04-37 東の戦場への到着


 東の拡神柱かくさんちゅうの前。


 東の戦場に俺達は全力で走って、やっと辿り着いた。


「はぁはぁ……」


 全力で走って、全員の息が荒く。

 守備隊四十人含めて、男勢が全員中腰で息が荒い光景は、光景的に怪しい。


「こ、これ……戦えるかな……?」


 弥生がぜぇぜぇと、息を整えながら、疑問を投げ掛ける。

 俺も、そう思う。


「ボクは平気だよっ!」


 この中で紅一点である碧が、俺の背中から降りて元気に放つ言葉に、思わず「お前、走ってないからなっ!」と頭を小突きたくなる。


 俺なんて自慢じゃないが、左腕がまったく動かないし、おまけに、二回目の不可逆流動ドライブで、見事に左目が見えなくなっている。


 直るのだろうかと心配になってきた。


「水原様」


 火之村さんはなぜか息が切れていない。

 いつもと変わらず、夏なのに真っ黒な執事服は、今更ながら暑さを冗長させ、近くにいられるとイライラしてくる程の暑苦しさだ。


 なぜ、息が切れていないのか。

 初老にもなってもまだそこまで体力があるのかと。俺が言うのもおかしいが、毎日鍛練を怠らずに、若い俺達と同じくらいの体力があるということは素直に感心する。


 ……あ。


 よく見ると、火之村さんはうっすらと光っていた。


 まさか……

 俺達は戦いの前に、力を温存するために使ってなかったのに……この人。守護の光で自分の身体能力をあげてたのかっ!?


「あちらをご覧ください」


 息を整えながら、じとっと火之村さんを睨んでいると、真剣な表情で拡神柱の先――戦場を見ていた。


「お、おい、あれ……」


 白萩の驚いたような声に、俺も視線を動かす。


 拡神柱の先。

 まだ距離はあるが、町の外には、ずらっと、ギアが並んでいた。


 数えているわけではないが、恐らくは全機無事だと思われるその数に、一先ずはほっとした。


 だが、そのギアが並んでいるから、その先が見えない。


 戦況が知りたい。

 全員がある程度息を整えきった所で、こちらの戦力を再確認する。


 俺と、碧。

 火之村さんと弥生。それに白萩と橋本さんに、守備隊四十人。

 残りの守備隊は、南の警備に向かってもらっている。


 碧も含めて、全員が守護の光を扱えるようになった。

 そこに、目の前にいるギア五十体に姫を含めると、かなりの戦力だと思う。


 ここに、後で合流予定のポンコツも入れば、何とか撃退くらいは出来そうにも思える。


 いざとなったら、俺も自爆技ドライブを使ってでも、この町を守ってみせる。


 だが、気になることもある。

 一人、足りない。


「あれ? 達也がいないな。誰か見てないか?」


 白萩が俺と同じことに気づいたようだ。


「おにぃーさぁーんっ!」


 誰がお前の兄かと。

 そんな大声と共に、守護の光を纏って猛スピードでこちらに向かってくる達也が見えた。


「何かあったのか? 妙に遅れてたみたいだけど」

「いえ、ちょっと。ナオちゃんに伝言を頼まれて」


 守護の光で合流した達也は息が切れていない。俺達も使ってくればよかったと後悔する。


 これで、ポンコツ以外は揃った。

 突撃の指示は火之村さんに任せようと火之村さんと目配せする。


「ふむ……達也。ナオちゃんへの告白、済んだのかな?」


 急に。

 橋本さんが達也にそんなことを言い出した。

 守備隊員からも、これからまた戦場に赴くと緊迫していた空気が霧散し、ざわざわとざわめく。


「そうか、こう言うときに声を……」「それ、死にフラグじゃね?」と話が聞こえるが、結果を聞きたくてうずうずしている感もある。


 告白?


 おお……ついに達也がナオに……半殺しになるのはこいつだったか。


 ナオについに恋人が出来たのかと、嬉しいはんごろし気分半分、寂しいぜんごろし気分半分の微妙な感覚を味わっていた。


 だが、達也なら、ナオを悲しませるような奴ではないとも思う。

 素直に祝福はんごろししてやろう。


「いやぁ。フラれました」


 その一言に、ぴしっと。

 辺りが、俺の祝いの拍手をしようとした手も止まる。


「……は?」


 達也を、思わず凝視する。


 その瞳にはまだ渇ききっていない涙の跡が見え、ここまで走ってくるまでの間、泣いていたかのようにも見えた。


 告白、は、した?

 でも、ナオは断った??


 何で。

 達也とは少なからず。いや、ナオが達也以外の異性と話している所を見たことがなかった。

 だから、ナオも満更ではないと思っていたのだが。


 そんな達也の一言に、橋本さんや守備隊員達が群がり励ましの声をかけだし、達也が見えなくなった。


『だいじょぶ。太っても嫁の貰い手ある』


 以前、ナオはそのようなことを、俺と話したことがある。

 他に、好きな人が、ナオには、いる?


