Act.6-8 フラッグの行方

「よっしゃ、2人目!」

「うわああん、ヨウくーん!」


 緋色さんの攻撃を躱したスキに僕が後ろから当て、二池さんも倒すことが出来た。2年生カップル、完全撃破だ。


「これで後は……扉さんだけですね」

「うん、あかりんとはまだ連絡つかないし、とりあえず2人でフラッグ探すぞよ」


 他のエリアを調べるため、広いスペースを抜けようとした、その時。


「クカカッ! 見ぃつけたぁ!」


 纏わりつくような喋り方、気配を隠す意思の見えない荒い息、時折聞こえる歯をカチカチ鳴らす音。

 敵将にして五帝、「不動」の三条扉さんが、ゆっくりと歩いてきた。



「湯之枝さんはきっちり始末できたんだけどさあ。もう1人の子は倒す寸前で逃がしちゃったんだよねぇ。イヒッ、面白い武器いっぱい持ってる子だったなぁ!」


 そうか、やっぱり調さん……でも、雪葉さんは生きてる。良かった。


「トビーさん、倒させてもらうぞよ!」


 さっきと同じように、敵が狙いを定めにくいように走り出しす緋色さん。そこから急ブレーキをかけ、反対方向にヨコ宙返りを繰り出す。


ヨコ宙返りは涙の味ソルティ・サマーソルト!」

「うおおおっ!」


 緋色さんと一緒に、僕も扉さんに向かって投げる。2発同時なら、避けるのも難しいはずだ。


「クハッ! いいねぇ、とぉぜん、そう来るよねぇ!」

 紫の髪から見えている右目を、楽しくて堪らないというように見開いた。


「でも、それじゃあ『変幻自在の柔軟罪カミング・ハミング』は崩せないなぁ!」


 グワッと後屈し、緋色さんの一撃を避ける扉さん。そして、その後屈を保ったまま右に大きく上半身を振り、僕の枕も躱した。

 何だあれは……緋色さんも人間離れしてるけど、扉さんも人間の動きじゃない……。


「かぁらぁのぉ?」

 ……マズい! 枕を持ったままだ!


「緋色さん、避けて!」

「おうよっ!」

「キャッハーッ!」


 後屈から戻る反動で投げる弾は、猛スピードで僕の方へ向かってくる。調さんと一緒に戦って技を見ていなかったら、ベタリと地面を這って回避することも出来なかっただろう。


「ざぁんねん! アハッ、次はどっちからいくぅ? またこっちから投げようかぁ?」


 髪を振り乱しながら笑う扉さん。不気味なその様相に、思わず体が一歩退いてしまう。


「そーちょん」

 隣の緋色さんが、向こうには聞こえない小さな声で話し始めた。


「先に行ってフラッグを探すぞよ。正直、この人を倒すのは容易じゃない。ひぃに出来るのはせいぜい足止めぞよ」

「でも、緋色さんが負けたら……」


「ひぃは別にいい。今は、勝つためにはフラッグしかないんだから。そーちょんの目なら、きっと見付けられるぞよ」

「……わかりました」


 向きを変えようとした、その時。


「キヒッ、逃げる気だねぇ?」


 刺すような扉さんの右目。その手はゆっくり大きく持ち上げられていて、僕が動けばすぐに倒しにかかる、そういう宣戦布告そのものだった。


 クソッ、扉さん、怖い人だけど技も勘も一流だ。これじゃ動けない。緋色さんが庇ってぶつかってくれたとしても、すぐに追いつかれて僕も終わりだろう。



「戦ってねぇ! 逃がさないからねぇ、クシシシシシシッ!」

 探さなきゃ、探さなきゃいけないのに……



 ポフッ



 扉さんの奇怪な笑い声に混じって、聞き覚えのない音を耳にした。聞き間違いだろうか。いや、そんなはずはない。自分の耳に自信を持つんだ。


 扉さんの更に後ろから、何かを叩いたような音だった。枕……いや、あんな軽い音じゃない。もっと柔らかいもの。それにあのタイミング、聞き分けられるのは僕しかいない……


 斜め下を見ていたが、考えられる可能性が見つかり、真っ直ぐ前を見る。そこに見えた光景に、僕だけが、胸の中でガッツポーズした。



 ヒュオウッ!



「……あぁ?」

 背後から自分の横を通った白い塊を見て、攻撃元を振り向く扉さん。


「『彼女の隣に偽枕シーサイドシーツ』 安心して、それ、枕じゃないから。ちょっと脅かしただけ」

「あかりん!」

 雪葉さんが、枕を持って微笑んでいた。


「緋色ちゃん、遅くなってごめんね。見つからないように隠れてたの」

 そのまま目線を僕に移す。



「灰島君、フラッグ探し、お願いね」

「はい!」

「ねぇ、待ちなよぉ!」

 叫ぶ扉さんに、雪葉さんが優しく枕を投げる。


「あら、アナタの相手は私と緋色ちゃんよ」

「掛戸の2年生女子コンビ、甘く見てもらっちゃ困るぞよ!」

「……キヒッ、2人まとめて、かかっておいでぇ!」


 標的を変えた扉さんが、両手に枕を持って襲いかかる。その隙に僕は、全速力でその場から離れた。




「どこだ、どこだ! どこだ!」


 探せど探せど、目当ての旗は見つからない。ここにも、あの横にも、あそこの裏にもない。トイレ? いや、入るのに制限があるところはルール違反だ。


 他のフロアはほとんど虱潰しに探した。扉さんもここに降りてきたし、朝野さん・二池さんのカップルもいた。絶対ここにあるはずなんだ。それなのに見つからない。ってことはやっぱりどこかを見落としてるのか。


