Act.6-4 甘い誘惑

「わざと? 意図的に逃げてるってことか、爽斗?」

 玲司さんの問いかけに「ええ」と返す。


「さっき僕が遭ったときも、背中を見せて走っていきました。で、その先には高宮さんがいた。今回の緋色さんの件と全く一緒です」

「確かに偶然とは思えないわね……連絡を取り合って、強い敵まで誘導しているってところかしら」


 そう、そこで敵を仕留められれば、もう報告はできない。つまり、畑間君が囮であることを見破られることはない。見事な作戦だ。


「弱そうに見せ、やられないように適度な距離を保ちながら、自然に仲間の元へ誘導する。向こうの相当の手練れってわけね」

「なるほど! そーちょんもあかりんも賢いぞよ!」

 アニメちっくな可愛い声が耳に届いた。


「よし、爽斗。今から俺が5階まで上がる。そこで合流しよう」

「合流、ですか?」

「ああ。畑間は6階にいたんだろ? なら、5階で待っていれば鉢合わせできる可能性も高い」

「……なるほど、引っかかったフリをするんですね」

 玲司さんは微かに笑い、そのまま通信を切った。



「待たせたな」


 程なくして、玲司さんが5階に来た。パーマをかけた茶色の髪を揺らし、壁沿いを見ながら歩いているのは、ほぼ無意識にフラッグを探しているからだろう。


「玲司さん。畑間君、6階から7階に行くってことはないですかね?」

「まあ、可能性は薄いな。下がってくる確率の方が高いだろう」


 どうしてですか、という質問を待たずに、彼はイヤホンを嵌め直しながら続ける。


「ヤツの居場所に合わせて、他の人の居場所を制限するわけにはいかない。ということは、誰かに見つかった時点で、一番近い仲間を確認してそこに誘導しているはずなんだ。1階や7階みたいな、上下どちらかにしか行けないような場所は、移動の選択肢が狭まるから選ばないと思う」

 そうか……さすが玲司さん、鋭い。


「うちの女子みたいに特殊な攻撃スキルがないなら、俺達は洞察力も活かして戦わないとだからな」

「確かに、そうですね」


「ま、本当に弱いだけかもしれないけど、弱いだけじゃこの戦争は生き残れないからな。その辺りは捕まえて縛り上げて吐かせよう」

「そんなコマンドはないですからね」

 倒すだけですから。もっと言うと枕当てるだけですから。




「ひとまずここで待機しよう」

 僕らの背丈ほどもある大きな観葉植物に隠れ、立ったまま様子を窺う。


 やがて、1つの足音が聞こえてきた。改めて、その音に違和感を覚える。まるで音を隠す様子がない。誰かに見つけられたがっているような、そんな歩き方。


 顔を見合わせた玲司さんと頷き、2人で一気に飛び出した。目の前にいたのは予想通り、たれ目で気弱な顔付きの畑間君。



「う、うわっ!」

 2人いることに若干動揺している様子が見て取れる。


「えいっ!」


 一発だけ枕を投げて、さっきと同様に走って行った。怪しまれないよう、戦うポーズだけは取った、って感じかな。


「爽斗、追うぞ!」

「はい!」


 2人でダッシュで追いかける。こちらが少しスピードを緩めると、向こうも僅かにペースを落とす。時折振り返り、捕まらないか焦っているように見せつつ、「追いつけそうだ」という希望も持たせる距離を保つ。

 なるほど、これは作戦というより、彼の「必殺技」だな。



「待てこら!」


 囮になりきった玲司さんの叫びを無視し、下りの階段に向かう畑間君。その手にはトランシーバーが握られている。助けを呼んでるように思わせ、実は誘導場所を探しているってわけか。つくづくよく出来た技だ。


 だけど。


「お前の技、他の仲間との連携が必要だよなあ?」


 同じくシーバーを握る玲司さんが、少し先で階段をパタパタと降りている敵に話しかける。

 その口元は、自信たっぷりに綻んでいた。


「情報の連携は、だぜ?」

「……え?」


 バンッ!


