Act.7-9 掛戸高校 枕投げ部の夏

「いこうか、灰島君」


 橙利さんが左足をフワッと上げる。右手で構えた枕を見ながら、僕はイチかバチか右に逃げた。



 ヒュウッ!



「うわっ!」


 僕を追い回すように曲がった枕を、咄嗟に寝そべって躱す。

 危なかった……外連のドッヂで避ける特訓とかしてなかったら、絶対当たってた。


「今のがカーブ、利き手と反対方向に大きく曲がる攻撃だね」


 枕をポンポンと片手で遊びながら、解説を入れる橙利さん。右利きだから左に曲がる。僕から見れば右に曲がるってわけだ。


「ちなみに持ち方はこうだよ。中指を人差し指と揃えて端を持って、下側を親指で支えるんだ」

「あ、野球の握り方と一緒なんですね……」

 なんか調子狂うな……天然なのかな……。



 待てよ、そういえば緋色さんのとき、逃げた方向に枕が追って来てたぞ。ってことは……



「そうか……逃げる方向見極めてから投げてるのか……」

 ご名答だよ、と返す橙利さん。枕を少し下ろし、左手で口を押さえて咳をした。



「もっとも、古桑さんや君みたいに、動きが読みやすい人じゃないと難しいけどね」



 言いながら、再び枕を構えた。


 クソッ、モーションに入る前に逃げる動作を見せたら、その方向に曲がる枕を投げられる。弾道を読むことはできないけど、少なくとも投げるギリギリまで待たないといけない。



「……いくよ」


 この枕は……どっちだ……左だ!


「クッ……!」


 間一髪で避け、よろけた体勢から無理やり投枕して反撃する。しかし、そんな状態の攻撃がうまくいくはずもなく枕は左に大きく逸れ、橙利さんが体を動かすこともなかった。



「次だ」


 続いて投げた枕はストンと下に落ちながら迫ってくる。なんだよ、フォークまで投げられるのかよ……!




「今日は体の調子が良いんだ。しばらく続けさせてもらうよ」


 そして、防戦一方の僕に対し、枕を拾いながらの連続攻撃が始まる。


 シュート、スライダー、ナックル。時には僕を追い詰めるように曲がり、時には踊らされる僕を嘲笑うように急角度で落ちる。反撃のチャンスも見いだせないまま、次第に体力を削られていった。



「がっ……!」


 躱そうとして足がもつれ、転びながら何とか一撃を回避する。すぐに起き上がるが、気が付くと肩で息をしていた。


「限界、かな」


 視界の真正面に客室に向かう通路が見え、その手前に橙利さん。まるで優勝への行く手を阻むように立つ「瓦解」の言葉に、思わず苦笑した。





 中継器が切られてるなら、2階にいる調さんと連絡を取るのも難しいだろう。この疲労じゃ逃げ切れる自信もない。



 このまま力尽きて当たる。それも仕方ない。相手は五帝の1人、やれるだけ健闘したつもりだ。僕が当たっても、調さんが何とかしてくれるだろう。





 下を向いていた顔を戻し、真っ直ぐ前を向く。


 そして、覚悟を固めた。




 戦う、覚悟を。




「良い目だね。シーラと同じ目だ。どんな状況でも自分を奮い立たせて戦う『奮迅』」

「ああああああっ!」



 腰は低く、右手を水平にして枕を構え、手首で大きくスナップを利かせながらのサイドスロー。



水切り拳万パス・アンド・フライ!」



 幼稚園から何度もやっていた水切りのように枕はバウンドを繰り返し、橙利さんの横を跳ねる。


 それは、客室通路の奥へと消えていった。





「いい弾だな、灰島」

「シーラ……!」



 橙利さんが振り向くとほぼ同時、ものすごい勢いで走ってきた調さんがぐるりと腕を回す。



「よく寝な、トーリ」


 アンダースローで放つ、「軌道確保スケート・ストレート」。加速していく枕を、橙利さんは大きく右に動いて躱し、ドゴンッと僕の足に当たった。とんでもない破壊力。やっぱり、この人は掛戸の大将だ。



