Act.7-5 新顔の天使

 雪葉さんがやられた……。メディックがいるから復活できるけど、こっちはまだ梓沢を1人も倒せてない。今のところは、向こうの方が優勢って感じだな。


「こちら玲司、任せろ」

「こちら緋色。了解ぞよ!」


 盗聴対策で、2人同時に返事する。

 僕も同じように返事をしようと思ったけど、意味がないことに気付いた。僕が倒されてることは既に向こうも分かってるはず。その状態でメディックを呼んでるってことは、僕がメディックではないと言ってるに等しい。


 更に今回雪葉さんも復活する。大将はメディックになれないから、敵にとっては玲司さんか緋色さんに絞られてるってことだ。クソッ、まずい状況だな。



「灰島、聞こえるか、湯之枝だ」

「はい、何ですか?」

 調さんの呼びかけに答えると、彼女は6階に来てほしいと告げる。


「さっき誰かが下から登ってきたようだ。僅かだが階段の方に気配を感じた。一緒に探してくれないか?」

 下から……そうだ、唐実さん、階段に上に行ってたな。


「分かりました、向かいます」



 慎重に階段を昇る。手持ちの武器が1つ減るだけでここまで不安になるものか。自分が音を立てていないか、前後で音はしないかと敏感になりながら歩みを進め、無事に6階に到着した。



「調さん、あの、調さん。来ましたよ」

 待ち合わせの休憩スペース。長いソファの隣にしゃがむ。


「調さん、どこですか」

「おお、よく来てくれた」

「はうっ……!」


 ソファの下に潜っていた調さんが、グッと持ち上げてニュッと顔を出す。だからビックリさせないでください! 声出さないのがやっとです!


「さて、向こうもメディックを絞れつつある。こっちも反撃しないとだな」


 キツい体勢でいたのか、体を伸ばしながら左右を見渡す。長いまつげ、切れ長の目、バランスの取れた鼻と口。「ハンサム」と呼びたくなる、カッコよさと綺麗さ。


「そうか、灰島は枕を奪われたんだったな。大山はワタシ達の武器を3つ持ってるってことか」

「ええ、僕と緋色さんと雪葉さんの分ですね。そういえば、アウトになった人の武器って奪っていいんですか」


 いや、と調さんは小さく首を振る。


「3つ目以上、つまり何らかの原因で余分に持ってるものは使っていいが、本人がもともと持っている2つの枕については許されていない。通常の戦争ならそれもアリなんだろうが、この競技では死んだら2つの枕は使用不能になって、部屋に持って帰ることになっている。枕の魂も、本人と一緒に成仏するって感じだな」

「どんな感じなんですかそれ」

 例えがぶっ飛びすぎててイマイチ分かりません。



「隠れてる相手ですが、恐らく唐実さんです」

「『斬った這ったの世界ノーサイレンス・ノーライフ』か」

「でも、僕はさっき見つけているので、僕の近くは警戒するかもしれません」


「なるほど、それなら大丈夫だ」

 暗い中で、調さんの目がギラリと光る。

「ワタシが引き付ける」






 6階の休憩スペースから少し離れたトイレ。その横にある柱の窪みに身を隠す。


「ああ、まだ誰がいるのかは分からない。見つけて倒し次第、そっちへ行こうと思う。古桑はどこにいるんだ?」

 細い通路の先で、調さんがシーバーに向かって話している。


 分かりやすいその標的に向かって、床を這う生き物が1人、目を凝らすとその輪郭が見えた。見事な暗闇への擬態だ。音も立たないし、姿もほぼ見えない。真正面を向いてたら、接近してきたことも分からないまま倒されてしまうだろう。



「とにかく、メディックを見つけるのが第一歩だ。そのためにガンガン削っていこう」



 もう少し、もう少し……敵が調さんに近づいてから…………今だ!




 ダンッ!



 足を踏み鳴らす。その音に素早く反応して跳ね起きる唐実さん。ほぼ同時に、調さんが枕を太ももに向かって飛ばした。


「っとと。なるほどね、シーバーは話してるフリってわけか」


 お互いの距離は一定のまま、通路から戻るように広い場所に出た。挟み撃ち。横に逃げられないよう、僕も調さんも左右の動きに注意する。


「前後から攻撃すれば必勝ってわけじゃねぇからな」


 長身の唐実さんが首を回しながら歯を見せる。痩身なうえに目が見えないその姿は本当に不気味で、同じ高校生のはずなのに、何か得体の知れないものと対峙しているように思えた。


「そういうことは勝ってから言った方がいいぞ」


 下から前に向かって、腕を大きく回す調さん。足を開き、加速のついたアンダースローを放つ。


「よく寝な」


 フォンッという音を纏って猛スピードで風を切る、「軌道確保スケート・ストレート」。その一撃を、唐実さんは素早い足捌きで右に避けた。


「……速いな、流石に」

「俺を這ってるだけのヤツだと思ったら大間違いだぜ」


 そうだ、勘違いしちゃいけない。確かに床を移動するのも突出した技だけど、あの跳ね起き方や走るスピードのもとになる、卓越した身体能力も大きな脅威だ。


「なら、連続で攻めさせてもらおう。灰島!」

「はい!」


 そして、唐実さんを挟んで、僕と調さんのコンビネーション攻撃。僕が真正面に投げると同時に、調さんは足元に「軌道確保スケート・ストレート」を繰り出す。ぐりんと体を回し、その2発を躱す唐実さん。


