02-03 来訪者 2
俺の部屋には誰にもばれないように隠れることのできる場所がある。
これは俺と父さんくらいしか知らないだろう。
俺もたまたま小さい頃に家で神夜達とかくれんぼをしようとした時にどこに隠れようか必死に隠れる先を探していた時に知った。
それからほとんど使う機会はなかったが、ここに隠れるといつも誰にも見つからないからつまらないと言われて封印してしまうほどの適した場所だ。……もっとも、その話は小さい頃の話なので、今にして思えば意外と簡単に見つかってしまうようなところなのかもしれない。
俺の部屋はとにかく物がない。
いや、石はある。なぜか石は。大量に。しかもなんであるのかは知らないし知りたくもない。
今は石のことなんか考えていられない。
隠れる場所といえばこんなところしかなかったんだ。
見つかれば即悲鳴があがるだろう。
なんせ、裸だからな。はっはっは。
「……誰もいませんな」
「ええ……でも、この部屋は凄く綺麗ですね」
お嬢様と呼ばれた少女がそう言って部屋をきょろきょろとみている。
お嬢様はやはり綺麗という言葉が似合う少女だった。
年は俺と同じか。どこかの学校の制服であろう白と青のセーラー服を着ている。
さらっとした長髪がそのセーラー服と共に清純さを際立たせている。
かたや爺は黒の執事服を着た妙に白髪が似合うナイスなミドルだ。
こんなご時世にコスプレでもなく着ていることに驚いたが妙に似合っている。
厳しそうな顔をしているが、恐らく笑うととてもいい顔をするのであろう。気になるのは頬に切り傷のような十字傷があるが、あれは九つの斬撃を同時に放ったりする何かしらの神速抜刀術を使う人なのだろうか。
あのような傷がつくなんて普通はありえない。かなり物騒なところから出向されている方ではないかと勘繰ってしまう。
「他の部屋に比べると埃なども溜まっている形跡もありませんな。やはり、誰かが使っているのでしょうか」
「使っている……そう、ですね」
お嬢様がクローゼットに近づいてくる。
引き戸タイプのクローゼットをがらっと開け、中に入っている鉱石の塊を見て、呆れた顔を浮かべて閉める。
だろうな。流石にこの量の鉱石を見たらそういう行動するわ。
クローゼットに服が入っているわけじゃなく、鉱石が敷き詰められているんだから。
ただ、お嬢様よ。
人が住んでるかもしれないのに遠慮なく知らない人のクローゼット開けるとかどれだけ配慮がないのかと。
「ねぇ、爺……水原様以外に『シング』を作れる方はいらっしゃらないのよね?」
お嬢様が俺のベッドへと近づいていくと、当たり前のようにベッドに腰かける。少し悲しそうな、いや、何か思いつめたような表情を浮かべ、俯いている。
恐らく、シングというものについて思うところがあるのだろう。
ちなみに、お嬢様よ。
当たり前のようにベッドに座っているが、気安く座っていいのかね?
一応お嬢様、なんだよね??
「水原様が発明・開発し、水原様のみが作成できたもの、と聞いております。すでにシングは枯渇しております。現在出回っておるのは量産型の劣化品ですな」
「でも、量産はできるから……」
「量産の量産が正しいです。なのでできるといっても、あくまで似たもの、ですな。性能もかなり悪い。そのような状態のものをシングと言い、ギアと相対する彼らを心苦しくは思います、な」
爺が床に落ちていた鉱石を拾い上げ、ポケットからルーペのようなものを取り出し、見つめている。
その表情には、苦々しい思い出でもあるのか暗い。
ギアに相対する、という言葉と関係しているのであろうか。
「実際この鉱石類がシングを作るための材料なのでしょうな。正直に申しますと、先ほどいくつかこの鉱石を見ましたが中には見たことのない鉱石もありました。それらを掛け合わせたりすることであのような絶大なモノを作ることができたのでしょう」
そう言いながら、持っていた鉱石の解析をし終わったのかルーペと一緒にポケットの中に忍ばせる。
「ただ、それをどのように作っていたのかはわからず、水原様も公開しようとしたものの、その後行方を晦ましております。それが何かしらの陰謀に巻き込まれたとすると、誰にも継がれなかったと考えるべきでしょうな」
「陰謀、ですか」
その言葉に胸がずきっと痛んだ。
父さんが、死んでいるような言い方をしていたからだ。
だとしたら、確かにこの埃まみれの家にも納得が行く。
