Act.7-6 ターゲットを見破れ

 最上階7階の浴場に続く通路の前で、僕は柱の横に隠れている。とうに入浴時間は終わり、暖簾が寂しそうに垂れて朝のお客さんを待っていた。



 さて、大山さんは現れるかな。さっき玲司さんと交わしたやりとりを思い出す。



「大山は恐らくこの階にまだいるはずだ」

「なんで言い切れるんですか?」


「ヤツの『飛んでもないものを盗んでいきましたグッバイ・ファントムシーフ』は、盗んでこっちの攻撃力を削ぐことに特化した技だ。戦うことも出来るだろうが、奪い返される危険性を考えると今は逃げ回るのが定石のはずだ」


 そう、確かに。僕達の攻撃を避けるために、自慢の脚力で駆け回った方がいい……あれ?


「でもそしたら玲司さん、なんで7階に来たんですかね? 下にしか移動できないから、逃げるには向かない場所なんじゃ……?」

「そう、そこがポイントだ。爽斗、何か思いつくか?」

 理由……理由…………ううん、分からないな。


「多分だけど、調先輩が7階にいると踏んで来たんだ」

「あっ!」


「盗聴してれば始めに7階にいたことはバレてるだろうし、唐実は6階で倒されてる。このあたりをウロウロしていると考えているんだろう。もともとうちの大将が上の階が好きなことは有名だしな」

「ってことは、調さんの枕を奪うことが目的……」

 玲司さんはニヤリと笑ってみせる。


「調先輩の武器が減れば、メディック関係なしに倒すこともできる。多分、それが大山が受けてる特命だろうな」


 実際には調さんは下の階に行ってるけど、まだ敵とは遭遇していないのだろう。敵に報告が入るまでは、大山さんは7階にいる「幻想の調さん」を探すことになる。

 そして実際にいるのは玲司さんと僕。これは戦うチャンスだ。



「いいか、爽斗。距離をおいて2人で隠れて、遭遇のチャンスを待つぞ。俺の方に近づいてきたら、逃がさないようにお前も出てきて挟み撃ちだ。で、もしお前の方に近づいてきたら――」

 その作戦を聞き、高揚した僕は右の手をグッグッと握った。





 少し時間が経ったが、大山さんの気配はない。んん、さすがに急に攻撃を躱すのは難しそうだから、足音を消してゆっくり歩いてるとは思えないんだけど……。


 ひょっとして諦めて下の階に行ってしまったか。玲司さんに相談しようかと迷い始めた、その直後。



 トンットンットンッ!



 隠す気のない跳ねるような音が、猛スピードで近くの階段から上がってくる。それは「別に見つかっても逃げ切れるぞ」という自信を履いた足音だった。


 そうか、一度下に行って戻ってきたのか。



 トンットンットンットンッ!



 来る、近づいてきてる、相当速いぞ。


 さあ、僕と玲司さん、どっちの方に来る。



 …………こっちだ!



「おっと!」


 突然柱から現れた僕を前に、大量の枕を抱えた大山さんは足でブレーキをかけた。スポーツ刈りの黒髪に爽やかな笑顔を浮かべ、この状況を楽しんでいる。



「君、灰島君だっけ。枕を奪ったはずだけど……湯之枝さんか時雲君からもらったのかな」

「ええ」

 枕を2つ握って、僕は短く息を吐いた。


「君1人なら、追われても撒けるよ?」

「でしょうね。なので、追わずにここで決めます」


 左手の枕を地面に落とし、同時に枕を持った右手を後ろに振る。これまでの上手投げじゃない、腕を真横にした体勢。「練習通りやればいいぞ」と先輩達の声が聞こえた気がした。



「ああああっ!」


 腰を低く落として、右手をそのまま水平に動かす、サイドスローのような投げ方。手首のスナップを大きく利かせて、横回転する枕を放った。


 その弾は、大山さんの手前で地面にバウンドする。当たり判定の無くなる、床への跳枕。

 回転の緩まないまま、大山さんの脇を二度、三度と跳ねながら通過していった。



「残念だったね。低い弾道だと、ちょっと手元が狂うと狙いが外れちゃうから――」

「いいえ、



 枕は跳ねて、遥か先へ飛んでいく。

 それは、飛距離を伸ばし、奥にいる玲司さんに届いた。



水切り拳万パス・アンド・フライ!」

「ナイスパスだ、爽斗」

「何……っ!」


 慌てて大山さんが後ろを振り返ったときには、もう遅い。

 目を見開いて笑う玲司さん。もともと持っていた枕に加えて、もう1つの枕を反対の手に握っている。


両手で花と散れダブルシューター時間差ディレイ!」


 腕に角度をつけ、クロスさせながら両方を投枕する。

 片方は頭、片方は足を狙うその技は、2発に時間差を設けることで、更に避けるのが難しい攻撃と化していた。


「チイッ!」


 体勢を大きく崩しながら横に動き、なんとか両方を躱す大山さん。傾いた反動で、枕が1つ床に落ちた。



「爽斗!」

「はい!」


 さっき地面に置いた枕を拾い、もう一度サイドスローの構え。敵が僅かに安堵した表情を見せた。


 考えていることは大体分かる。「時雲玲司はもう1つも枕を持ってない。さっきみたいにパスしたとしても、『両手で花と散れダブルシューター』は使えないだろう」ってところか。




