Act.7-3 忍び寄る影

「こちら、灰島。3階、エレベーター近くのままです」


 開戦してしばらく経ったものの、まだ敵も味方も近くにはいない。チャンスとばかりに目を見開き、闇に慣れる。


 エレベーターも稼働するときだけ階数のランプがつくのか、光を発していない。非常口も近くにないから、この辺りは本当に果てのない闇が充満していた。


「こちら5階、玲司。さっきの桑の報告からすると、2年女子の八重が3階から1階のどこかに向かう可能性がある。爽斗や雪は注意してくれ。あと、俺も橙利さんらしき人を一瞬見たけど、すぐに消えてしまった。調先輩、ここから動くとすれば、上にいる先輩を真っ先に潰しに行くことも考えられます。気を付けて下さい」

「こちら7階、湯之枝。了解した。ありがとうな、時雲」



 2人の話を聞きながら、改めて玲司さんの凄さに驚かされる。


 誰がどこにいるか、どこに向かっているかを覚えて指示を出すだけなら僕でも多少は出来そうだけど、自分が隠れつつ、索敵しつつそれをやるのはとんでもない能力だ。


 「玲司さんなら全ての情報を記憶・整理して教えてくれる」という信頼があるから、相手の動きに動揺することなく、しっかりと作戦を立てられる。



「こちら緋色、4階に来たけど敵はいないぞよ。早く戦いたくて仕方ないぞよ」

「緋色ちゃん、落ち着いて。これは紛れもない戦争よ、心を乱したら命はないわ」


 雪葉さんがシーバー越しに冷静にコメントしてるけど、多分間違ってるところが2つあって、紛れもなく戦争じゃないし、心を乱しても命はきっとある。


「緋色さん。上にいるのか」


 静かすぎる分、いつ誰が襲ってくるか分からない恐怖が足元にすり寄る。

 独り言で気を紛らわせながら、首をゆっくり左右に振った。敵はいない、敵の影もない、足音もない。

 今1人見つけたら、緋色さんに報告して一緒に倒せれば、先手で梓沢を崩せ――



 スッ



 微かに、微かに音がした。風だろうか、風だとしてもおかしくはない。そのくらいの音量。どこで鳴ったかも定かじゃない。

 焦る心で目と首を忙しなく動かす。どこにもそれらしき敵はいない。



 ススッ



 何かを擦るような音が、また聞こえた。ってことはやっぱり風じゃない。誰かがいる。心臓の鼓動が速くなる。体全体で動き、隠れているであろう敵をサーチする。


 たまたまそこに視線がいかなかったら、僕はすぐに倒されてしまったかもしれない。


「……え、あ……えっ……!」


 目線は遥か下、床。何者かが、つくば



「気付かれたか」


 こちらの声に反応した相手が、跳ね上がるようにして立ち上がった。185はある長身に、目が隠れるほどの黒髪長髪。2年生の男子、唐実さん。


 彼はその体勢から、手に持った枕を投げる。


「うわっ!」

「チッ、外したか」


 そう呟くと、すぐに走って階段の方へ走って行ってしまった。あまりにも急な出来事に、しばし呆然とする。



 な、何だったんだ……床を移動するなんて……いや、それよりも驚くべきはあのステルス能力の高さだ。枕を持ってるのに、ほとんど音がしなかったぞ。


 でも、床を見てれば、ある程度近づいてくれば分かるよね? タネを知っちゃえば、そんなに怖くないんじゃないか……?


