Act.7-8 最後の救世主

「そーちょん、見つけられそう?」

 首を傾げる緋色さんに、力強く頷いて見せた。

「任せて下さい」

 深呼吸を一つして、目を瞑る。



 暗闇から形を炙り出すイメージ。静寂から音の波を拾うイメージ。


 時折目を瞑って耳だけに、また時折音は気にせず目だけに、感覚を集める。


 数分にも感じられる短い時間。集中力を最大限にして、このフロア全てを見通そうとする。



 思い出せ、山でどれほど特訓したか。これより暗い空間で、どれほど過ごしたか。今の自分に、感知できないものなどない。そんな空自信も纏って、見つけに行け。



「…………います、この先に。何か動きました。足音も微かに」


「すごいなあ。『知りすぎた男セカンドサイト』は便利ぞよ!」

 目を丸くしてグッと拳を握る緋色さん。


「でも、誰かがいるってだけで、吉野さんと決まったわけじゃないですけどね」

「それはこれから確かめに行けばいいのさ!」

 枕を構えた緋色さんは、一目散に通路を駆けていく。


「せいっ!」

 人間、ジャンプ台もトランポリンも無しにあんなに跳べるものなのか。ダンクでもするかのように舞い上がった姿勢から、強烈な一撃を繰り出す。


 ボフンッ


「チイッ、外したね!」

「イヤッハー! 緋色おおおおおおお!」

 暗がりの奥から陽気に聞こえる、吉野さんの声。


「よっ、はっ!」


 敵が投げ返した一投を、バク転からのバク宙で躱し、緋色さんがこっちに戻ってきた。


「元気そうだね、緋色」


 軽快なステップで現れる、緋色さんと同じくらい小柄な3年の吉野さん。情熱を詰め込んだ真っ赤な髪に、およそ怖いものなどなさそうな、快活で勝ち気な笑顔。


「ええ、ヨッシーさんもご活躍の様子で」

 武器を右手に強く掴み、腰を低く落とす緋色さん。


「でも、師匠とか関係ない。今日は倒させてもらうぞよ!」


 緋色さんが大きく踏み出し、ふわりと浮かぶ。体を抱え込んでの幾重もの前方宙返り、そこから枕を射出する、「回って放ってローリングドール」。


「それは私が教えた技だろ? それじゃ仕留められない」


 対する吉野さんは、獲物に飛び掛かるライオンのように右に跳躍して、その投枕を躱す。そのまま手から着地し、ぐるぐると何度か前転した後、手で地面を押してハンドスプリングで立ち姿勢に戻った。

 なんだ今の2人の動きは……ブレイクダンスの選手権でも見てるのか僕は……。


「まだまだぞよ!」


 落とした枕を拾いつつ、助走をつけて一気に加速する緋色さんと、逃げながら距離を保つ吉野さん。跳躍した緋色さんが両手を広げると、左右の手に枕が。


「せいっ!」


 叫び声とともに右の腕を振る。が、

 躱そうとして方向転換した吉野さんが、若干バランスを崩す。


「フェイクぞよ!」


 そして左手で投げる。吉野さんはくるりと向きを戻し、壁に向かって走り出した。


 うん? 壁? あっ……!