「誰とも連絡が取れなくなったから、上に来てみたら案の定だったな」

「……驚いたよ、通路の奥にいたシーラが見えてたなんて。『知りすぎた男セカンドサイト』はなかなか厄介だね」


 そう言って、彼は僕に背を向けた。

 相手にしていないのではない、もっと楽しい相手と、向き合うため。



「いこうか」

「ああ、やろう」


 そして、2人の投げ合いが始まる。



 橙利さんがカーブを投げれば、それを右足の動きだけで避けた調さんが渾身の直球を投げる。


 それを躱した橙利さんが間合いを詰めてフォークを放つと、調さんはそれを跳んで回避した後に、接近して一撃を繰り出した。



 利き腕の右に曲がりながら落ちるシンカーに、ぐわりと浮き上がる「常勝気流ライジング・ライディーン」。



 不規則な回転で顔に迫るナックルに、太ももを狙った絶妙な高度の「軌道確保スケート・ストレート・ダブル」。



 激しい技の応酬を、この上なく楽しそうな2人を、僕は横やりを入れることなく後ろから見ていた。



「さすがだな、トーリ。『球制主バトルメシア』の精度も高いし、弾道の読みも上手い」

「ありがとう。シーラもさすがだね。負けん気の強さがよく出てる」



 調さんと僕の間に立って背中を見せている橙利さんは、ケホッと咳込みながら、一瞬だけ振り向いた。今のは……明らかに僕を見ていた……?



「とはいえ、サシで遊び続ける気もないでしょ? 挟み撃ちにされると面倒だ」


 そして、枕を持って卸していた右手をグッと持ち上げる。


「先に、灰島君からろうかな」


 やっぱり、先に僕から倒す気か。ちくしょう、何か役に立ちたかったのに––




 ドンッ!投げろ



 地面に枕を打ち付ける調さん。その音に混じって、微かに、でも確かに聞こえた、その声。


「どうしたんだい、シーラ。彼を狩るのを怒ってるのか?ワタシの右手に向かって投げろ


 今度は橙利さんの声に合わせて囁く。話している敵には聞こえない。僕の場所に他の先輩達が立っていても、恐らく聞こえない。


 それはまるで池の前にあるキーホルダーを当てたときのような、僕だけに聞こえる声。



「ああ、ワタシの大切な仲間を倒されるのは気持ちの良いものではないからな」


 調さんは右手で枕を持ち直す。


 なぜ右手に向かって投げるのか、よく分からない。でも、調さんを信じるしかない。


 枕の端を、グッと握った。



「今だ、灰島!」

「食らえっ!」


 バッと振り向く橙利さんを見ながら、大きく振りかぶって、上から真っ直ぐに投枕する。


 素早く斜めに後退して躱す橙利さん。そして同じタイミングで、調さんが右手の枕を離し、手を空っぽにした。




 バシンッ!




 近距離で僕の枕を掴んだ調さんは、その勢いに引っ張られて体を右にじる。


 どこかで見たことのある、その姿勢。


 上半身のバネだけで繰り出す、彼女の新技。



 体の捻りを、僕からの弾を右手に受けることで、ノーモーションで作り出した。




「トーリイイイイイイイ!」

「シーラ!」

 橙利さんが振り返ると同時。体を戻しながら、曲がったバネが戻るように右腕を大きく素早く振り、握った枕を放つ。



速射砲の天使ラピッド・キューピット!」

「おおおおおおおおっ!」


 負けずに枕を繰り出す橙利さん。「奮迅」と「瓦解」が、ぶつかる。






 ボフッ!