 と、イヤホンから緋色さんの声が耳に飛び込んできた。


「こちら4階、緋色! 今、カラミンが床這って襲ってきたぞよ! ビックリしたぜ!」

「あ、すみません緋色さん! 僕もさっき同じ襲われ方しました。すぐ共有しておけばよかったです」

「そーちょん、大丈夫! 攻撃は躱したぞよ。向こうにも避けられちゃったけどね。あの跳ね起き方、カッコ良かったなあ」



 やっぱり這って移動してるんだ。でもこれで他の3人も分かっただろうし、もう恐るるに足らず――


「厄介だな」

「ええ、湯之枝さん。かなり面倒ですね」

 調さんと雪葉さんが、少し低い声で漏らした。



「え、厄介、ですか……? 調さん、這ってくるって分かってれば――」

「灰島、それ自体が既に敵の術中なんだ」

 僕の言葉を遮って、調さんが続ける。


「『敵が床にいる』ってことは、これまで真っ直ぐだけ見てればよかったものが、下も見ないといけなくなったってことだ。それだけでワタシ達の注意力が分散させられる」

「あっ!」


 そうか、そういうことか。「トラップがある」という事実だけで相手の動きを鈍らせることができるのと一緒だ。


 攻撃を受けそうになっても跳ね起きて回避できるし、メディック戦なら1回やられても復活できる。

 かなり長い間、僕達の視線は左右だけじゃなくて上下に動かさないといけない。確かに、これは結構ストレスのかかる作戦だ。



「ワタシも噂には聞いていたけどな。音を立てずに這い回る、唐実の『斬った這ったの世界ノーサイレンス・ノーライフ』。ククッ、なかなか面白い」


 ワクワクが止まらない、と言わんばかりの調さんの反応。シーバー越しでも、口元がニヤけていることが分かった。


「こちら玲司。唐実は急襲して当たらなければ逃げる、って感じでヒット&アウェイで来るようだな。各自、床には十分注意してくれ」

「くもっち、了解ぞよ!」

「分かりました、玲司さん」


 いつまた襲ってくるか分からない。これまで以上に注意しながら移動しないとな。


 さて、もう一度索敵しよう。中層階のこの辺りに、そろそろ敵が現れてもおかしくない。



 目を瞑って耳をすませる。歩く音や浴衣が擦れる音を拾いに行く。



 …………トンットンッ



 聞こえた。さっきまで聞こえなかった音。こっちに一直線に向かってきてないから、僕の話し声を聞いて倒しに来たというわけじゃなさそうだ。


 近い、そろそろだ。この辺りは隠れるには向かない。一旦撒いてから、トランシーバーで報告して誰かと合流しよう。


「おっ、見っけ! 灰島君、だっけ」


 広いスペースで対峙したのは、赤い髪の3年女子、吉野さん。

 さすが3年生、話し方に余裕があるし、かなり強そうだ。結構小柄だからすばしっこそうだけど、一撃投げて向こうが避けた隙に走れば、逃げ切れるかな。


「いきますよ」

 枕を構えたとき、トランシーバーから雪葉さんの声が聞こえてきた。


「こちら1階、灯。今、吉野さんが攻めてきたわ。お互い一旦引き分けて、向こうは上に向かっていった。灰島君、3階に行ってる可能性もあるわ、気を付けて」


 ええ、雪葉さんの予想通り、ここにいますよ。でも「気を付けて」と言われてもこの状況では退けない。大きなリアクションで躱してもらい逃げるスキが出来るよう、走って距離を詰める。


「おっと、やる気だね!」


 彼女も同じく壁に向かって走り、一定の間合いを取った。よし、投げたら急ブレーキかけて階段の方に引き返そう。


「せいっ!」


 斜め下に向けて、渾身の一投を放つ。ちょうどそのタイミングで、イヤホンから流れる、焦ったような玲司さんの声。


「おい、爽斗、吉野さんには要注意だ」


 壁に近づいた目の前の彼女が、一瞬こちらを振り向く。その表情は、「来てみなよ」という挑発めいた笑顔。


「やっ!」


 壁に向かって跳んだ吉野さんは、その壁を蹴って、宙へ飛んだ。




 玲司さんの一言で、全てを悟る。ああ、この人にとっては重力なんて、有って無いようなものなんだろう。

 それは本当に、緋色さんのように。



「『やめられない悪壁ドール・オンザウォール』、三角跳びは最高だねえ」


 メチャクチャな高度を保ちながら僕の攻撃を避けた。そして、逃げようとした僕との距離はあっという間に0になる。


「よっ!」


 投げられた枕は、僕の太ももに鮮やかにぶつかった。



「……さすがです。緋色さんの師匠らしいアクロバティックな攻撃ですね」

「へへ、緋色は活躍してるみたいだねえ。君がメディックかは分からないけど、メディックじゃないなら復活してまた会おう。じゃあね!」


 そのまま悠々とエレベーターのボタンを押し、上に昇っていく吉野さん。

 そして僕は早くも、その場に伏せて、復活を望むだけの存在になった。

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