Act.7-4 メディックと怪盗

 暑い夏とはいえ、薄いカーペットの敷かれた床は割と冷たくて心地良い。ううん、でもこれ、冷静に考えるとすごい光景だよな……。



 いや、分かりますよ? 「枕が当たったら死ぬ」っていう設定だから、今って瀕死みたいな扱いだと思うんですよ。


 でもさ、これ客観的に見ると、温泉旅館の、しかも部屋じゃない場所で倒れ込んでるんですよ? 仮に、仮にですよ、これ従業員が通ったら一大事だよね? 「男子高生 湯けむり殺人事件 ~エレベーター前に倒れる少年 トランシーバーと2つの枕の謎~」みたいなサスペンス劇場始まるよね?



 さて、大騒ぎになる前に助けを呼ぼう。えっと、メディックを呼ぶときは自分の名前と場所しか言っちゃいけないんだよな。


「………………」


 言いかけて止め、トランシーバーの通話ボタンを離す。

 そうか、ルールを確認してるとき、助けを呼ばないなんて選択肢が要るのかと思ったけど、そういうことなのか。



 もし僕の呼びかけに緋色さんが返事をしたら、それを盗聴されたら、メディックの正体が分かってしまう。いや、もちろん、緋色さんだってそこは分かってるはずだから迂闊に返事をすることはないだろう。


 それでも、僕のヘルプを聞かれるだけでも怖い。それを聞いた誰かがこの近くに来たら、メディックを待ち伏せされてしまう。僕を助けるためにメディックの正体がバレるのはあまりにも犠牲が大きすぎる。


 いや、それは盗聴されなくても一緒なのか。僕が助けを求めた後に、たまたま3階に来た敵が僕を見つけたら、近くで張っていればいずれ緋色さんが現れる。ってことは逆に、僕がメディックを呼ばなければ、「いずれメディックが来るはず」と相手を一人、無意味にここに引き付けておくこともできるわけだ。


 うおお、奥が深い! メディック戦、奥が深いぞ……!



 とはいえ、仮に敵が待ち伏せしたとしても、緋色さんなら簡単には見つからないだろうし、見つかったとて討ち倒せるだろう。よし、呼ぶぞ!



「メディック。こちら灰島、3階、エレベーター付近。メディック、灰島、3階、エレベーター付近」


 言えるのはこれだけ。助けを求めるだけしかできない。


 だけどこれ、よく考えたら緋色さんがバトル中だったり電波が悪かったりしたら聞こえてない可能性もあるな。


 返事がほしいけど「オッケーぞよ!」とか言うのを盗聴された瞬間、掛戸のメディックがバレてしまう。これは難しいな……。


 そんな風に悩んでいると、玲司さんの明るい声が聞こえた。



「オッケー、分かったぞ、爽斗」


 玲司さん? なんで玲司さんが?

 その答えは、すぐに分かった。


「こちら灯。灰島君、分かったわ」

「こちら緋色。オッケー、そーちょん! ひぃに任せて!」


 そうか、何人かで返事すれば敵に盗聴されてもバレない! 頭脳プレイだなあ!


 あとは敵が僕を発見して待ち伏せされる前に、緋色さんが来てタッチしてくれれば復活できる。頼む、間に合ってくれ……!


「はあい、そーちょん!」

 早っ!



「4階にいたからね、すぐ駆けつけられたぞよ。はい、タッチ!」

 肩に触れてもらい、復活することができた。


「これでそーちょんも人間に戻れたぞよ。今まで生ける屍リビングデッドだったからね」

「瀕死じゃなくて一度死んでるんですね」

 枕投げでゾンビになったら浮かばれない。


生ける屍リビングデッドになったら味方を襲う、みたいなルールの試合も面白いぞよ! みんなこうやって『あああ……』って呻きながら歩くんだ!」


 緋色さんが冗談めかして口を半開きにし、両手を前に出して、僕に迫ってきた。


「ああああ……ああああ…………」


 ああああっ! ゾンビとかどうでもいい! 胸が! 胸が迫ってくる! さあ、襲ってくるんだ! その胸で窒息して屍になっても本望だ!


「あああああ……ちょっと、そーちょん、もう少し怖がるぞよ」

「え、あ、すみません。全然怖くないですし」

「何をーっ!」


 両手で僕の胸をポカポカ殴りながらガウガウ怒る。ううん、やっぱり小動物系の先輩だなあ。



「さてと、そーちょんはこれからどうするぞよ?」

「あ、はい。このまま上に行こうと思います。一度やられた階にずっといるのもアレなんで、ゲン担ぎというか気分転換というか」

「ん、それがいいと思う。ひぃがここに残るぞよ」


 緋色さんと場所入れ替えって感じか。


「吉野さん、強かったです」

 だろうね、と言って彼女はナハハと笑った。


「ヨッシーさんとは一戦交えたいと思ってたんだ。師匠超えぞよ!」

 気を付けてね、と握手して緋色さんと別れ、僕は階段を上がった。





「さて……」

 5階に着き、近くの敵を探しながら歩く。足音は最小限に、体重移動も注意して、床の軋む音も立てない。


 僕がいるけど僕がいないような静寂の空間の中で、先に尻尾を出した相手が一人。



 カサッ



 ……今の音……いるな……。これだけ上手に隠れられるのは、多分あの人だろう。僕だけで仕留められるだろうか。いや、誰かを呼んだ時点で気付かれる、やるしかない。


 敢えて狭くて細い通路に陣取る。近くには窓も非常口のランプもなく、およそ明かりと呼べるものは存在していなかった。こういう場所こそ、僕の真骨頂。見開いた目の、その視線は真っ直ぐ前ではなく、少し下。


