Act.6-5 壁際のあの子

「女子1人倒すのに2人がかり? 卑怯なんじゃないですか?」


 高宮さんの挑発を、玲司さんが軽く受け流す。


「んあ? 戦争に女も男も正義も卑怯もあるかよ。枕持った時点で道は2つだ。仲間として生かすか、敵として殺すかだ」

 カッコいいけどメチャクチャ怖い台詞。いや、そりゃ男女関係ないけどさ……。


「それに、組んで戦うのだって立派な戦略だろ? お前や畑間がそうしてたようにさ」

 手に持った枕をポンポンと遊ぶように投げながら、彼は続ける。


「危険だと思うなら逃げることだ。挑んでくるなら、俺は容赦しないぞ」

 そう言って、玲司さんは枕を投げるのを止めた。ほぼ同じタイミングで、高宮さんが小さく鼻を鳴らす。


「いいですね、やりましょう。でも時雲さん、情報戦に特化した人が、アタシの技に勝てるとは思えませんけど」

「一つ忠告しておくぜ。そういう台詞はちゃんと勝ってから言うもんだ」

 2人の不敵な笑みが重なり、戦いが始まる。


「こっちからいかせてもらおうか!」

 玲司さんが投げた枕から逃げるように、壁に近づく高宮さん。そして、あの技が来る。


「そんな攻撃に負ける気はしないですよ!」

 造作なく、仕掛けもなく、トトトンッと壁を走って枕を避ける。


 彼女の「前人未踏グランド・グラヴィティ」。壁を自在に走るその姿を冷静に見ていると、とんでもない人を相手にしているという不思議さと不気味さが心に巣食う。


 玲司さんと一緒に戦っていれば簡単に負けるはずないという想いと、もし玲司さんが当たってしまったら自分は太刀打ちできるだろうか、という思いと。

 不安は握力になって、枕の端がギュッと潰れる。



「今度はこっちから行きますよ!」


 壁を降りたと思ったらすぐに退き返す高宮さん。壁の最高地点で斜めに繰り出された枕を、玲司さんは転がりながら躱した。


「爽斗、今だ! 打て!」

「おおおおっ!」


 玲司さんに放って隙が出来たタイミングを、すかさず狙う。

 しかし投げた枕は、彼女が壁の上で方向転換することで、あっさりと避けられた。まるで、彼女が歩いている方が本当は地面なんじゃないかと思わせるほど。



「俺ももう一撃だあ!」

「ふふっ、いいですね! こういう接戦から負かすの、大好きですよ!」


 戦闘は続く。まるで鮮やかな演舞のように、床と壁を使った極上のエンターテインメントバトルが繰り広げられている。3人が汗を流して叫びながら、枕を放り、壁を登り、枕を躱し、壁を下って、興奮に満ちた戦いを続けている。



「ああああああっ!」

「そんな弱い弾で当たると思ったら大間違いです、よっ!」


 返事代わりに彼女が壁走りから床に戻り、落ちた枕を拾う。そこからまた一気に加速して、唯一無二の持ち場である壁に戻った。


「爽斗、一緒に投げるぞ!」

「はいっ!」



 同時に投げた枕も、「残念っ!」と一気に壁を急上昇されて避けられた。


 だが、玲司さんを見ると、口元が笑っている。


「どうしました、時雲さん。何か面白いことでも?」

 地面に降り、少し深く息を吐く高宮さん。


「いいや。

 次の瞬間、枕を上段に構え、一気に高宮さんに突っ込んだ。



「行くぞ、高宮!」

「また突撃からの投げですか? いい加減分かって下さい。そんなシンプルな攻撃ではアタシは――」


 壁に足をかけて、3歩目。




 ズルッ




「……え?」


 壁を走っていた足が、くうを切る。さっきまで磁石のように壁に張り付いていた彼女は、そのまま壁を滑るように落ち、僕らと同じ、床に立った。



「な、なんで!」

「おう、狙い通りだ」


 玲司さんが投げた枕が、動揺しきりの彼女の腕に当たる。驚嘆と落胆が入り混じったような表情で、持っていた枕をボフンと落とした。



「その技、かなり足を使うだろ。両足を速く動かさなきゃいけないし、上に登るなら筋肉だって酷使する」

 当てた武器を拾いつつ、壁を見ながら解説を始める。


「本来ならここぞって時に使った方が効果がある技だ。でもお前は別に壁を走る必要がないときでもその技を使った。まだ1年だし、オリジナルの技が編み出せて嬉しくて何度もやりたくなるってことなんだろうな」


