四章:変える世界

出発前

04-01 ナギの依頼はどうでもよく


 俺とナギが知り得た情報を皆に伝える時間は長く、少しずつ陽は傾いていく。

 夏真っ盛りではあるので外は明るいが、もうしばらくすれば、次第に暗くなっていくだろう。


 色々知らなかったことや、俺の左腕やナギについて知ることができた。

 ……流石に絶機ぜっき――ナギの正体が俺の左腕で、そのナギが絶機だったことには驚いた。


 それに、碧やナオが、俺の力を使ったナギによって蘇生していたことや、その代償に俺は刻族の象徴である茶髪と、俺が持つ力を失っていたことにも驚いた。

 力が戻れば、そのうちまた昔みたいな茶髪にも戻るのだろう。茶髪に戻ったからなんということもないが、うちには碧という茶髪好きがいるからな。


「ターニングポイントはいくつかあったから、この世界は、彼らの記憶と照らし合わせても結構違ってきている。もう変わってしまっているとは思う。でも、まだ不安要素はあるからね。そこで、僕からの依頼だ」


 世界を変える。

 五人のオリジナルのうち、すでに死んでしまったオリジナル達の世界は、滅んでしまっている。

 世界が滅ぶと言うのは、あくまで人類が滅亡しているという意味だ。


 ナギの話を聞く限り、似たような終わりかたをしているようだった。


 二人は、絶機と戦い殺されて。

 一人は、第三勢力である、人を捨ててギアとなった新人類によって滅んでいる。

 もしかすると、絶機に殺された二人の世界にも新人類がいたかもしれない。


 そして、この世界にも、人の体を捨てて、ギアとなる新人類は生まれており、それが暴れ始めるのも時間の問題なのであろう。


 だが、他の凪達と同じ道を辿らないためにも、俺達は世界を変える。


 変わってしまったところもあるが、それでも根本的な道は変わっていないようにも思えた。


 では、どうすれば変えられるのか。


 そして、俺は、いつになったら食事にありつくことができるのか。

 もう、夕飯だよ? 朝も昼も食べれなかったし、一週間前から栄養ドリンク一本だけで生きてるよ?


 そう考えると、じわっと涙が溢れてきた。

 俺、何でこんなひもじい思いしてるんだろ……目の前にご飯があったのに……。


 色々、考えることが多いと思った。


「ナギ様。他の水原様とはそこまで違っているのですか、な?」


 昼に美味しそうな軽食を作ってくれた火之村さんが質問した。

 そんな軽食は先程床に落ち、姫がそそくさと片付け、今はそこに落ちてはいない。


 床に落ちたあれも。

 まだ、食べられたはずだ。


「うん。まず、他の凪と違うところは、弥生。君は弥生ではなく神夜として、凪の側にいる」

「神夜って、確か……」


 巫女が弥生をちらっと見ると、弥生が頷く。

 なんだお前ら。仲いいな。

 そう言えば、ご飯食べてるときも仲睦まじく「あーん」とかしてたな。

 この、新婚気取りめ……羨ましいっ!

 

 羨ましいのは「あーん」じゃない。

 ご飯を食べられていることだ。


「御月神夜。凪の向こうの世界でいうところの弥生さ」

「もう一人の、凪君が知ってる僕……」

「君を蘇生する時にね、君は神夜が持っているはずの『S』の力がなかった。だから、君は純粋にこの世界に生まれた神夜なんだと思う。それが普通なのさ。あっちはあっちで色々混み入ってるからね」