「食らええええっ!」




 得意な水切りを、枕投げで応用したらどうだろうか。



 床に跳枕したら攻撃には使えないけど、味方へのパスには使える。僕の視力と聴力があれば、敵が気付いていない仲間を僕だけが見つけて、遥か遠くに枕を渡すことが出来る。



 練習していく中で、「タネが割れたら、後ろに味方がいることがバレて、大した意味はないのかも……」と不安になった。でも、その心配はすぐに晴れた。


 この技の、もう1つの強みに気が付いたから。


 




「うおっ!」

 斜め上に放たれた枕が、体勢を立て直していた大山さんの腕に当たった。


「やった!」

「っしゃあ! 爽斗、ナイス!」


 喜びに震える手をギュッと握る。自分の技で、自分の武器で敵を倒すって、気持ちいいなあ……!


「参ったな、フェイクがあるとは思わなかったよ」

 苦笑しながらもみあげの辺りを掻く大山さん。


「灰島君も時雲君も、手強いね」

「こっちの台詞だっての。こっちの戦力ガタ落ちでどうしようかと思ったぜ」


 玲司さんがガッシリと握手し、続いて僕も握手した。大きな手、枕なんて幾つでも掴めそうだ。


「まあ、また戦うかもしれないけどね。とりあえず、休ませてもらうよ」



 そう言って大山さんはゆっくりと床に寝る。

 もうこの光景がシュールすぎる……戦いがあと5時間続いたら朝風呂目指して人が来るけど、これ完全に死体だよ? 大丈夫?



「俺の枕2つ以外は、全部返すよ。持って行ってくれ」

「言われなくてもそのつもりだ」


 久しぶりに枕を2つ持ち、さらに緋色さんと雪葉さんの枕を玲司さんと1つずつ持つ。3つでも結構持つの難しいぞ。5つ持ってあのスピードで走るとか、ホントにどういう運動神経なんだ。



「こちら7階、玲司。大山を倒して枕を取り戻したぞ。爽斗の技が決まったぞ」

 トランシーバーで報告すると、すぐに感謝の挨拶が返ってきた。


「玲司君、灰島君、ありがとうね。どこかのタイミングで枕を貰うわ」

「ありがと、くもっち! そーちょんも『水切り拳万パス・アンド・フライ』がうまくいって良かったぞよ!」


 嬉しいなあ。僕もちゃんと、このチームに貢献できてる。



「よし、爽斗、エレベーターで下まで行くぞ。橙利さんを探す」

「え? あ、は、はい」


 大山さんがまだいるところで宣言した玲司さんが、少し先のエレベーターに向かって歩き出す。ボタンをを押した彼に招かれるまま乗り込み、扉を閉めた。



「……でも、先に敵のメディック見つけた方がいいんじゃないですか?」


 すると玲司さんは、少し意地悪そうに口角を上げてみせる。

「俺を誰だと思ってんだ」


 そして彼は、6階のボタンを押した。


「ああやって言っておけば、俺達が7階に戻るとは思わないだろう。隠れて接近すれば、メディックのヒントを掴めるかもしれない」

 なるほど、あの言葉自体がダミーなのか。


「でも6階で降りたら大山さんも、近い階で降りたことに音で気付いちゃうんじゃ……?」


「大山は脚力に自信があるタイプだ、音で敵の居場所を把握する必要がないから、聴力はそんなに強くないだろう。とはいえ確かに、稼働音が完全に止まれば怪しまれるリスクもある。だから爽斗、覚えておけ。階段とエレベーターの違い」


 そう言っている間に、6階に着く。僕が降りた後、玲司さんは1階のボタンと閉めるボタンを押した後に狭まる出口からフロアに降り立ち、一気に下がっていく小部屋を見送った。


「エレベーターは人間じゃなくて箱が動くんだ」


 下まで降りたように偽装するのか……玲司さん、やっぱり敵に回したくないタイプの人だ。






 そのまま、大山さんが倒れてる場所から遠い方の階段から上に昇る。


「見つかると危険だ。爽斗、ここからは1人で行け。お前の目と耳があればいい。俺はここで緊急時に備える」

「分かりました」



 客室の通路を腰をかがめて走り、インテリアらしき大きな壷の横へ滑り込む。顔を出すのは危険、敵のところまで結構距離もあるけど、僕の聴力なら問題ない。


 長時間のうつ伏せで苦しいのだろう。大山さんの荒い呼吸が聞こえる。


 大将はメディックになれないから、吉野さんか八重さん、女子のどちらかだ。どっちだ、どっちだ。




 トッ トッ トッ



 足音だ。来てる、近くに来てるぞ。



 トッ トッ

 ………………………………



 クソッ、どっちも一言も話さない。近くに敵がいることを警戒してるのか。もうタッチしたのか、終わっちゃったのか。


 ちくしょう、折角のチャンスなのに、これじゃ判断できな――



 サッ



 ……何の音だ? 足音じゃない。枕……でもない。だとすると――



 ある閃きが脳天を貫く。2人がエレベーターで降りていったのを確認した後、トランシーバーの電源を入れた。



「こちら灰島。メディックが分かりました。がしました」



 箒。開戦前にそれを持っている人が、1人だけいた。



「でかした爽斗!」

 玲司さんの明るい声が響く。



「これより2年女子、八重をメディックと断定する」

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