04-03 イモウトスキー

「は、初めまして」

「初めまして」

「初めてなんだね。道理で凪の記憶にもないわけだ」


 そんな会話をぎこちなくしつつ。

 俺からしてみると誰かが――白萩だが――連れてきた皆の共通のお友達がちょこんと座っていて、よくわからない話をされて困っているだろう程度――要所要所で話に参加していたので、ある程度知っているのだろうが――ではある。


 彼女からしてみれば、自分のことは知っていると思っていたのだろう。当たり前に話に参加していたわけだから、そこにいて違和感ないと思っての参加だったはずで。

 主催者でもあり、家主がまさか自分のことをまったく知らないとは、流石に居たたまれない状況だと思う。


 実際、かなり恥ずかしそうだ。

 眼鏡なんて曇って見えなくなるくらいに真っ赤だ。

 熱々のラーメンでもあそこまで曇らないぞ。


「まあ、凪くんが知らないのがいけないわよね」


 何で俺が責められる。

 さっきの話の中でも俺はこっちの世界のことなんか知らないと!


「お兄ちゃん……」


 碧からも責められる。

 俺、おで……何か悪いごとじたがなぁ……


「……ナオ、説明」

夏美なつみたんなの。姫、説明」


 ぐすっと鼻を鳴らしながら、我が天使に説明を求めると、天使は姫に説明を丸投げする。


亞名夏美あな なつみ様。北の財閥、亞名の現当主でございます御主人様。ナオ様の御友人でもございます」

「つまりは私と同格よ。若いながら財閥を切り盛りしている超有能な当主よ」


「わかったかしら?」と貴美子おばさんが呆れながら説明してくるが、俺の耳には入ってきていなかった。


 ……

 …………

 ………………!?


 今、ナオが家族以外で『たん』付けで呼ばなかったか?

 待て待て待て!……ナオの、俺の天使の、お友達、だと!?


 わなわなと震えが治まらず。

 眼鏡っ娘を見ると「ひっ」と怯えた声を出して白萩の腕にしがみついた。


 ナオも碧も貴美子おばさんも。みんな知っている。

 知っていた、知っていたのに……


 何もしていない、だと!?


「馬鹿野郎っ!」


 俺の怒声に皆が一斉に驚いた。

 おまけに、だんっ!と机を殴ってしまっていたもんだから、周りの驚きは半端ない。


「お、お兄たん?」

「ナオ……お前は……何でそんな重要なことを黙っていた」


 ぎろりとナオを睨むと、ナオがひくっと瞳に涙を溜める。


「お兄ちゃん! ナオがなきそ――」

「お前もだっ、碧! ナオのお友達の眼鏡ちゃんがいるんだぞ!」

「ええっ、ボクも!?」


 俺を非難しようとする碧も同罪だ。


「な、凪くん? あなた何を怒って?」

「貴美子おばさんも! 何をやっているんだっ!」

「な、なにをって――」


 わからないのかっ! なぜわからない!

 思わず、歯を食い縛ってしまい、ぎりぎりと歯軋りがなる。

 これは、兄として、この家の者として致命的すぎる。


「あー……皆。それ失言だね。来るよ」

「な、なにがっ!?」

「凪から見たら、ナオの初の女友達だ」

「それがどうして怒られるのっ!?」


 こいつらは本当に分からないようだ。


「お前等なぁ……」


 そんなに俺から説明しないと分からないなら、思う存分に説明してやろう。



 お前達の罪をっ!





