ターニングポイント

??-?? 『ボク』のお別れ


 ボクの目の前に、黒い巨体がある。

 巨体と言ってもそれほど大きなものじゃなくて、成人男性の約二倍くらい。

 でも、ボクにとっては遥かに大きいし、座り込んでいるから尚更大きく感じるのは仕方ないと思う。


 それはもう、今にも掴みかかられそうな距離。

 もう、恐怖とか、そんなのはとっくに振り切っちゃって、酷く落ち着いていて不思議なくらい。


 虹の穴から出てきた時はもっと大きかった。

 それに比べればこの大きさなんて驚くことじゃない。


 でも、この白い世界に降り立った黒い巨体は急激に形を縮めて、ボクに飛びかかってきた。


 あれほど怖いと思ったことはなかった。


 だって、ボク達家族が乗っていた飛行機を襲ったロボットに、見た目がそっくりだったから。

 確か、ギアって総称って、みことさんから聞いたような気がする。

 さっきは、ナギが絶機ぜっきと呼んでた気がする。

 お兄ちゃんが元いた世界にいる、人類を滅ぼそうとするアンドロイド。


 それが、赤い目して無言で向かってきたから、怖い以外のなにもなくて。

 命さんとナギが間に入ってなかったら、もうボクはこの場所にはいなかったと思う。


 激しい戦いが目の前で繰り広げられて、命さんとナギは凄い頑張ってくれた。


 でも、今はもう……


 命さんもナギも、いまだ必死にボクの目の前にいるギアに何度も攻撃してるけど、ギアは通じてないかのように微動だにしていない。


 見た目はすらっとした黒光りのフォルム。

 神経のように、駆動部には黒いパーツから色んな太いケーブルが見えている。

 よくあんなに激しい動きをしても、攻撃をもらっても切れないなぁと感心する。


「碧ちゃんっ、立ってっ! 離れるのっ!」

「あぁぁっ! いいから離れろよっ!」


 そんなこと言われても。

 動けないよ……。


 命さんの一撃で激しい爆発音がして、ナギがボクの前に回り込んだ。


「君を守るって、凪と約束してるんだ! いいから離れて!」


 ナギがボクを掴んで投げ捨てるように遠くへと。


 投げ飛ばされながら、ボクはギアから目を離せない。


 だって、ずっと、見てくるから。



 地面のようなふわっとした白い床にお尻をぶつけたけど痛くない。

 ごろごろ回転して目が回るけど、顔を上げるとまたギアが目の前にいる。


 その後ろで、ナギが、空に浮いていた。


 上半身と下半身が分かれて二つになって。

 でも、すぐに上半身から下半身が生えてきて、下半身は床に落ちると音もなく消えていく。


「刻の護り手! なんとかしてくれないかなっ!」

「力を溜めれる程の時間稼ぎくらいしなさいっ! 私の子供って名乗るならそれくらいやってみせなさいっ!」


 ばちんっと、弾ける白い光がギアを襲う。

 命さんが手に持つ『神具』って武器から発せられた白い雷。


「援軍呼ぶからちょっと耐えてっ!」


 ナギが白い雷で少し動きが止まったギアの頭を蹴りつけながら、宙を舞ってボクの前に降り立った。

 ギアはボクから目を離して、目の前のナギを興味無さそうに見つめる。


 そこに、再度の光が落ちて、ギアが背後の命さんを見つめ、命さんへ歩き出した。


 そんな中。


「出て来いっ! 『凪』!」


 ナギの言葉に、思わず耳を疑った。


 え? お兄ちゃんがいるの?


 溢れる紫の光が、ボクの左右で人の形を作り出す。


「……あれ?」

「ん?」


 紫の光が収まると、そこにはお兄ちゃんが二人いた。


 一人は左目に深い傷が出来ていて、見えてないみたい。

 もう一人は、お兄ちゃんそのものだったけど、何か違う雰囲気がある。


「やあ。君達は絶機に殺された凪だよね」

「……俺?」

「碧が……何で……?」


 少し落ち着いたナギが声をかけると、お兄ちゃんとはどこか違う二人は、状況を把握しようと必死みたいで、きょろきょろ見てボクを見る。


「混乱してるとこ悪いけど。一度なくした生命だ。もう一度散らしてくれないかな。碧を助けるために」


 ナギが辛そうな表情を浮かべて二人に残酷なことを言う。

 心なしか、少し薄れているように、希薄な存在のように見えた。


 もう一度死ぬって意味……?

 今ここに、お兄ちゃん達はいるんだよ?


「ここは……まさか……観測所?」

「当たりだよ。君が凪に記憶を流し込もうとした凪だね」

「死んだ……ああ、そうか……死んだのか」

「君の世界はあの後滅んだよ。今はギアしか生きていない」


 二人とも何か思い至ったのかボクをじっと見つめ出した。


 ボクは二人を交互にみてあたふたしちゃう。


「俺の知ってる碧じゃない、な」

「俺とも違う。……ああ、そうか」


 何を納得しているのかさっぱりわからないよ。誰か、この二人のお兄ちゃんがなんなのか教えてほしい。


「いいからぁ! 早く助けなさいっ!」

「「母さんっ!?」」


 二人のお兄ちゃんが命さんの叫びに驚きの声をあげる。

 光の雷が走る先で、黒いのと白いのが激しく動いているのが見えるけど、あれが命さんなら凄い。

 全く動きが見えない。


 なのに、倒せない黒いギア。

 あれは、なんなの?