「ああ、そうなのか……」


『S』。

 神夜だけが持つ特殊な力の総称だ。


「お兄ちゃん。ボクも詳しくは聞いてないけど、『S』って、あの力?」


 神夜は、とある実験で生まれた、人の可能性だと聞いている。

 いや、本当は他にも知ってはいるのだが……

 碧も碧の記憶を見た時にあれを見たことを俺は知っている。

 ……俺があっさりとボコられて眠らされた時をみているのだが。


「超能力だよ。際限なく拡張されていく馬鹿すげぇ力で――」


 話している途中で、今はその説明をする必要はないと思った。むしろ話すことで弥生が気にしてしまいそうで、これ以上は止めるべきだと感じてしまう。

 それこそ気にしてしまうのかもしれないが、あれは、話したところで、分かるような話でもない。


 だが、気になることもある。


「ナギ。お前、あっちの世界で何度か『S』の力と対等にやりあってないか?」


 俺は、小さい頃から何度か神夜の力の暴走に巻き込まれて死にかけたことがある。

 気づいたらベッドで寝てたとかよくあった。


 あの力は異質だ。

 それこそ、条件はあるが、あいつの力はギアなんぞ一瞬で滅ぼすことができるレベルだ。

 あいつがもしこの世界にいたら、今ごろ世界からギアは消え、人類が繁栄していただろうと自信をもって言える。


 なんで、他の凪には神夜がいて、俺の所には居なかったのだろう。

 いや、決して弥生が悪いと言っているわけではない。


 そう思わせてしまうほど、神夜の力は凄まじいのだ。


 というか、あいつは。

 どう考えてもラノベのチート主人公だ。


「ご名答。君が瀕死に陥ったときに体を使って暴れたりしてたよ」


 そんな力を、ナギが抑えてたと考えると、こいつ――絶機とはどれだけ強いのかと、恐れを覚えてしまう。


 だけど、他の世界ではそこまでの力を持った神夜が死んでいる。何があったのかは分からないが、それこそ絶機の仕業でないと説明がつかないと思った。


「超能力かい? それは凄いのかな?」

「ナギを手を触れずに倒せると言ったら?」

「……あ、あのナギ様を、ですか」


 火之村さんが驚きのあまり目を見開き弥生を見た。


「あー。もうあいつの話するの止めよう。とにかく凄い。それだけだ」


 力を持っていなければ本人でもない弥生に話が集中してもしょうがない。


 それに、話すと長くもなるし、余計疲れる。ああ、腹減った。

 ぐるるとなる腹の虫の音を聞き、碧が「何の音?」と不思議そうにきょろきょろ周りを見ているが、出所は分からなかったようだ。


 ふふっ。

 残念だったな。それは俺の腹の虫だ。


 思う存分叫んで知らしめたい気分だ。


「そうだね。後は、神夜が森林公園で死んでいる」


 流石にそれは皆知っていた。

「この世界を変えるために、僕が生き返らせたからね」と、ころころ回る丸い塊。


「他の凪は、神夜である弥生が死んでるからね。その結果。巫女は凪と付き合ってる」

「「「それっ!」」」


 俺の周りの三人が大声でナギを指差した。


「やはり御主人様は隠してましたね」

「お兄ちゃん、絶対知ってたよね!?」

「知らないフリしてたの。裏切りなの」


 いや、だから。

 俺じゃないっての。


「へー。私、弥生が死んでたら凪君と付き合ってたの?」

「いや、あくまで俺の知ってる巫女だからな? それと、俺じゃねぇからな?」

「なに? 私だと不服?」

「ああ。凪君になら巫女を任せられるね」

「お前ら……話をややこしくすんなっ!」


 なぜかうんうん頷く弥生の肩をばしばしと巫女が叩く。

 痛そうにしながらもちょっと嬉しそうな弥生にマゾっぽさとネトラレ感を感じてしまう。


 大丈夫だ、弥生。

 俺がお前から巫女を奪う気はない。

 あと、俺は、その三倍の痛みを味わってる。


 背後と左右からの理不尽な痛みに耐えながら、ナギを恨むように睨み付けると、相変わらず楽しそうな笑い声が丸い塊から聞こえてくる。


「……さて。話はずれたけど。僕からの依頼だ」


 一頻り俺達のやり取りを楽しんでいたナギが、依頼を話し出そうとした。


 それはそれでいいのだが――早く切り出してほしかった。

 いや、俺も話を振ったのも悪いのは分かるが、だとしても俺のことをもう少し考えてほしい。


 痛いし。

 なんか色々暴露されたり散々だ。


 おまけに言うなら、腹減った。


 へへっ。お前ら、俺が何日お腹に何もいれてないと思う?

 わかってる?

 俺、さっきからなぜか分からないけどお預けもらっているんだぜ?


 俺、何で自分の家でこんな空腹に耐えながら話さなきゃいけないの?

 ねぇ。誰か教えてくれよ。

 あれか? 自分で作れってか?


 お前ら、鬼、か?


「僕と凪のために。もう一度森林公園に向かってくれないかな?」


 ナギの言葉に、周りに緊張が走り、俺のお腹の虫も大きく鳴る。


 ああ、もうだめだ。

 ……辛い。

 涙が止まらない。


「? お兄ちゃん?」

「……もぅさぁ……頼むから。飯、食わせてくれないかなぁ?」


 もう、俺の目の前は真っ暗だ。

 そりゃそうだ。

 机に顔面ぶつけて泣いてるんだから。


「御主人様……お食事食べていないですね」


 姫の疑問に、皆がはっと青ざめた。


「いつからっ!?」

「待ちなさい! あなた、そんな状態で致したの!?」

「いや、それ今どうでもよくねっ!?」


 もう、お腹が減りすぎて、ナギの話なんかどうでもよくなった。

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