「今度は私がいくよ!」

「緋色さん! 三角跳び!」


 壁にぶつかるかという勢いで跳んだ吉野さんは、その壁を蹴って空を舞う。

「『やめられない悪壁ドール・オンザウォール』だ!」


 見上げるような場所から武器を投げる吉野さん。それを緋色さんは右に走って避けた後、急ブレーキをかける。


 戻る反動でヨコ宙返りし、相手から視線を外さないまま、「おりゃ!」と「ヨコ宙返りは涙の味ソルティ・サマーソルト」を放った。

「っとと、危ない危ない。ヨコ宙は厄介だねえ」



 バク転で緋色さんの必殺技を回避した吉野さんがニヤリと笑う。すごい戦いだ……芸術的な……こんな美しい枕投げがあるのか。


「ねえ、緋色。『回って放ってローリングドール』って、結構応用の利きそうな技じゃない?」

「応用……?」


 途端、吉野さんは楽しそうに口を歪める。真っ赤な髪が、闘志の勢いに煽られるように、フワリと逆立った。


「こんな風に、ねっ!」


 僕達に背を向け、ハンドスプリングで前転してやや距離を取る。最後に体を捻り、僕達の方を向いて着地した直後、勢いそのままにバク宙を始めた。

 1回、2回、3回……この回転数はひょっとして……


生まれ変わった逆回転リバース・リバース!」


 バク宙の状態から枕を放つ。「回って放ってローリングドール」と完全に逆のベクトルから繰り出されるその弾は、下から上へ、ぐいんと浮き上がるような軌道を描いた。


「おおわっ!」

「っと!」

 2人のちょうど間を通った枕を、ほぼ同時に左右に跳んで避ける。


「どうだ! 前宙からバク宙に逆回転reverseすると、技も蘇生復活rebirthするね!」

 やっぱり緋色さんの師匠だ。攻撃が多彩すぎる。


「いてて……変な角度で跳んだから足捻ったかと思ったぞよ」

「緋色さん、大丈夫ですか!」


 答える代わりに、ぴょんと跳ね起きる。その目は吉野さんと同じくらい負けん気に溢れていて、グッと腰を落とすと、プラチナブロンドの髪がぞわりと逆立ってリボンと一緒に大きく揺れた。


「ヨッシーさん、さすがぞよ。でも……それでも倒される気はないぞよ!」

 側転を繰り返して後退し、ドンッと音を立てて駆け出す。


「肩!」

 その言葉が耳に届き、条件反射のように腰と肩に力を入れる。構えていると、「いよっ!」という声の直後、肩に大きな重力がかかった。



「うりゃっ!」


 僕の肩を踏んでの大ジャンプ。「やめられない悪壁ドール・オンザウォール」と同じくらいの高度になったところで、持っていた枕をトンと宙に放る。空中からのボレーシュート、「宙舞う足スカイハイキック」、これでどうだ!



