Act.6-6 動く敵、動かぬ敵

 トンットンッ トンッ トンッ 



 なんだ、また足音? 敵か? 味方か? どっちだ?

 悩んでいると、小さい声が聞こえた。


「ヨウ君、あっちで音しなかった?」

「ああ、したな、ユイ。ちょっと行ってみるか」


 そして遠のく2人の気配。た、助かった、のか……?


 でもさっきの、誰の足音なんだ?


「灰島君」

 その声は、静寂でもびっくりするくらいはっきりと拾うことができた。

 敵が遠くに行ってから、小さな小さなボリュームで届いた、雪葉さんの声。


 彼女のいる場所を、音の方向から探す。階段横、手すりとお土産屋の狭間の空間に、すぐ立ち上がれるように中腰になっている浴衣女子が1人。



「雪葉さん」


 敵と大分距離が離れたことを確認し、転がり込むようにその空間に移動する。


 うっわ……うっわ……こんな近い距離で目にする水色の色浴衣……袖から見える色白の腕と、少し捲れた裾からしっかり見える足……浴衣ってすごい! 考えた人すごい! この部活すごい! 合法的に浴衣女子と一緒に過ごせる!


「どうしたんですかこんなところで」

 爆発する喜びを抑えて頭を試合に戻す。


「エレベーター降りるのが見えたから、気になって2階から階段で降りてきたの。そしたら真正面に灰島君がいたから」

「それで助けてくれたんですね」

 嬉しいなあ、僕のこと考えてくれてたのかなあ。


「戦争だもの、メンバーが死ぬのは大きな打撃だから」

「やっぱりそこなんですね」

 兵卒として大事にしてくれたんですね。



「でも、わざと動いて足音立てるなんて危険な真似しなくても……」

「ああ、違うわよ。あれは――」

「シッ!」

 言いかけた雪葉さんを遮る。あの2人分の足音が、再び近づいていた。


「来ます」

 コクンと頷いた彼女は、浴衣の帯の内側にギュッと手を入れ、2つの円形状のものを取り出した。あまり単体で見ることないそれは、


 それを両手に持ったまま、腰を大きく落とす。そして。



 トンッ トンットンッ トンットンッ



 その蓋で奏でられたのは、さっき聞いたあの音。


「ヨウ君、なんかまた誰かいるよ!」

 足音を、偽装してる……!


「ああ、どこかから後つけられてるかもな」

 すかさず雪葉さんが大きく移動し、そこで同じように音を鳴らす。


「あっち! あっちだよ!」

「ユイ、枕構えてろ。行くぞ」

 僕がいる場所から離れるように、また2人の声が遠くなっていった。


 程なくして、雪葉さんが戻ってくる。


「『急須れば通ずポット・ステップ』、攻撃技じゃなくて接触回避技ってところかしら」

「技の幅が広いですね……」

 トリッキーすぎる……音も足音そっくりだったぞ。



「と、とにかく助けてくれてありがとうございました」

「ううん。それより、多分このフロアには無いと思うわ」

「ですね、別のフロアを探してみます」

 その言葉に反応するように、トランシーバーが目を覚ます。


「こちら7階、湯之枝だ。灰島、聞こえるか」

「あ、はい、1階灰島、聞こえます」

「7階に誰か敵がいるようだ。一緒に探してくれないか」


 誰か。その正体は分かっている。入沼は残り3人で、カップルは1階にいる。ってことは、残りは敵将しか、三条扉さんしかいないじゃないか。


「分かりました、向かいます」

 通信を終えて、音を立てないように屈伸した。


「ちょっと上に行ってきます。7階までだから、結構階段登りますね」

「あら、灰島君」

 口をニッと結んで、少しイタズラっぽく笑う雪葉さん。

「もっと速く行ける方法、あるわよ?」



「うわっ、やっぱり速いなあ」

 一気に7階まで向かうエレベーターに乗りながら、感嘆の呟きが漏れた。


 確かに、朝野さん・二池さんが降りてきたってことは、エレベーターは1階で停まってるわけで、使わない手はなかった。乗り降りのときに誰かと遭遇したらどうしようかと考えたものの、それは階段を使っても変わらない。すぐに調さんのもとに行けるならこっちの方が良い。


 いや、でもドアの前に敵が立ってたらどうしよう……想像したらメチャクチャ怖くなってきた……!


 階数表示がカウントアップされていく。5……6…………7! ええいっ、行くしいかない!