『ナオは、お兄たんのこと、大好き』


 嫁の貰い手というのが、本当にいるとしたら――俺だとしたら……でも、いくら体が碧だから血は繋がっていないとしても。



 俺とナオは、心では、繋がる兄妹だ。


 そんな兄のことが好きで、達也をフッたとしたら……俺は達也になんて声をかければ……。


「お兄ちゃん」


 碧が、俺に声をかけてきた。

 考えに耽っていた俺は、その反応に少し遅れてしまう。


「ナオはね。冗談とかで言ってるわけじゃないよ?」


 少し寂しそうに言う碧の言っている意味が、よく分からなかった。


「姫ちゃんも、ナオも。……お兄ちゃんのこと、大好き、なんだよ?」


 ……好き?

 姫はまだしも、ナオの俺に対する好きは、家族としての好きのはずだ。

 まだ、そう、思いたい心が俺の中にはある。


「いい加減、答えてあげてね? ナオだって、お兄ちゃんに好かれたくて必死なんだから」


 そう言う碧は、複雑そうな表情を浮かべ、俺に背中を向けた。


 ナオは、俺のことが、異性として好き……。

 冗談とかではなく、本当に……。


 守護神の件もある。

 守護神になれば、俺は複数の嫁をもらってもいいという話だが、以前俺は皆を嫁にもらうべきかと考えたこともあった。


 ……でも、碧は、それでいいのだろうか。


 碧の背中を見ながら。

 戦う前に、俺は改めて理解したナオの気持ちに、どう答えてあげればいいか、分からなかった。


 これから、大軍勢の新人類と戦うというのに……。





 ・・

 ・・・

 ・・・・





「さて、そろそろ、向かいますぞ」


 火之村さんが、全員揃って息も整ったことを確認して、進軍の指示を出した。


「おにーさん」


 俺もその進軍に混ざろうとした所で、達也に止められた。


「ぉぅ。その……なんだ……」


 達也の気持ちを考えると、何て話せばいいか分からない。

 少し先を歩く皆も、話を聞きたいのか歩くスピードは遅い。いや、むしろ止まっている。


「やだなぁ。おにーさん。分かってたことですよ」


 フラられたことなど意に介さずといった達也のいつもの喋り方に、少しだけ、無理をしているような印象を感じた。


「ナオちゃんがおにーさんのこと、好きだってことは知ってましたから、それほどです。……でも、少し悔しい気持ちもありますよ」


 ギア達との合流にはまだ少し距離がある。

 皆に追いつくように歩きながら、俺は達也の話を聞く。


「……俺は……」


 お前がナオとそう言う関係になるって思っていた。なんて言いそうになって、言葉を途中で止める。


「ナオちゃんのこと、お願いします」

「……ああ」


 言葉が、見つからない。

 でも、達也のためにも、ナオにはしっかりと向き合おうと思った。


「達也。そう言えば、ナオちゃんから伝言があるって言ってなかったかな?」


 少し重苦しくなった雰囲気を払拭するためか、橋本さんが話を切り出してくれた。


「あ。そうだよ、パパ。皆さん止まってください」


 達也が思い出したように皆の足を止めさせ、話し出す。

 すでに皆は足を止めていたのでスムーズだ。


「これから先、皆さんは新人類と戦います。僕も半信半疑でしたけど、ここの静けさに、理解ができました」


 そう言われて、皆が辺りを見渡した。


 言われて見れば、かなりの軍勢が攻めてきているはずなのに、まだ町の中とはいえ、静かすぎる。


「新人類はいます。でも、数はかなり減っているそうです」


 その言葉に、守備隊員が一斉に騒いだ。

 数が減っているのであれば、町を守れるかもしれないと、嬉しそうではある。

 死ぬかもしれないと思っていたから、尚更なのだろう。

 いくら守護の光があったとしても、数の暴力には負ける。

 この数で何倍もの敵を相手にするのも、無茶だと皆が分かっていた。

 だからこその歓喜、だろうと思う。



 なぜ、それが俺達より後方にいるはずのナオに分かるのか。

 俺を夢の世界に飛ばした力をすぐに思い出した。あの力は、断片的に未来を見ることができるとナオから聞いていたので、恐らくは関係していると思う。


 とはいえ、今は、皆と同じく、新人類が数を減らしている、ということに着目すべきだと感じた。

 減っている、ということは嬉しい。

 それだけこちらの被害も減るということだ。


 ギア勢はすぐ傍に見えている。

 先程から何かの命令を待っているのか動かない。


 この静けさとともに、それが不気味だった。



「僕達はこれから、おにーさんが万全の状態で戦う為に、残った新人類を、僕達だけで止めなければいけないらしいです」

「……俺のため?」


 なぜ、俺のためなのか分からない。

 ナオは、何を見た?


「新人類以外に戦わなければいけない脅威がいて、おにーさんにしか止められないからこそ、僕らは新人類を抑えなければいけない」


 ざわざわと、「おい、冗談だろ……」「あの大軍よりって……」「化け物でもいるのか?」と、守備隊達のざわめきは止まらない。


「……新人類の大軍よりも、脅威ってことか?」

「……」


 白萩が達也に質問し、達也はそれに頷きで返す。白萩がその頷きに「はぁ」っとため息をつき、一斉に皆が静まった。


 危機が、去っていない。


 一気に意識が緊張感を引き戻す。



「おにーさんは、これから――」

「「ゴシュジンサマ」」


 ギアが俺達に気づいて一斉に振り返って俺を呼んだ。

 俺達に戦場を見せ付けるように片足を立てて跪くとともにギア達は左右に割れ、ギア達の、先――新人類の大軍がいるはずの戦場への視界が拓けた。

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