Act.7-7 宴会場の魔女

「やえ丸がメディックか! ありがと、そーちょん!」

「灰島、時雲、よくやった。お前達、これから先は八重を見つけることを最優先に動くぞ」

 調さんの指示に、7階と6階を繋ぐ階段で合流した玲司さんと一緒に頷いた。


「雪、聞こえたか? 八重がメディックだぞ。返事をしてくれ……おい、雪、雪!」

「あかりん!」


 返事のない雪葉さんに先輩2人が呼びかける。やられてしまったのか。一度復活してるから、もう後がないのに……と考えていると、「ごめん」と彼女の声が聞こえた。


「ちょうど今、八重さんが1階に来たの」

「何!」

「下手に喋ってチャンスを潰したくないから、宴会場の奥に逃げてきたの。ごめんね」

 これはチャンスだ。でもなんで1階に……?



「灯、その前に誰かに会ったりしたか?」

「ええ、湯之枝さん。その前にも唐実君とエンカウントしたんですけど……こっちに気付いたのか気付いてないのか、そのままどこかに行きました」


「なるほど……向こうはメディックを読んで潰すのではなく、弱ってるヤツを削っていく作戦で進めてるようだな」

「弱ってるヤツ……?」


 雪葉さんのオウム返しに、調さんは「ああ」と続ける。


「大山が枕を奪い、時雲達が奪い返したことは敵の中でも伝わっているだろうが、その枕が本人に戻ってきているかどうかは確証が持てなかった」

「……っ! じゃあ、あかりんやひぃ達のことを!」


「ああ、枕を1つしか持ってなければ、迂闊に投げることは出来ない。そういう敵を見つけたら狩るつもりだったんだろう。そこで唐実が灯を見つけて報告した。敵の中でも八重が行ったのは、まあトリックプレーヤーとしての血が騒いだってところか」

「……ふふっ、でしょうね」

 乾いた笑いを音に乗せる雪葉さん。


「私も血が騒ぎます。箒でも大砲でも散弾銃でも、退く気はありません」

 いや、後ろ2つは退きましょうよ。こっち枕ですよ。


「とにかく、灯は最大限警戒しろ。古桑もだ、敵に枕1つと知られたら、嵩になって攻めてくるかもしれないぞ。時雲、なるべく早く、取り返した枕を2人に届けてくれ」

「こちら玲司、了解です」


 通話が終わり、玲司さんは右手を口に当てて考え込む。やがて、満足いく作戦がまとまったのか、眉を上げ、口角をククッと上げた。



「爽斗、お前、雪のところに行って枕を渡してこい」

「へ? 僕ですか?」

「お前なら八重を探すことも出来るだろ」

 明後日の方を向いて、玲司さんは、いつもの調子で淡々と言った。


「雪を、守ってやってくれ」

「…………はい!」



 ああ、ああ。

 くそう、カッコいいなあ。



「俺は桑に渡す。しくじるなよ」

「分かりました、行ってきます」


 敵を動きが読めないため、階段で6階から移動する。1階までの道が、長く、とても長く感じられた。





 今日初めて来る1階。冷たい空気が下の方に溜まるっていうのは旅館でも一緒なのか、しばらくいた高層階に比べると、幾分ひんやりした世界。


「……っし、探そう!」


 枕3つが少し重いこと、運ぶにも動きづらいことなんて、全然気にならない。



 約束したんだ。予選の雛森戦で約束したんだ。「今度は守ります」って。

 そのチャンスは今、果たすべきは今。



 黒に飲み込まれた空間で、おそらく彼女がいるであろう場所に走る。



 …………いた!



 その場所は、想像通り、夜は騒々しい場所。ふすまを閉めれば何部屋にもなる、開けて繋げば何人でも入る、武道場何個分もの畳の宴会場。


 一番手前、開いていた襖から中を除く。夜に大きな飲み会でもあったのか仕切りはなく、遥か奥まで、枕投げにピッタリの広大なフィールドになっていた。


 目線の先、攻め込んでいる女子と、逃げている女子が見える。

 どちらがどちらかは、この暗さの中でも、ダークブラウンの髪の色で一目瞭然だった。



「雪葉さん!」

「灰島君!」


 パッとこちらを向いた雪葉さんが、目を丸くする。


「助けに来ました!」

「……ありがとう」



 いつもの調子で、フッと笑う。大好きな笑顔で、フッと笑う。


 こっちに向かってきた彼女に、枕を渡した。



「これで戦えるわ」

「フフッ、お仲間登場ね」


 箒の柄を肩にトントンと当てながら、絹糸のように白いロングをファサッと揺らす八重さん。ハイトーンの声も独特で、正にイタズラ好きの魔女という感じ。


「アタシ、身長高いからさあ、結構狙いやすいと思うよ? どこからでもどうぞ?」


 メディックの話に触れてこない。メディックの正体が八重さんだと突き止めた会話を、盗聴されてる可能性も考えていたけど、どうやらバレてはいないらしい。



「余裕があるのね。その口、すぐに枕で塞いであげるわ」


 そう言いながら雪葉さんが突撃し、投枕する。綺麗に相手の真正面、大きく避けたらそこに二撃目を繰り出すことも出来る。


「……さっきも見せてあげたよね? 避けるとでも?」


 バシンッ!


 何かが破裂したような鋭い音と共に、枕は雪葉さんの足元に戻ってきた。


 今のは……箒で枕を打ち返した……?