「ナオの、ナオが、俺の天使が初めて連れてきた女友達だぞっ!『たん』付けなら間違いなく家族くらいの信頼度がある!ならばそれは親友だ!心の友だ。ジャイアンだ!達也なんか結構長いこと傍で友達やってんのにお前とかチビとか言われてるんだぞ!達也より明らかに友人歴浅いのにすでに『たん』付けになぜ違和感もたない!なぜ黙ってた!なぜすぐに言わない!ああ、どうする!?俺は兄としてどうしたらいい!兄として何かできることはないか……あらやだ!おもてなし何もできてないわっあらあらどうしましょう。そうだ!おい、眼鏡ちゃん。今すぐデザート作るからそこで待ってろ!好きなもの何かあるか?あああっ!そうだ!この家には材料がないっ!姫、材料あるか!?ないなら今すぐ隣のばかでけぇ家からかっさらってこい!あそこなら高級な品物あるだろ!今すぐだ!今すぐに決まってるだろ!邪魔するやつは全て薙ぎ払え!俺が許す!できないなら俺が薙ぎ倒す!凪だけに!待ってろ眼鏡ちゃん!これでもかと今からおもてなししてやる!いや、されるのが正しい!お前は俺におもてなしされるほどに重大なことをやってのけた!誇るがいい!よしっ。夜も遅いっ!今日は泊まっていけ!ナオの友達というだけで祝われる価値がある!ナオの初めてのお友達お泊まりだ。盛大に祝おうじゃないかっ!さあ!……おもてなしの時間だ!姫っ!ついてこい!」

「かしこまりました御主人様。これより殲滅に御供します。後、御褒美に同衾を所望します」


 佑成はすでに準備万端だ。

 姫も懐かしの牛刀を出して俺の後に続いて、隣の家への強襲準備を整えた。


 ……ん? 今、姫が何か余計なこと言わなかったか?


「姫ちゃんだめー! 本気でやりそうだからだめー!」

「待った、待った! 佑成起動しちゃダメだよ!」

「離れてください七巳様。念願の同衾がかかっております」


 前進する俺を邪魔する弥生を、ずりずりと引っ張りながら俺は隣の屋敷へと向かう。

 巫女が姫に抱き着いて止めようとしているが、「七巳様、相変わらずの弾力ですね」と、抱きつかれていることなどお構いなしに俺に追従している。


 弾力?……待て。なぜ俺に抱きつかなかった……。


 姫の言葉に、ぴたっと歩くのを止め、少しだけ目的を忘れそうになった。


「パパ……僕、今凄いこと言われてなかったかな!?」

「ああ。まあ、そこは……頑張れとしか、だね?」


 達也はしょぼんと項垂れながら橋本さんに慰めてもらっている。

 お前……橋本さんのことパパって……いや、橋本さんの趣味か?


