Act.6-7 ヨコ宙返りは涙の味

「あかりん、今は何階にいるの?」

「2階にちょうど来たところよ。さっきまで1階で向こうの朝野君・二池さんのカップルと追いかけっこしてたの。今はいなくなったみたい」

「そっか。タッグで攻撃してくるのは厄介そうだぞよ。片方だけでも仕留めないと」

「あら、緋色ちゃん。片方だけなんて可哀想よ。葬るなら一緒の方が向こうもきっと喜ぶわ」


 毎度のことだけど、この人達これが枕投げってこと分かってんのかな……。


 恐ろしい2人の会話に苦笑いしていたとき、雪葉さんが小さな声で叫んだ。

「あっ! エレベーターがここで!」




「…………え? どうしたの、あかりん?」

「雪葉さん?」


 そこから先、彼女の声はプッツリと途切れてしまった。


「緋色さん、どういうことでしょう?」

「わからないぞよ。誰かに襲われたりしたのかな……」


 ダメだ、玲司さんも雪葉さんも頼れないんだ、自分でしっかり考えないといけない。


 エレベーター。そういえば今、エレベーターが降りていったな。雪葉さんのいる2階で降りたって――


 そう気付いたとき、思考は深く、深く、脳内で根を伸ばし始めた。


 

 さっき、エレベーターの昇る音がした。6階を探すのに夢中になっていて意識しなかったけど、あれは誰が動かしたんだろう。誰が昇るため、そして降りるために使ったんだろう。


 パッと思いつくのは、あの敵のカップルが別の階を探すために昇り、2階に行くために降りた、ということ。


 別の階……いや、待て。昇る音を聞いたってことは、7階に行ったってことだ。あそこには調さんと扉さんが――


 ある、イヤな予想に行き当たる。考えたくないその可能性を確認するため、僕は6階の階段からこっそりと7階に顔を出した。



「ウソだろ……」


 誰もいない。五帝の2人、「奮迅」も「不動」も、どちらも姿が見えなくなっていた。


「調さん、聞こえますか? 灰島です。いたら返事してください、調さん!」

 何度か呼んでみたものの、イヤホンから流れるのは静寂だけ。


「そーちょん、ひょっとしてゆーのさん……」

 ええ、と頷き、僕の仮説を口にする。


「扉さんにやられたかもしれません。あるいは、扉さん・朝野さん・二池さんに」



 朝野さんと二池さんが7階に昇った。それは、調さんを倒すためなんじゃないだろうか。

 あるいは、7階に行った時点で既に調さんはやられていたのかもしれない。ひょっとしたら、朝野さんと二池さんは何もしていなくて、扉さんが降りるために7階から呼び寄せたのしれない。



 大事なのは2つ。おそらく調さんは部屋に戻っているだろう、ということ。そして、1人であれ、あのペアと一緒であれ、扉さんが2階にいる可能性が高いということ。



「でもそーちょん、何で2階にトビーさんが……?」

「僕が思いついた理由は1つだけです。そこに近づいた敵を倒すため」

「……っ! ってことはそこにフラッグが!」

「はい、可能性は高いと思います」


 そして、その3人集まっているとしたら、雪葉さんも危ない。いや、まだ残っているのかどうかも分からない。



「よし、そーちょん、5階まで降りてきて! 一緒に2階に行くぞよ!」

「はい、分かりました」


 トランシーバーを切って無事に合流し、最終決戦の場、2階へと階段を降りていく。


「今日一緒に戦うのは初めてだね、そーちょん」

 階段の後ろから楽しそうな小声で話され、振り向きながら答える。


「そうですね。緋色さんと一緒なら百人力――」


 言葉を失い、唾を飲む。段差の関係で、目線とちょうど同じ高さにある、その反則バストに。


「だっ……どっ……!」

「だど?」



 ひゃ、ひゃ、百人力! 正に百人力! 並の女子が百人束になってもこの大きさの魅力と魔力には勝てないんじゃないか。何ですかその低反発っぽい感じ。枕ですか、これ枕なんですかひょっとして! 緋色さんズルい、手持ちに加えて胸元にも2つ持ってるなんて!