 ドアが開き、すぐに襲われなかったことに安心しながら床に一歩踏み出す。そこでは。


「クカカカッ! 湯之枝さぁん、いいですねえ! 強い強い!」

「三条も、さすがだな。五帝になるだけのことはある」

 既にもう、大将同士の戦いが始まっていた。


「灰島、すまない。アイツの方から来てな、呼ぶ必要なかった」

「あ、いえ大丈夫――」

「湯之枝さぁん! よそ見してるヒマ、ないでしょお!」


 僕の言葉を遮る、三条さんの叫び。

 パーマで綺麗にカールしている紫色の髪は相変わらずおでこの左側にダラリと伸び、左目を完全に隠している。

 片目だけで戦って五帝になる……どれだけ戦闘能力の高い人なんだろう。



「食らえ、三条!」


 調さんが上手うわてで投枕する。アンダースローでなくても十分なスピードと威力を持つその一撃は、一直線に敵の胸を目指していく。



「キヒッ!」


 目を疑った。三条さんが避けたから。

 しゃがむことも左右に移動することもなく、



「調……さん……」

「灰島、今のだ。。五帝、『不動』の三条扉」

「イヒッ、この技、『変幻自在の柔軟罪カミング・ハミング』、ステキでしょお?」

 扉さんが、人より大分長い舌をベロリと回した。


「これならどうだ!」


 カッと見開いた目で、下から前に枕を回し始める調さん。

 枕が最高点まで達し、後ろに降りていく中で、足を前後に開きながら腕を斜めに曲げていく。手を床と水平に振り、超低位置から繰り出すサイドスロー。


「よく寝な」


 滑るように地面スレスレを飛ぶ枕は、途中からグググッと高度を上げ、扉さんの右脇腹を目指して突っ込んでいく。雛森戦でも披露した、「常勝気流ライジング・ライディーン」。


 よし、あの弾道なら、さすがに体を後ろに反っても避けられないだろう。


 そんな都合の良い期待は、一瞬にして裏切られる。


「カハァ! さすが湯之枝さん、いいところ狙ってきますねぇ!」


 笑いながら、彼女はグンッと体を左に傾ける。足は一歩も動かないまま、昔映画で見たアメーバが化けた人間の動きを思い出すようなその柔軟性で難なく枕を躱す。


 今のは……僕と同じ生物の動きなのか……? どんなトレーニングをしていたらこんな風に動けるんだ……?



「灰島、来るぞ!」

「えっ?」

 調さんの言葉で、改めて彼女に目を遣る。体を大きく傾けたまま、手には枕。


「イヤッ、ハーッ!」


 体を回すようにグリンッと捩じり、元の体勢に戻る。その反動を活かして、強烈な一撃を投げてきた。


「うわっ!」

 しゃがんで避ける。あ、危なかった……調さんから注意されてなかったら間違いなく当たってた……。


「ただ躱すだけじゃない。バネみたいな体から繰り出す攻撃も相当なものだぞ」

「ですね……さすが五帝です……」

「まあ、ワタシも五帝だけどな」


 横の調さんは、そう言ってクッと口元をつり上げる。

 そして、ニヘラァと不気味な笑みを浮かべている扉さんから視線を外さないまま、僕にだけ聞こえる声で呟いた。


「この階はほぼ見た。ワタシが三条を引き付けるから、お前は下に行ってフラッグを探せ」

「え、でも――」


「コイツを倒すことが勝利条件じゃない。大丈夫だ、1対1なら持久戦で食い止められる」

「……わかりました」

「よし」



 少し安心したように笑う調さんが、その笑顔を一瞬で消す。黒髪をフワッと舞い上がらせながら、グッと腰を落とした。


 拾った枕の端を持ち、下方向から前に向けてぐるんと腕を回す。ソフトボールのアンダースローのような一回転。


 これまで見てきた「軌道確保スケート・ストレート」なら、ここで投げている。

 でも、今回はそうじゃない。さらに一回転を加え、遠心力でパワーとスピードを増幅させる。


軌道確保スケート・ストレート・ダブル!」


 放たれたそれは、もはや枕ではないような速度で扉さんの足元目掛けて進んでいく。反ってもじっても躱せない場所。これならどうだ!


「イシッ! やっぱり最高ですね、湯之枝さぁん!」


 首をガクッと下げている扉さん。左目だけでなく、右目も髪に覆われて隠れている。辛うじて見える口だけが、愉悦を頬張るように歪んでいた。


 右足をフワッと上げつつ左足を曲げて、体全体を左に大きく傾け、調さんの直進する枕を逃がす。

 体を捩じるどころの話じゃない、とんでもない柔軟性と筋力。浮かせた右足はまた同じ場所を踏むのだろう。その場を動かない、まさに「不動」。



「こぉ、こぉ、かぁ、らぁ!」

 体勢を戻すのかと思いきや、伸ばした左足を軸足にして体を回転させ始めた。


「灰島! 今だ、行け! アイツ、遠心力つけて投げる気だ!」

「あ、は、はい!」


 一番近い階段に向かって走る。後ろに「湯之枝さぁん!」と楽しそうに叫ぶ声を聞きながら、僕は階段を転がるように降り、6階に向かった。



「こちら6階、灰島です。調さんと扉さんが7階で戦ってます。僕は調さんに促されて、フラッグを見つけに降りてきました」

「おう、そーちょん、お疲れさま! トビーさん、強かったでしょ?」

「ええ、とんでもないですね……」


 あの技、というか能力、「変幻自在の柔軟罪カミング・ハミング」の体の動きが、未だに脳内に焼き付いている。


「ひぃは5階にいるけど、旗は見つからないぞよ。もう一回りしてみるから、そーちょんは6階を調べてほしいぞよ」

「分かりました」

 エレベーターの昇る音を耳にしながらフロアを一周したものの、収穫はない。


「ここには無さそうですね」

「ううん、5階にもないぞよ」

「それなら、大分絞られてきたわね」


 あとは潰していくしかないわね、と続ける雪葉さん。



 そう、調さんが7階、緋色さんが5階、雪葉さんが1階、僕が6階と4階を探した。


 残すは、2階と3階、どちらか。

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