「安心して、自分が投げて打ち返されたものは、当たってもアウトにならないわ」

 クスクスと、可笑しくて仕方ないというように笑う。


「『魔女の超箒的措置スマッシュヒット・ウィッチ』、どこの旅館にも宴会場には必ずあるから武器として使えるのに、使う人意外と少ないの。こんな便利なものないのよ?」


「灰島君、一緒に投げるわよ」

「ええ、いきますよ」


 合図と共に、頭と足を同時に狙う。が、八重さんは音も立てずにフワッと跳んで下の弾を躱し、素早く箒を振って目の前に来た枕を打ち返した。

 体重が消えてしまったかのような軽い身のこなしは、本当に魔法を纏った魔女のよう。



「フフッ、まだまだ、チョロいチョロい」


 馬鹿正直に攻めたら受け流されるか。でも打ち返されるだけなら当たり判定はないし、チャンスを窺ってこっそり攻めれば――


「灰島君!」

 叫ぶような声に、意識を眼前に戻す。八重さんが自分の枕を握り、宙に放っていた。


「それっ!」

「うわっ!」


 ノックのように打った枕が、低い弾道で襲ってくる。慌てて左に跳んで避けると、今度は雪葉さんに向かって速い弾を飛ばし、彼女の体勢を大きく崩させる。「魔女の超箒的措置スマッシュヒット・ウィッチ」、攻撃にも使えるってわけか。


「どう、雪葉ちゃん?」

 手のひらに箒の柄の先を乗せてバランス取って遊びながら、八重さんはニタリと口を曲げる。


「アナタのトリックプレーは有名だからよく知ってるわ。でも、大体が相手を騙したり、攪乱したりするものばっかり。やっぱり攻撃や防御に使える方が優秀じゃない?」

「なるほど、それで箒を選んだの、ねっ!」


 言い終わるが早いか、雪葉さんは全速力で横に走り、宴会場用の大きなカラオケマシンに向かう。マイクを抜き、高速でコードを振り回した。


マイクで巻いてジャック・スネーク

「フフッ、動きを封じる気? でも甘いわよ」


 苛立つ蛇のように飛び掛かるコード。本来は足に巻き付けて動きを鈍らせる技だが、八重さんは瞬時に箒の穂を地面に立て、穂先に線を巻き付かせる。くりんっと柄を回すと、穂が柔らかくしなり、そのコードはあっけなく解けた。

 あんな使い方もできるのか……かなり手強いな。


「さて、また攻めていくよ!」

 リズミカルに、拾った枕を打ってくる。打つ直前まで弾道が読めず、僕達は後ろに下がりながら必死で躱した。


「灰島君、一旦外に出るわよ」

「分かりました、立て直しましょう」


 一番近い、通路手前の入口から脱出する。「待て!」という咆哮を後ろに、通路を駆け抜けた。


「雪葉さん、どうします?」

 前だけを見て走る彼女は、さっきの八重さんみたいに、楽しげに破顔した。

「大丈夫。トリックプレーに底は無いわよ」






「雪葉ちゃん、あと、灰島君だっけ? どこかな? すぐに見つけちゃうよ?」



 宴会場に八重さんの高い声が響き渡る。1階を一周した後、僕達はまたこの場所に戻り、予備の座布団の山や机が置かれた最奥のスペースに身を潜めていた。


「んん? フフッ、隠れるの下手だね。雪葉ちゃんかな? 気付いてないようだから教えてあげるね。座布団の山が低すぎたみたい、浴衣の端が見えてるよお?」


 鼓動が早まる。息を殺して、八重さんの接近を耳で感じとる。



「見・い・つ・け・た!」

 愉悦の極みと言わんばかりに喚いた後、シュッと箒で枕を薙ぎ払う。


「な……に……?」


 覗き込んだ八重さんの驚嘆の声。その瞬間、部屋の左端に横倒しに置かれた予備の机から、2人で顔を出す。

 間髪入れずに雪葉さんが投枕し、右腕に当てた。



「惜しかったわね。それが本物の私だったら、完敗だったわ」


 座布団の山に倒れた、浴衣姿のモノ。逃げる途中、雪葉さんが持っていたシーツと余った浴衣で手際よく作った、人間らしき人形。


「『敗北にご正体マイ・フェイク・レディ』、騙すのも意外と効果あるでしょう?」

 ジッと人形を見た八重さんは、「参ったな」と片手で目を覆った。


「やられたなあ。やっぱり雪葉ちゃんは、トップクラスのトリックプレーヤーね。あーあ、メディックもおしまいだわ」


 また戦おうね、とペコリと一礼して、八重さんは部屋に戻っていった。



「こちら1階、灯。メディックの八重さんを倒しました」

 トランシーバーの報告に、調さんと玲司さんが勢いよく被せる。


「こちら2階、湯之枝。よくやった、灯。ワタシは今、大山を狩ったぞ」

「俺もちょうど唐実を倒したところだ。2人とも2回目のアウトだから、メディックがいようといなかろうと退場だな」


 よし、これで5対2、一気に形勢逆転だ。


「こちら6階、緋色。そーちょん、一緒にヨッシーさんを探してほしいぞよ」


 緋色さんからの要請に「分かりました、向かいます」と返し、通信を終えた。


「灰島君――」

「6階に行ってきます。生きてまた会いましょう」

 雛森戦と同じ、2人きり。今度は僕から挨拶。

 彼女はフッと頬を緩ませ、柔らかく微笑んだ。


「死なないでね」

「雪葉さんも」


 守れただろうか。役に立てただろうか。

 それなら良い。とても、とても嬉しい。



 さあ、次の敵に向かわなきゃ。

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