 次は調さんが浮き上がる「常勝気流ライジング・ライディーン」を放ち、しゃがんで避けたところをすかさず僕が狙うが、敵は這っているときと同じようなバネで跳ね起きて避け、何もなかったかのように立ち上がった。


 その後も2人の枕を何往復かさせるが、ぶつけることが出来ない。逆に体を反りながらの反撃に、危うく当たるところだった。次にやられたら復活できない、そう考えるとつい体が強張ってしまう。




「どうした? このくらいなら当たらないのもそう難しくないぜ」


 トントンと足を鳴らしながら挑発してくる唐実さんに、調さんは細く息を吐いた。


「なるほど、ワタシのモーションが大きいのも問題だな。体を動かす準備の時間を与えてしまっている」

 そして大きく息を吸い、彼女は自信に満ちた笑みを浮かべた。



 次の瞬間、右手に枕を持ったまま、足を動かさず、思いっきり腰を右に捻る。

 遅れて揺れた黒髪が、これからの攻撃を待ち望むように楽しそうに跳ねる。


 そこから体を戻しながら、反動で大きく動く右腕で、握った枕を突き出すように飛ばした。



「うお……っ!」


 ほぼモーション無しで放たれたその弾は、心も体も構える余裕を与えなかった敵の肩にぶつかった。


「『速射砲の天使ラピッド・キューピット』、実践初お目見えだ。腕を回すよりは勢いが落ちるがな」

「……上半身のバネで繰り出したのか、やるねえ。さすが五帝、『奮迅』だ」

「ふははっ、お前の動きも相当良かった。まだ2年だろう? 来年が楽しみだな」


 そりゃどうも、と手をヒラヒラさせ、唐実さんはその場に伏した。



 ううん。これ、相手がやられた場合もものすごくシュールだな……いつもなら自室に戻るから何とも思わないけど、2人が立ってる前で普通に寝そべられると、メチャクチャ違和感ある……まあ唐実さんはもともと寝そべってるんだけどさ。


 ん、そうか。メディックを待つってことは、唐実さんはメディックじゃないんだ。


「メディック、唐実だ。6階、西側の客室通路手前。メディック、唐実。6階の西側の客室通路の手前」


 トランシーバーで報告を終え、その恰好のまま、彼は顔をグイッと上げてニタリと笑う。メディックを待っているときは話してはいけないルール。その表情が、ここでメディックを待つ気かい、と伝えてくる。



「調さん、どうしますか?」

「ああ、ここでメディックを捕らえたいが、難しいだろう。敵ももうこっちのメディック候補をある程度絞れているから、この優勢を保ちたいはずだ。我々が待ち伏せしていると判断すれば、絶対に顔を現さないだろう」

「でしょうね」

 バレるリスクがあるなら、無理に唐実さんを助けに来ることはないだろう。


「ここは近くに隠れるところもないから埋伏も難しい。今回は泳がせておこう」

「分かりました」

 正体を知るチャンスを窺いながら、他の敵を倒して選択肢を狭めていくしかないな。


「そういえば、さっき灯が復活したと報告があったな」

「ええ」

 行き先がバレないよう、唐実さんから離れて通路を抜け、西側の階段に向かう。


「緋色さんも敵と鉢合わせることはなかったみたいです」

「灯は橙利にやられたと言っていた。アイツが低層階にいたってことだ。ワタシも下に行って、橙利を探そうと思う。アイツの相手は、うちの優秀な2年生3人でもなかなか骨が折れるだろうからな」

「分かりました、じゃあ僕は上に行きますね」


 その言葉を待ち構えていたかのように、玲司さんから連絡が入る。


「爽斗、7階で大山らしきヤツを見た。大量に枕を抱えてたから間違いないだろう」

「大山さん……」


 僕も緋色さんも雪葉さんも、あの人に枕を盗られたまま。

 全て奪うのはルール違反だから、これ以上盗られることはないものの、連投できず、投げたら拾いにいかなければならず、攻撃力は著しく下がっている。


「アイツを潰して奪われた武器を取り返せる。一緒に倒すのを手伝ってくれ」

「分かりました」

 トランシーバーを切ると、調さんがポンポンと肩を叩いた。



「いいか灰島、死ぬなよ。生きてれば、必ずチャンスが来る。その時を5人で迎えられれば、一気に逆転できるぞ」

「はい。調さんも気をつけてください」

「ああ、ワタシも死ぬ気はない」


 なんだろう、生き死にを耳にするの、ちょっと慣れてきたな。マズいぞ、変な文化に染まってきてる!


「じゃあな」


 階段で調さんと別れ、階段を昇った。ちょうど7階に着いたタイミングで、再び玲司さんの声がトランシーバーから聞こえ、盗聴した内容が共有される。



「唐実、蘇生したらしい。これで向こうも5人になったな」


 雪葉さんも復活して、こっちも5人。試合は振り出しに戻った。

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