04-02 凪のおはだけの理由


 むしゃむしゃと、音を立てながら俺は食事にむしゃぶりつく。

 そう、食べられるのであれば何でもよかったんだ。例え辺りに食べカスが飛び散ろうが関係ない。


「食欲凄い……食べ方意地汚い……」


 ぼそっと巫女がその俺の食事にケチをつけてきた。


 お前なぁ。一週間以上ご飯抜きを体験してみろっ! 意地汚かろうが、んなもん今は気にしていられるかっ!


 巫女に俺の想いが届くよう軽く睨みつつ、もぐもぐは止まらない。


「はい、お兄ちゃん。あーん」


 ぱくっと目の前に差し出された銀製のスプーンを齧りつくように口に入れる。

 反対側からもすっと無言でスプーンが差し出され、むしゃっと齧りつく。


 もう、何を食べているのかさえよく分かっていない。

 味より今は量だ。

 ほら。あの名台詞が聞こえてきそうだ。

 味はともかく、今は長靴いっぱい食べたいと。

 ……本当に長靴で出されたら困るよ?

 それに、この食事は美味いよ?


「まるで餌付けをしているようですね……御主人様を餌付け……ああ、自爆したい」


 頬に手を添え赤らめる姫が物騒なことを言い出した。

 自爆なら向こうでやってくれ。

 俺はとにかく飯を食う。


「ああ、そう言えば……うん。人って栄養を補給する為には食べることが必要だったんだね。忘れてたよ」


 目の前の丸い塊こと、ナギが今更なことを言い出した。


 おう、そうだな。

 ギアは食事をする必要がないからいいけど、人は食べないと死ぬぞ。

 お前人の体を自由に使うのはいいけど、食事くらいはちゃんとやってくれ。

 後、体を綺麗に洗うことも忘れるな。


 念じるように頭の中で話しかけると、「そうだね。気をつけるよ」とナギから返答があった。


 でもな。

 この周りのギアじゃない人間共も、俺を食事をしない何かを勘違いしている節がなかったか?

 でなければ、皆が食べてる時に俺だけ喋り続けてご飯食べられていないってことに気づけるだろ?

 なあ、どうなんだ?


「いや、凪。君の心の声聞こえるの、僕だけらからね? ああ、もう人って不便だね」


 おぅ。そうだったな。

 まあ、どうでもいい。俺に飯食わせろ。


 そんなやり取りもありつつ、話は中断。


 ああ、なんて至福。

 なんて美味しいんだ。

 こんなにもご飯が美味しいと思ったことはない。

 断食していた人も、断食後に食べるご飯はこんな風に思うのだろうか。


 だったらもう一度……いや、もうこんな思いは勘弁だ。こんな思いすることは二度とないとは思いたい。

 

「凪……喋ろうね?」


 ナギの呆れた声は無視だ。

 喋ることさえ忘れ、俺のもぐもぐタイムと皆の夕飯タイムで時は過ぎていく。




 ・・

 ・・・

 ・・・・





 眠い。


 やっと食事が終わり、ほっと一息つきながら、俺はお腹を摩りながらそう思う。

 体も喜びに震えているのか、今すぐ睡眠を欲しているようだ。


 外はすでに暗く。

 そろそろ何人かは帰宅しないとだめなんじゃないかと思える時間になっていた。


「よし、寝るか」

「いやいやいや! 話がすごいところで中途半端だからねっ!?」


 げふっとゲップをしていると、橋本さんが俺の本音に反応する。

 なんだ、まだ話すことでもあったか?


「皆からの回答待ちだね。僕達と一緒に森林公園にいかないかって」

「それな」


 正直に言うと、森林公園にもう一度行きたいかと言われれば、ノーだ。だが、困ったことに、『僕達』なので俺は確定している。

 ギアが大量にいる所に一人で行くなんて死ににいくようなものだ。

 何人いても死人は出るかもしれない。

 そんなところに、俺達の為に行ってもらうわけにもいかない。

 

 だが、あそこには疑問もある。

 なぜあんなにギアがいたのか。そして、あれだけのギアがいて、なぜこの町へと襲ってこないのか。


「ああ。あれは忠実にあの場を守るよう命じられてるからだろうね」

「命じる? 誰に」

「僕に」


 お前かよっ!


「ナギ様。つまりは、私達が襲われたのは、あの場に入り込んだから、ですかな?」

「そうだよ」

「え。それ、僕……死に損……」


 弥生ががくっと項垂れる。

 いや、あの時はナギの存在なんて知らないし。

 知ってたら行かないよな。


 とは言え、あそこは異質すぎた。


 人の皮を被り、人のフリをするギアの集団。

 いくら命じられてあの場所を守っていたとしても、人を冒涜するようなあの場所は見過ごすことは出来なかったし、橋本さんの依頼で調査しなくても、いずれはあの森林公園で何かしらあったはずとも思わなくもない。