「お兄ちゃんのデザート……久しぶりにボクとして食べられるっ! お兄ちゃんっ! ボクはクレープが食べたいですっ」

「お兄たん、ナオのこと天使って言った。俺の天使って。天使。愛されてるの」


 俺が愛すべき妹達はすでに障害となり得ない。


「流星さん……あの、状況が……」

「すまん。俺もわからない」


 そうか。白萩は食べたことなかったな。

 ならば、お前もついでに味わわせてやろう。

 気にするな。お前が眼鏡ちゃんを連れてこなければナオに最上級の信頼を現す『たん』付けの友達がいることを知らなかったのだから。


 そうだ。眼鏡ちゃん。お前が我が天使の親友になってくれたからこその祝いだ。張り切るしかない。俺も最上級のおもてなしを心がけよう。


 さあ。材料を取りに――


「待ちなさいっ!」


 隣の家への通用口の扉に手をかけた所で貴美子おばさんのよく通る大声が響く。


「あなた達。今、夜よ?」


 今まで以上に真剣な表情の貴美子おばさんに、周りも騒ぎを止める。


「夏美さん。あなた、凪くんの甘味の凄さ、知らないわよね」

「は、はい!」


 その言葉に、食べたことのある皆の喉がごくりとなった。

 俺としては美味しいと思ってくれるのは大変喜ばしい。俺が出来ることと言えばそれくらいだから尚更だ。


「今から凪くんの作ったデザートを食べたらどうなるか考えなさい。あの様子、数が多いわよ」


 女性陣が、「あっ」と声をあげ、青ざめた。


「太るわよ」


 その一言で、俺のおもてなしは明日に持ち越しとなった。




 ・・

 ・・・

 ・・・・




 夜は更ける。

 俺も落ち着いたところで話を仕切り直すが、俺が明日眼鏡ちゃんをおもてなしすることは変わらない。変えるはずがない。


 だが。

 流石に肉まんが一斉にデザートを作らせないために覆い被さってきたらしょうがない。

 うむ。あれは、冷静になるしか、ない。


「凪君。ナオちゃん好きすぎだよ……」


 そんなげっそり疲れて机に溶けるかのように突っ伏した最も大きな肉まんが呟く。


 当たり前だ。天使だぞ。

 あれにどれだけ癒されてきたか、お前らに分からんはずがあるまい。


「まあ、改めて。眼鏡ちゃんが亞名家の当主ってことは分かった」


 「今更ね」と貴美子おばさんが呆れるが、何度も言うが、俺はこの世界を知らないんだっての。いい加減分かって欲しいが無理なんだろうなぁ。

 

「姫。情報抜けてるの。そこのチビの好きな女の子で、モノホシお兄ちゃんの彼女なの」

「ちょっ!? ナオちゃん!?」

「あれ? 達也、ナオちゃんが本命じゃなかった?」

「パパっ!? それはそれでっ!」


 達也が好きな子を暴露されている。

 ナオは本当に達也がからかうのが好きだなぁ。


 ……ん? 嫉妬か?

 そうか。嫉妬か。


 微笑ましくてナオの頭をぽんぽん叩くと、「むぅ」と不機嫌そうな声をあげた。


「で。白萩。お前の彼女?」

「ち、ちがっ」

「あ、あの……」


 眼鏡は更に曇っていく。

 なるほど。つまりお互い意識している、と。


「なんにせよ。明日に話をしないかい? 凪のせいで色々楽しかったけど話進まないし」


 けらけらと笑いながら転がるナギに、皆が時計を見た。


 間もなく次の日になろうとしている。

 流石に色々話しすぎて理解が追い付いていないこともあり、今日はお開きにすることにし、女性陣は隣の屋敷へ、男性陣は俺の家で別々に寝泊まりすることが決まった。


「お兄ちゃん、明日は楽しみにしてるねっ。クレープは譲らないよっ」

「はいはい」


 明日に向かって俺も寝る。明日はおもてなしだ。早く起きなければ。

 隣の屋敷への通用口に向かって歩きだした女性陣を見ながらそう思っていると、


「御主人様。本日は共に」


 もじもじと、なぜか男性陣の中に残っていた姫が、俺の服の裾をついっと摘まんで恥ずかしそうに言いだした。

 「今日は御主人様と」エプロンが妙に生々しい。


 ……いや、何言ってんのこのメイドさん。何でこっちにいるんだ?


「ダメに決まってるでしょ! 姫ちゃんはこっちっ!」

「あぁぁ……御主人様とのめくるめく愛の語らいが……」


 流石に姫を一人で引き戻すのは辛かったのか、碧が巫女に助っ人を頼んで俺から姫を剥がしだした。


「じゃあナオがキセイジジツ作るの」


 ちょこんと、俺の傍に立つ黒猫がぼそっと喋る。


「ナオ! どこで覚えたのっ! ダメに決まってるでしょ!」

「でも、碧お姉たん。ジジツ作った」

「それねっ!」

「……それはそれで。どうだったか聞いてみたいですね。さ、行きましょうか、碧様」

「ぇぇぇー……」


 姫が急に機敏に動いて碧を捕まえ肩に担ぎ出す。暴れようが何しようが、こうなっては逃げられない。


「あ。それでは。おやすみなさい。皆様」


 最後に礼儀正しくお辞儀してから小走りで去っていく眼鏡ちゃんがあいつらの良心だろう。


 頑張れ、碧。


「さ。俺達もゆっくりと話を聞こうか」


 そんな碧を応援していると、がしっと白萩に肩を捕まれ、にやにやと気持ち悪い笑顔を向けられた。


 ああ、俺の夜も、まだまだ長いんだなって、思った。


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