「行き、行きましょう!」

「うん、そーちょんが進んでくれないとひぃも行けないぞよ」

 興奮と緊張で右手と右足が同時に出ました。転げ落ちるかと思いました。





「さあて、敵さんはいるかな?」

「フラッグ探しながら歩きましょう」


 2階に着いて、またキョロキョロと見回しながら巡っていく。

 壁の窪み、置物の裏、足専用マッサージ機の中。隠せるポイントはそんなにないはずと思いながらも、なかなか目当てのものは見つからない。



「無いですね……」

「そんなに簡単に見つかるものじゃないぞよ。『民衆を導く自由の女神』とかいう絵だって、革命を成し遂げてようやくあの旗を手にしてるんだから」

「そこと比べますか」

 規模が違いすぎやしませんか。調さん、ああいう旗掲げるの似合いそうだけど。


「扉さんがどこにいてもおかしく……シッ!」


 口に人差し指を当て、お互いの会話を制した。耳をすませる。少し遠くから微かに、足音らしき音が聞こえた。


「隠れましょう」


 背丈のある観葉植物の鉢植えの横に、いつでも攻撃に転じられるように枕を持ちながらしゃがむ。


 やがて、あと数歩まで近づいてきた。よし、急襲すれば、戦わずに倒せるかもしれない。



 緋色さんの肩を叩いて教えると、彼女はニッと笑う。

 プラチナブロンドのショート、そこに飾られた青色のリボンを戦闘開始の合図のように鳴らし、バッと飛び出した。


「いやっほう!」


 愉快そうに放ったその攻撃の直後、「あっぶねえな」と笑う声が響いた。


 後を追って顔を出すと、そこには朝野さん、二池さんの2人。1階で雪葉さんと一緒に逃げ回ったけど、顔を見たのは試合開始前の顔合わせ以来だった。



 朝野さんはワックスでクシャクシャに遊ばせた無造作ヘア、二池さんはストレートのロング。髪の色は、お揃いで合わせたんじゃないかと思うほど似ている茶髪。



「ねえ、ヨウ君。2人いたよ。倒しちゃおっか?」

「奇遇だな、俺もユイと同じこと思ってた。2人とも、楽しませてくれよ」

 その挑発に、緋色さんは「バカップルめ」と目をバチッと見開く。


「こっちの台詞ぞよ!」


 朝野さんの攻撃をバク転で躱し、助走をつけて跳ぶ緋色さん。幅跳び、にしては恐ろしいほどの滞空時間で一気に相手との距離を詰め、空中から渾身の力で投げつける。


「『愛ある月面歩行ハネムーンウォーク』、喰らうぞよ!」

「クッ……!」


 滑るように地面に伏せて、二池さんが避ける。朝野さんが反撃する前に緋色さんは地面を蹴って後退し、十分な間合いを取った。



 朝野さんがポンッと枕を叩きながら、歯をカチカチと鳴らす。


「そっちばかり見せ場じゃつまんないからな。今度は俺達の番だ」

 言いながら振りかぶり、投枕する。真っ直ぐに、僕の方に向かって飛んできた。


 よし、スピードも大したことない。これなら体を捻れば避け――

「ヨウ君にくっつくわ」


 ドンッ!


「っとと!」

 緋色さんが慌てて横に跳ぶ。その僅か横に、2つの枕がドサッと落ちた。


「残念、当たると思ったのに」

 ドッキリ企画が成功したかのように、ニマニマとした笑みを浮かべる二池さん。


 朝野さんの枕に自分の枕をぶつけて、弾道を変えた……?