『うちの女子みたいに特殊な攻撃スキルがないなら、俺達は洞察力も活かして戦わないとだからな』


 玲司さんの言葉を思い出し、深呼吸。焦るな、焦ったからって見つかるものじゃない。

 考えろ、しっかり考えろ。 



「………………待てよ」

 その閃きに、僕は一番近い階段に向かって走り出した。




 一癖ひとくせ二癖ふたくせもある扉さんが、2階に降りてきた。

 ひょっとしてそれは、


 フラッグの場所をミスリードし、更に何かあれば本当のフラッグに向かえる、そんな位置取り。


 もし、もしそうだとすれば。僕達にはもう1つ、ほとんど調べてない階がある。



「よし!」


 3階に着き、早足で慎重に探していく。雪葉さんと緋色さんが、僕が見つけるのを待って扉さんを足止めしてくれている。僕はその期待に応えなきゃ。



「…………あ」


 近くの観光先のパンフレットや割引券がたくさん入っているラックを通り過ぎようとして、足を止める。


 ラックの右上のカゴのようなスペース、何かのパンフレットが筒状に丸まって入っているその横に、別の似た物が見えた。


 筒のような、否、棒のようなもの。棒からは、少し布が垂れている。


「ったく、探したよ」


 暗闇で見つけてくれた自分の目に感謝しながらその青い旗を手に取り、トランシーバーを繋いだ。



「こちら3階、灰島です。入沼のフラッグを見つけました」


 少しだけ時間をおいて、部屋で待機してるであろう調さんから、嬉しそうな声が返って来た。



「よくやったな、灰島!」

「っしゃあ! 爽斗、グッジョブ!」


 玲司さんの雄叫びも聞こえる。戦いを止めたのか、残ってる2人からも祝福が届く。


「そーちょん、よくやったぞよ!」

「助かったわ、扉さん抑えきれるか分からなかったから」

 ふう、何とか勝ったぞ……。



 戻る途中、4階で寄り道。大きな観葉植物の前に立つ。


 幾つにも分かれた枝、その枝らしき木が、不自然に並んでる場所。

 片方からは、よく見ると、青い布がチラッとぶら下がっている。


「隠れててくれてありがとな」

 掛戸の旗を回収し、みんなが待つ部屋に向かった。




***




「いやあ、すまなかった。三条は強かったな。途中で朝野・二池のカップルも援軍に来たんで、さすがに負けてしまった」

「いやいや、調先輩、3対1で多少なりとも互角にやれるのがすごいですって。俺も扉さんにやられました。相変わらずえげつないですね、あの軟体攻撃」


 勝利の心地良さに包まれて熟睡し、チェックアウト。帰りの電車でもうひと眠りしよう。


「去年の桔梗杯で負けた雪辱を果たせたからな。入沼とはこれからも良いライバルになりそうだ――」


 旅館の入口で調さんが喋るのを止める。


「ゆーのさん、どうしたぞよ?」


 そう訊いた緋色さんも、彼女の目線の先を見て口を結んだ。1人の男子が立っている。


 パーマのきいた黒髪は、僕と同じくらいの長さ。

 割と細身で、握りこぶしを口に当てて、軽く咳をしている。



「シーラ、勝ったんだね、おめでとう」

「そっちも勝ったんだな、トーリ」


 トーリ? ……トーリ! じゃあこの人が、五帝最後の1人、「瓦解」の桐ヶ谷きりがや橙利とうりさんなのか!


「早めに桔梗苑から戻ってきて、この周りを散歩してたんだ。僕の家、ここから近いからさ」

「今日の試合は出たのか?」

「ああ、うん。久々に体調が良いからね。今度の決勝も出られそうだよ」


 彼がそう言うと、調さんは満足気に笑う。

「そうか。久々に戦えるのを楽しみにしてるよ」


 橙利さんは軽く微笑み、咳をしながら「じゃあ」と桔梗庵を出ていった。

 今の人が橙利さん? なんかあんまり強くなさそうだな……。



「梓沢、烏丸とのフラッグ戦には殲滅で勝ったらしい。圧勝だったみたいだな」


 調さんの言葉に、僕は思わず彼女の方を見た。殲滅?

 あの隆司さん率いる烏丸に圧勝だって……?



「覚えておけ、爽斗」

 橙利さんの後ろ姿を見ながら、玲司さんが目を細める。



「怖くなさそうに見えるヤツが一番怖いってのは、よくある話だ」


 かくして、掛戸高校は準決勝で入沼高校を撃破し、来週、梓沢あずさわ高校と優勝を争うことになった。

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