「あ……」


 5階から3階まで降りた畑間君のお腹に、枕が当たる。

 ぶつけたのは、玲司さんじゃない。

 連絡を受けて待機し、急に彼の前に現れた雪葉さんだった。


「残念。2階まで下がって高宮さんに戦ってもらうつもりだった? お見通しよ」

 当てられた彼は、観念したように苦笑いした。


「結構自信あったんですけどね。面白い技じゃないですか? 僕の『こっちの道はあーまいぞマイスイートハニートラップ』」

 雪葉さんは少しだけ考え込み、コクンと頷いた。


「まあね。でもあなた、後ろにばっかり気がいってたでしょ? 戦争中は全方向に集中しないと、死ぬわよ」

「みたいですね……今度から気をつけます」


 ペコリとお辞儀をして、彼は部屋に戻っていった。

 死ぬわよって言われてナチュラルに「みたいですね」って返すの、冷静に考えるとすごいな。



「ありがとな、雪」

「ううん、近くにいたから」


 トランシーバーで調さんと緋色さんに連絡を終え、一息つく。

 さすが2年生コンビ。ツーカーな感じでいいな。ちょっと嫉妬しちゃう。


「私はまた1階に戻るわ」

「フラッグ探しはどうだ?」

「結構見てるけど、それらしいものはないわね。一番隠し場所が多いエリアだから、敢えてそこに隠さないことで徒労を負わせる作戦かも」

「俺達みたいにな」


 頬を緩める玲司さん。だがすぐに深呼吸して、再び緊張感を頬張った。


「爽斗、お前はもう少し俺に付き合ってくれ。あと1人、仕留められそうだからな」

「へ? あ、は、はい」

 もう次の作戦が決まってるの……恐ろしい……。


「灰島君。玲司君と一緒にいるのは死と隣合わせよ、気を付けて」

「……はい」


 何回か同じフレーズ聞いてるんだけど、みんな死と隣り合わせなの……恐ろしい……。



「2人とも、じゃあまた」

「おう」

「ゆ、雪葉さんも、気を付けてください!」

 そう挨拶すると、彼女は小さく手を振って階段を降りていった。


「……青春だねえ」

「な、なん、何がですか!」

 今日の試合一番の動揺を見せると、玲司さんはカラカラと笑う。


「まあ、雪は綺麗だからな。茹でたての、まだぬめりけのある素麺を絡めて『う……くすぐったいけど気持ち悪い……』とか言わせたくなるよな」

「それは何となく……いや、分かりません! ちっとも分かりませんからね!」


 危ない。一瞬同調しかけてしまった。ぬるっとした素麺に雪葉さん……なんかちょっとドキドキするぞ! いや、戻って来い、灰島爽斗。そっち側に行っちゃダメだ。



「で、この後どうするんですか、玲司さん」

「んあ? ああ、ちょっと頼まれてほしい」

 イタズラを仕掛ける子どものような目で、玲司さんは眉をグッと上げた。


「俺はやられたらやり返す主義なんでね」




 3階の階段付近。玲司さんはいなくなり、僕だけが残った。


 持ち場を離れないよう、見える範囲でフラッグを探す。ううん、旗の色が赤だったらもっと見つけやすいのに。だから両チーム青なんだな、よく出来たルールだ。


 トイレ付近の方まで行ってみようかな、と振り返ると、そこには。


「畑間君、繋がらなくなったからどうしたのかと思った。灰島君がやったんだね」

 向こうから歩いてきたのは、見覚えのある金髪、高宮さん。


「え、あ、え? 僕知らないよ? 畑間君なんて見てないし」

「嘘ばっかり!」

 そして、脇に抱えていた枕を1つ、右手に持つ。


「敵討ち、させてもらうわ!」

「ちょっ、ちょっと待って!」


 階段の方へ引き返し、息を切らしながら昇っていく。

 途中、少し後ろの段にボフッと枕が当たる音がした。


「僕、ホントに知らないって!」

「分かった分かった。でももう知らなくてもいいの。どのみち君を倒す!」


 4階まで駆け上がり、全速力で休憩スペースへ。

 玲司さんが言ってた作戦が、脳内で蘇る。



『爽斗はしばらく3階にいろ。雪の情報からすれば、畑間が誘導しようとしてたのは2階にいた高宮だ。もしアイツが連絡つかなくなったとなれば、上の階まで確認しに来るだろう』


『お前はわざと見つかれ。でもって、4階まで逃げてこい。ちゃんと怯えてる雰囲気出すんだぞ』



「逃げるな! 戦え!」



「分かった、戦うよ……



『アイツらと同じこと、やってやろうぜ』




「よお、俺も混ぜてくれよ」

「……灰島君、やってくれたわね」


 さて、無事に誘導完了。

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