「人の皮を被るのもお前の指示か?」

「違うよ。人になりたいと思えばこそじゃないかな。だって――」


 ナギはくるくると回りながら俺の隣に佇む姫の前まで移動する。


「姫みたいに、ガワがあるわけじゃない。剥き出しのフレームを隠したかったんじゃない?」


 そう言われると、姫の内部も機械のフレームだ。

 今更ながら、姫が人ではなくギアなんだと再認識してしまう。


「ギアは人によって作られているモノもいます。そう言うギアこそ、人に成り代わろうとするのではないでしょうか」


 人に成り代わろうとする。

 今は人がギアに成り代わろうと、砂名家は動いている。

 人も同じことをしていると思うと、どちらも変わらないと、姫の言葉にぞっとする。


「しかし。この町の防備も考えないと」

「そうね。あの忌々しい砂名家に襲撃されたらひとたまりもないわ」


 新人類がいつ襲ってくるか分からない現状は、俺達の動きを制限する。

 いつあいつ等が襲ってくるのか分かればもう少し考えることもできるが、それは俺達に分かるわけもない。


 ナギが奈名家ななけの屋敷の中にあったコアパーツを全て姫に処分させているが、コアパーツを奴らが手に入れると、新人類の開発が飛躍的に向上し、攻め入る時間が早まる可能性が高かったそうだ。


 コアパーツを手に入れるにはギアを倒す必要があり、ギアを倒すにはコアパーツを壊す必要がある。壊れていないパーツが奴らも必要だった。


 そのコアパーツがたんまり残っていたのがあの奈名家の屋敷だ。この世界に警告に来た凪の記憶から得た知識では、それを新人類が手に入れた結果が、世界の破滅へと繋がっている。


 まだ、時間はあると思いたいが、奴らもギアと同等の力を持ち始めていることから、コアパーツを手に入れるのも時間の問題なのではないかとも思える。


 だからこそ、俺達は動きを制限されてしまっている状態だ。


 戦える人材も少ない。

 それに、新人類とはいえ、元は人間だ。

 これからは俺は人間を殺していくことになるのだろう。


 俺に、人を殺せるのだろうか。

 

「あの……」


 そんなことを考え始めていた俺の耳に遠慮がちの声が聞こえた。

 眼鏡っ娘がおずおずと挙手している。


 ……忘れていたが、この眼鏡っ娘が何者なのかが俺にとっては最大の謎だ……。


「新人類とギアにこの町が襲撃されなかったら森林公園に行けるのですよね?」

「あら。何か方法あるの?」

「その……新人類もギアだから、拡神柱かくしんちゅうが苦手、ですよね?」

「はい。ギアにとって、守護の光を纏う拡神柱は脅威です。学園の拡神柱はまだ起動前ではありましたが壊されていましたので、あの時はすんなり修練場に入ることができました。人為的に壊されていたようにも思えます」

砂名家さなけが壊した、と?」


 貴美子おばさんの言葉に、眼鏡っ娘と姫がこくりと頷いた。


 え。俺が力を流した学園の拡神柱。

 もう壊れたの? 


「人なら簡単に壊そうと思えば壊せます。だって、ただの硬い柱ですから」


 ギアに対しては有効な拡神柱は、人に対しては作用しない。


「……あー……左腕のせいか」

「? お兄ちゃん?」


 今の話で気づいた。

 俺が毎回拡神柱に世界の神秘とも言えるあの素晴らしい開放感を与えてくれていたのは、俺の左腕がギアだったからだ。


 なんてこった。

 そうなると俺は、拡神柱がある場所は通れない。

 いや、通ってもいいのだが、開放する。いや……むしろ、開放、したい。ならば、いっそのこと……あえて通るのも、手、か?


「あ……左腕がギアだから……お兄ちゃん、あれまた、する……」


 碧が俺の言葉で気づいた。神妙な面持ちで俺は頷く。


「? 水原様が何に気づかれたのかは分かりませんが……拡神柱を発注頂ければ、こちらでも大量に作りますので、防備を固めることができるのでは、と……」

「なるほど。ついに大量生産に乗り出すために協力体制を、ね。それが今回の来訪理由かしら?」

「はい。そろそろ本格的に乗り出すべきだと」


 馬鹿っ!

 そんなことしたら俺、俺……嬉しいじゃないかっ!

 違う! 嬉しくなんてない! 何を考えているんだ俺は! 落ち着け!


 どこもかしこも拡神柱があったらそれこそ俺はもう裸で歩くようなものだ。そんなことされたら、俺は……もう、外を歩けないじゃないかーっ。いやぁ参ったなぁ……困るなぁ……あはは……。


 いや待てよ?


「拡神柱を作るって。そんな簡単にできるのか?」

「できないわよ。でも、亞名あなの財力と技術を使えば簡単にはできるわね」

「……亞名?」


 はて?

 どこかで聞いたような……

 ああ。あかさたな、な四大かと思ったら五大だった財閥の名前の一つか。

 そう言えば、俺もその財閥の関係者だったっけか。全然実感ないけど。


「凪くん……まさか知らなかったの?」


 貴美子おばさんが俺に疑いの眼差しを向けてきた。


「そう言えば。彼女、誰だい?」

「ナギが知らないってことは……」


 ……し、知ってましたよ?

 嫌だなぁ貴美子おばさん。何を疑っていらっしゃるのか。

 亞名家だって、前に聞いたので俺は勿論覚えていますよ?


「……ああ、ナギじゃないけど、貴方の心の声が、聞こえてくるわ……」


 貴美子おばさんと同時に、皆が溜め息をついた。

 眼鏡っ娘が「え、え?」っと状況が分からず周りに助けを求めている。


 ほら、ナギ。

 お前だけじゃなく、皆、俺の声聞こえてるじゃないか。


 ……すいません。


 で、眼鏡っ娘が誰なのか、よぉく教えてもらえると助かります……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る