 その気持ちは分かる。僕だってきっと、自分の技が出来たら無駄に披露したくなっちゃう気がする。


「だから持久戦に持ち込んだ。お前は技をセーブしない、いつか足が耐えきれなくなって、登れなくなると踏んだんだ」

 それを聞いた高宮さんは、少し寂しそうな笑顔を見せる。



「……そっか。実戦で使ったことなかったから、限界なんて考えもしなかったな」

 自分の枕を2つ抱え、ペコッと頭を下げた。


「さっきは挑発するようなこと言ってごめんなさい。やっぱり上級生は経験豊富ですね!」

「いや、いいってことよ。面白かったぜ、あの技。磨いて自分だけの武器にしな」

「はい!」


 去っていく高宮さん。すかさず玲司さんはトランシーバーで倒したことを報告する。


「これで5対3だ。向こうは探すペースも遅くなってくる。なるべく今のうちに決着つけないとな」

「くもっちの言う通り! 一気呵成でフラッグ見つけるぞよ!」

 緋色さんの明るい声で通信はひと段落し、僕の肩をポンポンと叩く。



「爽斗、ここでタッグは一旦終わりだ。上下階に分かれて探すぞ」

「分かりました。出来たら調さん達と被らないフロアで探した方が効率いいですよね? 場所聞きますか?」


「んあ? 調先輩が7階、桑が6階、雪が2階だろ? さっき高宮と戦ってる途中に報告入ってだろうが。聞いてなかったのか」

「いや、そんな余裕は…………」


 あの試合しながらシーバーの音全部拾って記憶してるんですか。「脳内俯瞰トイガーデン」どんだけすごいスキルなんですか。


「お前は1階から行け、俺はこの4階をチェックしてから5階に行く」

「はい。じゃあまた後で」




 玲司さんと階段で別れ、僕は1階を目指す。ロビーに宴会場、お土産屋。旗を隠せそうな場所が幾つもあるこのフロアは、僕の目でしっかり探さないといけない。


 数で有利だからと言って、戦況がどうかは分からない。誰かが偶然、僕達の隠した旗を見つけたら終わり。そう思うと、階段を降りる足も自然と速くなる。


 カタンッ


「…………っ!」


 突然の物音に急いで枕を構えるが、誰かが来る気配はない。どうやら、近くの窓が揺れたらしい。


「……ふう」


 安心で小さな溜息が漏れる。気は逸るけど、焦るとそこを狙われる。これはそういう戦いだ。スピードも大事だけど、周りにも神経を配って進んでいかなきゃ。



「こちら灰島です。4階で玲司さんと別れて、1階に着きました。フラッグを探しながら、上へ登っていきます」

「こちら7階、湯之枝。分かった。私も7階はまだ十分に探せていない。引き続きここを拠点に動く。時雲、中層階の様子はどうだ?」

「…………………………」


 質問をしたけど、いつまで待っても返事がない。


「おい、時雲! 時雲!」

「玲司君!」

「玲司さん、聞えますか! 玲司さん!」


 電波が届かないところにいる、以外にこの状況に陥るケースを、僕は1つだけ知っている。


「くもっち……死んじゃったの……?」


 やっぱりあの声は返ってこない。


 もうこの試合から姿を消してしまったんだ。あの部屋で何も返事できないまま、歯痒い思いをしてただこの声を聞いているんだ。そう思うと、寂しさと悲しみが、鈍く心に沁み入ってくる。


 そして同時にゾッとする。あの時、もし役割が逆だったら、自分が4階に残ることになっていたら、今アウトになっているのは僕だった。得体の知れない敵に枕を当てられているのは僕だった。


 いつ同じ目に遭うか分からない。深呼吸して、改めて集中力を高め、勝利のフラッグを探し始めた。



「んん、ないな……」


 あれから15分ほど経っただろうか。宴会場は雪葉さんが調べたという話だったので、ロビーや廊下を中心に探しているけど、それらしきものは見当たらない。

 開いてる窓から突風が吹いて、旗の倒れる音でも聞こえやしないかと、つい期待してみる。


 このフロアにはないと思っていいだろう。そろそろ2階に登るとするか、と考えていたときだった。



 ガコンッ ガコンッ ウィーン ウィーン



 深夜の温泉に似合わない機械音。それは、エレベーターが楽しそうに遊ぶ音。

 動いていること自体はおかしくない。誰かが使っているってことだ。


 ただ、この音。下がってきている。近い、かなり近い。


 ガチャン


 扉が開く音。それは間違いなく、この階だった。


 なんだ、なんだ? 敵か、味方か。トランシーバーで連絡を取るか。いや、こっちに近づいてくる、まずい! 一旦ロビーに置かれた椅子の裏手に隠れよう。



 ヒタッ ヒタッ ヒタッ


 こちらに近づいてくる足音が微かに聞こえる。僕に気付いているのか、単純にぐるっと回りながら探そうとしているのか。


 と、妙なことに気付いた。足音が1種類じゃない。時折、音が重なって聞こえるし、大小2種類の音があるような気がする。


 2人? でも2人で歩き回る必要なんて――ある。1つだけ思い当たるフシがある。


 朝野さん・二池ふたいけさんの2年生カップル。あの2人が一組だとしたら。烏丸高校、風舞かぜまい礼美れみさんとあわはな空愛そらさんの「一対一双ツインツイスター」のようなコンビ攻撃だとしたら。



 ヒタッ ヒタッ ヒタッ ヒタッ



 クソッ、まずい! こっちに近づいてくる!

 どうする? 僕1人じゃ戦える自信がないぞ。トランシーバーで報告? ダメだ、近くに味方がいるか分からないのにSOSなんか出しても見つかるリスクが高まるだけだ。


 逃げるか? でもどうやって? ここから一番近いあのロビーのデスクまでも距離がある。見つからずに移動できるとは思えない……!





 トンッ トンットンッ




 その時、別の足音が響いた。

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