「せいっ!」


 しかし、不運にも彼女の足は枕の中心にミートしなかった。下側の端を蹴ってしまい、枕はスピンがかかった状態で、またちょっとだけ浮き上がる。クソッ、ここでツキに––


「ツキに見放されたか、なんてね」


 僕も、おそらく吉野さんも思っていたことを呟きながら、緋色さんはニヤリと笑った。

 蹴った勢いで、ぐるりと体を回す。その間に、少し浮いた枕は、ちょうど良い高さに戻っていた。


 さっきと反対の足を伸ばす緋色さん。それはまるで、吉野さんが前宙をバク宙に変えることで見せたような、華麗で綺麗な必殺技の応用。後ろ回し蹴りが、炸裂する。


「『宙舞う足スカイハイキック・ソバット』ぞよ!」


 鮮やかなほどドンピシャで蹴ったその枕は、スピンを緩めないまま吉野さんに突撃する。


 さっきの空振りのタイミングで体勢を変えた分、回避の反応が若干遅れた吉野さんは、重力を無視できるその足に一撃を喰らった。



「やったぜ!」

「緋色さん!」


 つま先からほぼ無音で着地した先輩のもとへ駆け寄る。相変わらずとっても小柄な童顔で、ニシシと笑って見せた。


「わざとタイミングずらしてフェイントかけるとはねえ。緋色、強くなったよ。私ももっと腕磨かないとね」

 後頭部を掻きながら、吉野さんが僕の方を見る。


「灰島君、最後の緋色とのコンビネーション、良かったよ。それに暗闇で私を見つけたのも君だね。『掛戸に目と耳の良い新人が入ってきた』って評判だよ」

「あ、ありがとうございます」


 いや、むしろ目と耳しかないんですけど大丈夫ですか。バク宙とかやってみたいんですけど。


「うちの大将は手強いよ、頑張ってね」

 そう挨拶して、吉野さんは部屋へ跳ねるようにして戻っていく。


「こちら6階、緋色。ヨッシーさんを倒したぞよ! 後は大将だけぞよ!」


 唐実さん、大山さん、八重さん、吉野さん。4人を撃破した。残るは1人、桐ヶ谷橙利さんだけ。5対1なら、束になってかかれば勝てるだろう。


「こちら2階、湯之枝。古桑、ステキじゃないか。これで王手だ」


 しかし、調さんの後に、2人の声が続かない。既に交戦してるのか? いや、それでもどっちかは連絡できるはず


「くもっちとあかりん、何かあったかもね」

 隣の緋色さんが顔をしかめた。


「でも、2人で一緒に戦ってるのかも……」

「だといいけど……」



 或いは、というお互いの中にある不安を口にすることはなかった。その前に、階段を昇ってくる音が聞こえたからだった。


「トーリー……!」


 僕より少し低い、170はなさそうな細身の体。

 美容院できちんと手入れしていることが窺える、ウェーブの黒髪。敵将、桐ヶ谷橙利さんが歩いてきた。手で口を押さえ、ケホッと軽く咳き込む。


「シーラ、はいないんだね、残念。時雲君と灯さんは倒したよ、次は古桑さんと灰島君、君達だ」


 サラッと2人を倒した報告。そうか、やっぱりこの人が。


「そうはいかないぞよ!」


 緋色さんが助走をつけて地面を蹴る。見えない翼で斜めに宙を舞いながら、スケートのスピンのようにぐるりと一回転する。


「よくも、くもっちとあかりんを! 仇討ちぞよ!」

 回転の反動をつけての投枕が、勢いよく敵に向かっていく。


「本当に吉野さんみたいな技だね」

 その一撃を、橙利さんは右足、左足の2ステップで避けた。


「まだまだあ! そーちょん!」


 着地後にまた走り出す。次は僕の肩を蹴ってさらに高く跳び、もう少しで天井に届きそうな高さまで上昇した。


宙舞う足スカイハイキック!」


 お腹に抱えていた枕を足元に落とし、強烈なボレーシュート。しかし、敵将はスッと後退し、その目の前に枕がバシンッと跳ねた。


「すごい技だね。カッコいい」



 この人、枕の弾道を見極めるのがうまいな……最小限の動きで躱してる。



「僕の番だね」

 そう言って、橙利さんは枕を構え、右足を踏み込んで投げた。


 アクロバティックでもなく、隆司さんみたいなパワーがあるわけでもない、普通の投枕。


 だが、緋色さんがそれを避けようと左に移動した時、異変に気が付いた。




 シュン バシンッ!




「おわっ!」


 枕が右に、緋色さんから見て左に、追いかけてきた。当たるギリギリで、彼女は大きく体勢を崩す。


 今のは…………?


「シュート、よく避けられたね。もう一発」

 そしてまた枕を放つ。



 シュン ヒュウッ!



「チッ!」


 今度は右に逃げるが、またもや枕が吸い付くように近づく。緋色さんから見て右、橙利さんから見て左に大きく曲がった。


「このっ……!」


 躱そうと足を引こうとしたが、そこから枕は急激に高度を下げ、ストンと落ちる。



 それは、緋色さんの右足にボフッと乗っかった。



「あっ……やられたぞよ」

「縦スライダー、逃げるの結構難しいでしょ」

 大きく嘆息しながら、緋色さんは「さすがぞよ」と苦笑いして敵を睨んだ。



「緋色さん、今のは……」

「変化球の枕を使いこなす、『球制主バトルメシア』」

 枕で、変化球……?



「そーちょん、覚えておくぞよ。あれが五帝最後の1人。体が強くないから全部の試合には出られないけど、出るとゲームバランス全体が崩れることから名が付いた、『瓦解』の桐ヶ谷橙利……!」


 ケホッと咳をして、橙利さんは真っ直ぐに僕を見た。


「これで君とシーラ、あと2人だ。ああ、2階と5階の中継器は切らせてもらったよ」

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