

 俺からしてみたら、何で皆がそんなに詳しいのかのほうが不思議だぞ。


「人具を作れる三原で」

「ギアを何百と倒し生き残った英雄で」

「稀代の英雄『水原』で」

「大財閥『奈名』家の後継者で」

「ギアを手中に治めて」

「町も守って、拡神柱も作れて」

「守護神になって」

「ハーレム作って」

「ここ以上に安全で守られた場所なんて、他にある?」


 おい、ハーレム関係ないぞ。

 俺がいるだけでそこまで安全とは思えないのだが。


「安全、ねぇ……」


 ……俺は、ノアに手も足もでなかった。

 またノアが現れた時、俺は勝てるのだろうか。

 また、守れるのだろうか。 


「凪、大丈夫だよ」


 ころころと転がるナギが、俺の心を読んで前へと来た。


「皆が傍にいる。だから、これからも一緒に戦えばいいんだよ。一人で戦わなくてもいいんだよ。皆、君を頼っている。でも、君も皆を頼ればいいんだ」


 ナギ……。


 そうだよな。

 俺一人で出来ることは限られているって、あの時も思った。


 皆を見る。

 皆はそれぞれ――


 「何を今更……」って顔して呆れているのだが……。

 普通、ここって呆れるんじゃなくて任せろ感出すんじゃねえかな!?


「まあ、そこは。頼ってくれないと困るし、これからも頼らせてもらうが。そんなことより、北の住民を救うために連れてくるにしても、どうやるんだ?」


 白萩が呆れながら姫を指差す。


「姫に来てもらうって言っても、昨日の件で姫の信用もなくなってるしな」


 姫が少し悲しそうな表情を浮かべ「申し訳ありません」と謝った。


「あれは……事故だ」

「今後も起こらない可能性は?」

「ナオ……」

「ないと思うの。今回は特殊なの。あれはもう、この町にいるギアには起きないの」


 ナオの言葉に、白萩がはぁっとため息をついた。


「まあ、俺達は疑ってはないけど。何があったのかは聞いておきたいんだけど?」

「あー……」


 そうだよな。

 俺が新人類がどうなったか知らないのと同じく、皆も姫と俺がなぜ戦うことになったか分からないままだったもんな。


 それに。

 俺のこれからも、話さなくてはならない。


 ノアを倒さなくてはならない。


 世界のためとかそんな大きい話をしたいわけじゃない。


 ただ、この世界を守りたいんだ。


 だから。

 俺は、少しずつ。

 あれがなんだったのか、南で何があったのか、森林公園で何があったのかを皆に聞いてもらうために話をすることにした。

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