「あくまで可能性ですが、な。もしそうだとしたら、それを起こした何かしらは罰するよりも重い罪を犯したことにはなりますな。なぜなら、ギアは増え続け、それに相対する彼らは減っていき、減っていく理由がギアに有効なシングがないから。となると、人類そのものを脅かすような大事件を起こしたことになりますな」
「ええ。……でもそのような形跡はなかった」
お嬢様のその言葉に頷き、地面に落ちていた鉱石をポケットの中に入れる。
先ほどとは違う色をした鉱石だから気になったのだろうか。
「そうでございます。であればなぜいなくなったのか。彼はシングを作ることは否定的ではなかった。むしろ肯定していたと聞いておりますし、彼自身ギアについては思うところがあったとも聞いています。であればこそ、尚更、彼が行方を晦ましたことが不可解ですな。そのおかげでシングも枯渇……シングがなければギアに勝てないのになぜ彼はいなくなったのか。とはいえ、彼が悪いわけではない。むしろ、彼にだけ作らせていた私達が悪いのでしょうな。だからこそ陰謀説が流れるわけですが」
さらに鉱石をポケットの中に詰めながら爺はお嬢様に説明する。
おい。お嬢様もツッコミまったくなかったけど、さっきから窃盗だからな。
石ころ程度いくらでも置いてあるから持っていってもいいが。いや、むしろポケットに入るだけ持っていってください。邪魔なので。
「シングがなければギアには勝てない……」
「……だからこそ、水原様を探す決意をしたのでは?」
「そう、ですが……それでも、手がかりがあるかと訪れましたがなにもないのは辛いですね……。誰かいるかと期待して、可能性のあったこの部屋にも入りましたけど」
枕にそっと触れ、憂いげな表情を浮かべるお嬢様を見ると、この場から出た方がいいかと言う気になる。
求める水原ではないのは確かだが、少しは彼女の悲しげな顔を減らすことはできるだろうか。
まあ、出ないが。
今出たら確実に変質者だ。
「そうですな。巧妙に隠されていたこの家は希望でしたからな。むしろお嬢様はよく見つけた、と……。先ほどお嬢様がおっしゃられたように、量産されているからこそまだなんとかなっておりますが、年々減ってきているのは確かです。だからこそシングを作製、または最低でも量産することが必要不可欠な状況ではございます」
量産の量産、劣化品ではなく、とその後に爺の言葉は続いた。
やはり、爺はシングというものに何か思い入れがあるのであろう。
「諦め、ますか?」
「諦めません。手がかりがなくても必ず、見つけます。でないと、私は」
シングとギア。
それが何を指しているのか。俺にはわからなかった。
聞いたこともない。
それがなければ勝てないというのはどういう意味だろうか。
それに、この二人は一体、何を必死になって、父さんを探しているのか、言っていることが二人にしかわからないことが多すぎて断片的にしか分からない。
俺がその言葉について考えていると、めくられたままの敷き布団にお嬢様が触れ不思議そうな顔をした。
「え……まだ、暖かい……?」
そう、お嬢様が呟いた時、辺りに警報音が鳴り響いた。
侵入者に反応するなどそんな高性能なものがこの家にはないし鳴るのも遅い。
外から鳴っているのか?
「お嬢様っ!」
お嬢様の声に急に声を荒げてお嬢様の腕を掴む爺。そのまますぐに部屋を出ていこうとする。
「まだ、遠いでしょうかっ」
焦ったように爺に声をかけるお嬢様に、俺も焦るべきなのかと出ていこうかと考える。
いや、出れるわけがない。
更に場が混乱する。
「まだ遠いでしょうが、逃げるに越したことはありません! 対抗する手段が今はございませんっ!」
階段を降りる音、そしてまた鈴の音が聞こえ、玄関の閉まる音が聞こえた。
外から怒鳴り声が聞こえ、車のドアが閉まる音がする。
車がエンジン音を鳴らしながら去っていく音が聞こえるとまるで車を追うように警報音も少しずつ小さくなり、そして静寂が訪れた。
警報がなにかはわからないが、聞こえなくなったことから安全なのであろう。
不法侵入について思うところはあるが少しは情報がもらえたことには感謝しよう。
ただ、今度会った時にはしっかりと聞いてやろう。
その時は裸じゃなく、ちゃんと服を着てな。
お嬢様には何を探しているのか。
爺には……お前、石盗んでいってんじゃねぇ、と。
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