 唐実さんの「斬った這ったの世界ノーサイレンス・ノーライフ」は、隠れる能力が相当高い。でも、隠れる能力があるなら、それを見破る能力だってある。「知りすぎた男セカンドサイト」と一騎打ちだ。



 カササッ



 僕のことを認識しているのか偶然なのかは分からないけど、確実に近づいてきてる。

 そろそろだ、そろそろ視界に入るはず。音を立てないように、ゆっくり武器を構える。


 …………いた!


 素早く投枕する。しかし、振りかぶったときの音で気付かれたのか、間一髪で跳ね起きられてしまい、躱された。



「驚いた。見つかるとはね」

「待て!」


 元来た道を戻る唐実さんを、投げた枕を拾いながら追う。やっぱり基本的な攻撃スタイルは不意打ちなんだな。でも今回は立て直される前に叩く!


「捕まる気はねえぞ」

「クッ……」


 普段このヒット&アウェイを特訓しているんだろう。この暗闇で何かにぶつかることもなく、かなりの俊足で僕を引き離していく。


「このっ……!」


 相手が広いスペースに出る直前に、苦し紛れに枕を放つ。後ろを向く余裕のあった唐実さんに綺麗に避けられた。


 こちらを向いたまま、伸びた前髪で目の見えない彼は、細い三日月のように弓なりに口を曲げた。



 意味を推し量る前に、その「答え」は怒涛の勢いで現れた。唐実さんが前を向いて一気に加速するのとほぼ同時、僕と彼の間を誰かが恐ろしい速さで通過していく。


 それが2年男子、ソフトマッチョな大山さんだと分かったとき、もう1つの事実にも気が付いた。


 



「奪った……?」


 手には枕が1つ、少し先には変わらず唐実さんがいるこの状況で、若干動揺しつつも頭では冷静に考えを整理していた。



 枕には敵味方の区別はない。「敵の銃だって、奪えば撃てるだろう?」という調さんのメチャクチャな例え通り、自分の落とした枕でも敵の枕でも、拾えば武器として使える。


 ただし、「敵の枕を隠して発見できなくすること」はダメ。それをやるとお互い隠し合い合戦になりかねないからだ。だから奪ったら持ち続けるか、誰かに渡すことになる。


 ちなみに「相手の枕を全て奪うこと」もアウト。2つ投げるのを待ってそれを奪えば相手は武器無しになってしまう。それではゲームが成立しない。



「もう追うのは難しいぜ。アイツの『飛んでもないものを盗んでいきましたグッバイ・ファントムシーフ』はある意味で俺より厄介だぞ」


 そう言って、唐実さんは階段の方へ向かう。追い詰めて枕を投げようとしたが、脳内に蔓延る躊躇が僕の腕を止める。


 ここで外したら、僕は武器無しの状態でその枕を拾いに行かないといけない。その好機を唐実さんが狙わないはずがないだろう。その恐怖心が、四肢を硬直させ、目だけがしっかりと上に向かう彼を捉えていた。


 そうか、こうやって僕の攻撃を弱体化させるのが目的か。でも、奪われたのが僕の枕で良かった。調さんのとかだったら大きなビハインドになってた。



「こちら5階、灰島。唐実さんと戦ってる途中、大山さんに枕を1つ奪われました。敵の技は『飛んでもないものを盗んでいきましたグッバイ・ファントムシーフ』です」


 トランシーバーで報告する。玲司さんあたりから「了解」と言ってもらえるかと思ったが、代わりに聞こえてきたのは緋色さんの声だった。



「こちら3階、緋色。ひぃも枕を奪われたぞよ! オヤマンを見つけて投げたら避けられて、それを持っていかれた!」

「え……」


 自分が冷静でないことに気が付いた。大きな誤解をしていた、あの体格を見て気付くべきだった。


 どうして、僕のものだけだと思いこんでいたんだろう。あの筋力と脚力なら、他の人の枕を奪っても変わらず走れるだろう。



「こちら1階、灯。私も枕を1つ盗まれた。橙利さんが来てるから枕1つだと危険だわ。タイミングを見て隠れようと思う」


「こちら爽斗。交戦中のみんな、いつ大山が出てくるから分からないぞ、気をつけろ。あと、大山を見ても迂闊に枕を投げるな」



 床から狙う唐実さん、武器を奪う大山さん。クソッ、いやらしい戦術だ……!


 そして、その戦術が効果をあげたことを、雪葉さんの声で知る。



「メディック、こちら灯、1階、宴会場横の通路」

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