「なんか分からんけど、リベンジ出来るってことでいいんだな!?」

「そう。そう考えて。仮初めの命だけど精一杯やるといい。悔しかっただろ?」

「まだ、別の俺は生きているんだな?」

「生きてるよ。この碧は彼の想い人だ」

「「え?」」


 何よりも驚く二人に、思わず頬を膨らませてしまう。

 なんなのさ。お兄ちゃんを好きになって好きになられたらなんか悪いの!?


 やっぱり、この二人はボクの知るお兄ちゃんじゃない。


「あー……いや、まあ、その……なんだ」

「そうか。全然違うんだな」

「そうだよ。だから、彼のためにも。絶望しかない世界を救う、唯一の凪の恋人を助けるために、手を貸してくれないかい?」


 二人がいつの間にか右手と左手に持った武器を構えた。


「助けないって言っても、この状況じゃ無理だろ。俺の知識が凪に渡っていればいい」

「碧と母さんを助けるためだ。他の俺なんてどうでもいいが、ギアを倒すことには賛成だ」


 そう言うと、二人のお兄ちゃんは白い光を纏って命さんの元へと、走っていく。


 ぽつんと、ボクは意味もわからずその場に置いてきぼり。


「……お兄ちゃんじゃないよ!?」

「ああ。あれは、碧の知らない別の凪だよ。……大丈夫。君の知る凪は、生きてるよ。それはもう、巫女と――」

「巫女ちゃん!? 巫女ちゃんがお兄ちゃんの傍にいるの!?」

「え? ああ、いるよ?」


 巫女ちゃんもいる。御月さんもいる。

 ……会いたい。皆に会いたい。

 直もきっと、そこにいるんだと思う。

 ボクだけそこにいない。

 場違いだけど、酷く悲しくなった。


「あーもう。ちょっときついわね」


 そんな声とともに、命さんが傍に現れた。


「ごめんね。僕が本来の力を持っていれば。もう、力ないや」

「なっくんの為に頑張ってるから許す。帰るために力は残しなさい」


 そう言うと、命さんはナギの頭をなでなでと撫で始めた。

 ナギもその行動に驚きながら、少し嬉しそうな表情を浮かべていて、本当に親子に見えた。


「ナギ。もう戻る時間よ」

「戻っていいのかい? 倒してないよ?」

「あなたの為じゃない。なっくんの為に戻りなさい。あの二人とここで何とか食い止めておくから」

「……分かった。助けに来るよ。今度は凪と一緒に」

「あら。嬉しいこと言うじゃない。今度会ったら噛んだげる」

「遠慮しておくよ」


 うっすらと、もう足が見えなくなったナギが笑いながら命さんに答えた。

 だけど、そんな笑顔はすぐに二人から消え。


「なっくんのいるところじゃなくてもいいから、碧ちゃんも逃がしなさい」

「いや、そうは言うけど。体は?」

「あるでしょ」

「……えー? かい?……なんとかなるのかな」


 そんな嫌そうな声をあげるナギに笑いながら、命さんは今度はボクの頭に手を置いた。


 その手から、何かが流れてくる感触があって。

 少しずつ、命さんの髪の色が綺麗な茶髪なら黒髪へと変わっていく。


「なんとでもなるでしょ。あなたなら」

「待って。待って命さんっ! ボクはどうなるの!?」

「生まれ変わるの」

「生まれ、変わる……?」


 もう、なにがなんだか分からない。

 何で急にこの場所が襲われて、ちっちゃなナギが助けてくれて、死んでるって言うお兄ちゃんが二人現れて、おまけに生まれ変わるってなにさっ!


「あなたは直ちゃんに体をあげたから、精神だけになった。この観測所は、そう言う精神とか、何かしら終えたものだけが、次の為に集まるとこなの。だから、ここから、次へ生まれ変わるのよ」


 死んでいた。

 今更こうやってここにいて話したりしていたから、死んでいたって実感ないけど。

 この観測所がどんなところなのか、なんとなく分かる。

 だから、思ったものが現実に、ここにある何かが、考えに合わせて作り出される意味が分かった気がした。


 じゃあ、ここがなくなったら。

 あの絶機ってギアがここを手に入れたら。


 ボクはここから出れなくなるんじゃ……。

 あ。だけど生まれ変わるって、今……え? どうやって?


「その力を行使できるのは、刻族。私となっくん。後は精神に今ちょーど、力を流し込まれている碧ちゃんね」

「僕も凪の力を借りれば出来るけどね」

「あなたは例外でしょ」


 生まれ変わるって言われても。

 力流してるって言われても。

 まったくぴんと来ないよっ!?


 そんな、ほとんど黒髪になった命さんが、混乱するボクに告げる。


「どこに旅行ドリフトされるかは分からないけど。きっと大丈夫」

「命さん……?」

「もしなっくんに会えたら。近いうちに会いに行くって、伝えてね」


 そう、向日葵が咲いたような錯覚を思わせる綺麗な笑顔をみせる命さんの表情を最後に。


「ほんと。なっくんを噛まないとやってられないわ」


 ボクの頭に手を置く命さんの背後に、お兄ちゃん二人を弾き飛ばして狂乱するギアの姿が見えて。


 そこから先の、ボクの記憶はない。


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