 地面ではなく、人に当たった音。



「へへっ、どうだ、トーリ。ワタシも強くなっただろう?」

「……やるね、シーラ」


 2人で歯を見せて笑う。






「あと一歩遅かったら、僕が負けてたよ」


 1ヶ月以上に渡った桔梗杯。掛戸高校は梓沢高校に惜敗し、準優勝に終わった。






「ああ、もう少しだったんだけどなあ」

 部屋に戻る途中、前を歩く調さんが呟く。


「ですよね。一時は5対1まで追い詰めたんですから––」

「本当に、もう少しだった」


 目の辺りを右手で擦っている。その声は、少し揺れていた。


 そうだな……僕達の夏が終わったんだ。



「調さん!」

 僕の声に、彼女は足を止める。


「もっと強くなりましょう!」

「……ふははっ、そうだな! 強くならなきゃだな!」


 振り返って笑った彼女は、やっぱり端正で凛々しくて、どこまでもカッコいい、僕達の部長だった。




***




「やっぱりすごいよな、橙利さんは。俺なんか秒殺だったよ」

「私も。刺し違えても倒すつもりだったのに、その隙も与えてくれなかったわ」


 泥のように寝た翌朝。駅で戻る道で、玲司さんと雪葉さんが細い溜息をついた。


「ひぃもあっという間だったぞよ。これからの戦争ではああいう敵と戦っていかなきゃいけないんだな」


 緋色さんも一瞬肩を落としたけど、すぐに顔をあげてグッと両手を握った。


「まあ、部屋に置いてあったお饅頭が美味しかったから満足ぞよ! あんこたっぷりだった!」

「ふふっ、緋色ちゃんは相変わらずね」

 雪葉さんが手で口を押さえる。



「饅頭……爽斗、5センチの女の子がいるだろ」

「いや、いないですけど」

 何で前提から180度間違えられるんですか。


「その女の子にあんこを塗りたくって、コンロの火で炙ったら、パリッとした食感のお菓子にならないかな」

「もう変態と犯罪が同居してますけど!」

 仮にお菓子になったら何だっていうんだ!


「ふははっ! ステキだな! この部活は変でステキなメンバーばっかりだ!」

 先頭を軽快に歩く調さんは、とっても楽しそう。



「ワタシ達も明日からまたハードな練習だ。次の試合もそんなに遠くはないからな」

「へ? また試合あるんですか?」

 二マッと笑いながら振り返る調さん。


「灰島、2ヶ月後には9月だぞ。秋・冬は温泉のシーズンだからな。桔梗杯みたいな試合がどんどん入る」

 そっか。また、すぐ、みんなで試合できるんだ。



「調先輩、夏の練習ハードにするのやめましょうよ。俺去年死ぬほど辛かったんですから。なあ、雪?」

「確かに、ちょっと大変だったかも」


「お、時雲も灯も、今からそんなことを言ってては困るな。今年は去年よりハードにするつもりだぞ」

「えーっ!」


「ちょっとゆーのさん! ひぃも去年キツかったぞよ! ぜひ再考を!」

「そうそう、お願いします!」

 玲司さんと緋色さんが、先頭まで走って抗議した。


「ダメだ。ミーコが教えてくれたが、どうやら雛森や梓沢は近くの高校に枕投げを教えに行っているらしい。このままだと、秋には新しくデビューする高校も出てきそうだからな。ワタシ達も全力で練習しなければ」


「うう、地獄だぜい……。そーちょんもゆーのさんに言ってあげてよ、勝っても負けても楽しいですって!」

「そうだそうだ、言ってやれ爽斗!」


 助けを求める目で僕を見る2人。



「そうですね。勝っても負けても楽しいですけど……」



 でも、やっぱり。



「どうせやるなら勝ちたいですよね!」

「その通り! 灰島、よく言った!」

「そーちょん!」

「爽斗!」



 勝っても賞金も名誉もない、そんな部活だけど、どうせバカやるならとことんやってみてもいいかな。


 高らかに笑う調さん、怒って僕の頭を叩く玲司さん、足にゲシゲシ蹴りを入れてくる緋色さんに、それを見てニコニコしている雪葉さん。


 さあ、やってきた暑い夏を、この5人で青春してみようか。






***






 ようやく駅まで着き、調さん、玲司さん、緋色さんが改札を通る。


 前でICカードをかざそうとした雪葉さんの手を、ぐいと引っ張った。



「好きです」

「えっ…………」



 何で言う気になったか分からないし、タイミングもおかしいけど。



「友達からでいいので、デートしませんか? 休みの日に会いたいです。制服じゃなくて、浴衣でもなくて」



 でも何だろう、思ったままに想いを伝えられて、とても晴れやかな気分。



 調さんに呼ばれそうだったので、答えは聞かなかった。






「ちょうどだな」



 5分くらい待つと、上りの電車が予定通りにホームに停まる。

 プシューとドアが開き、さっきと同じ順で乗り込む。



「おっ、空いてるぞよ!」

「一列に座れそうだな。調先輩、端の席どうぞ」

「ありがとな」



 楽しそうな3人。僕の前の雪葉さんが乗り込もうとする。





「…………灰島君」

「え?」






 車内の騒ぎ声に混じって、雪葉さんの声が聞こえた。








 多分、他の人には拾えない、小さな小さな声の返事。








 耳が良くて、本当に良かった。




<完>

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