「えへへ、『進路装弾クラッシュ・オブ・ラブ』、カップルならではの技でしょ?」

 なるほど、息の合ったコンビネーション、ってわけだ。



「へえ、やるねえ。さすがに予選でブロック1位だっただけのことはあるぞよ」

 立ち上がった緋色さんが、枕を持ちながらトンットンッと後ろへ跳んでいく。


「ひぃも負けてられないね! そーちょん、肩!」

「はい!」

 名前を呼ばれ、すぐに中腰になって肩に力を入れる。


「おりゃあああ!」

 再び助走、そしてさっきと違い、今度はほぼ真上に跳んで、僕の肩を踏みつける。


「行こうか!」

 天井の高い旅館だから、宙を舞う緋色さんの画はよく映える。見上げるほど高い場所から、グルグルと何重もの前方宙返りを披露し、その途中で体から枕を吐き出す。十八番の技、「回って放ってローリングドール」を繰り出した。


「うりゃっ! そーちょんも!」

「せいっ!」

 緋色さんと同時に僕も持っている枕を投げた。その2つが同時に、二池さんを襲う。


「ユイ、危ねえ!」

 朝野さんがグイッと腕を引き、間一髪でその攻撃から守った。



「あ、ありがと……ヨウ君……好き……」

「ったく、ユイはトロいからよ……俺がいてやらないとダメだな」


 なんだこの居た堪れない空間は……絵に描いたようなラブラブっぷりを見せつけられている……これも精神を混乱させる作戦なのか……。



「さあて、こっちもお返し、ねっ!」


 今度は二池さんが攻撃してきた。精度を高めるためか、アンダースローで放られた枕は、またもや僕に向かってくる。

 なんだ、どうする気だ? また緋色さんの方に曲げるのか?


「おらよっ!」


 ドスッ!


「おわっ!」


 朝野さんが投げた弾は、真っ直ぐに彼女の弾を後押しした。方向転換ではなく、加速。必死に倒れ込んで、その攻撃を避ける。


「おおっ、惜しかったな、ユイ!」

「んもう、ヨウ君のヘルプのおかげだよう。ありがとね」

 クソッ、色々調子狂うな……。


 でも、「進路装弾クラッシュ・オブ・ラブ」が強いのは間違いない。烏丸の隆司さんの「遠隔相殺イコールゼロ」の攻撃版って言ったところか。

 あそこまで鮮やかにぶつけられると、いつ自分に枕が向かってくるか、全く読めないも同然だ。



「ははっ、どうだい、2人とも! 俺達を倒すのは苦労するぞ!」

「……そうでもないぞよ」


 いつもより一段階低いトーンでそう言いながら、緋色さんがグリンと首を回した。



「そーちょん、そろそろケリつけるぞよ。あかりんが心配だし、それに」

「それに?」

「見ててなんかイライラする!」

 あ、やっぱりですか。僕も同じです。



「あさぴんもふーたんも息が合ってるぞよ。さすがバカップルぞよ」

 また勝手にあだ名つけてる……誰も呼んでないのに……。


「でも、結局2人で1回の攻撃しか出来ないってことだ。そして……」

 落ちている枕を拾い、横に向かって走り出す緋色さん。


「一投目でから、急な方向転換に弱い。特に」


 二池さんが狙いをつけようとしたとき、彼女は急にブレーキをかける。


「うわっ……!」


 ブレーキをかけてつんのめり、戻る反動を利用しての、ヨコ宙返り。

 真っ直ぐ相手を見据えたまま、緋色さんは雑技団のように鮮やかに上下反転した。


「やっ!」


 その体勢から器用に投げた枕は、二投目を投げようと構えていて回避が遅れた朝野さんの肩に当たる。


「緋色さん!」


 着地した緋色さんに声をかけると、彼女は2人を見て満足そうに腕を組んだ。



「『ヨコ宙返りは涙の味ソルティ・サマーソルト』、2人とも楽しめたようで良かったぞよ」

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