Act.6-2 壁一枚のときめき

「おう、さすがだな、古桑。生で見るとすごい迫力だ」

「へっへっへ、ゆーのさん、そんなジロジロ見られると照れます! でもゆーのさんのボディラインもセクシーぞよ!」

「そうか? ワタシは灯の美脚も好きだけどな。色白だから熱で赤くなるのも色っぽい」

「ありがとうございます、湯之枝さん」

「そうそう、あかりんの体もいい!」

「緋色ちゃん、あの、玲司君や灰島君に聞こえてるかもしれないよ?」

「なんだとー! おい、くもっち、そーちょん! 聞いてたら許さないぞよ!」



「どうだ、爽斗。これが、桔梗庵で戦う者だけが許される、『壁一枚隔てた男女露天風呂』だ」

「……………………っ!」


 準決勝当日、会場である桔梗庵の最上階、7階。長旅の疲労を癒す、到着後すぐのお風呂。

 興奮に全身を震わせながら、ガンガン膨らもうとする甘美で淫靡な想像を止めようとザブンと頭まで潜った。



 何だ、何だこの天国は! こんな、こんな中学生男子の欲望をそのまま具現化した漫画みたいなことが本当に起こっていいのか!


 露天風呂に入れるだけだって十分嬉しい。綺麗な夜の月と煙のように薄くかかった雲を眺めながら日頃の疲れを取る。それで十分最高だ。


 でも、でもですよ! 壁の向こうに、生まれたままの姿の女子高生がいるんですよ! しかも知ってる先輩方! 知り合いっていう要素が劣情を2倍に高めるわけですよ。だってさ、普段普通に話してる先輩がちょっと先に一糸纏わぬ姿でお風呂に入ってるって想像するだけでもうダメ、もうダメでしょ! ああ、もう叫びたい! 感動でどうしていいか分からない!


 桔梗庵で予選やってた4チームはもう3回もこんな幸せな想いしてるの? 許せない! 絶対この試合勝つ! 勝って決勝もここでやる! 露天風呂のために!



「ああ、ここはいいよなあ、爽斗。妄想が自在に広がるぜ」


 勝利の決意も新たに潜水をやめて浮かび上がると、玲司さんがうっとりとした表情で斜め上を見上げていた。この人の場合、発想も斜め上だからなあ……。


「どうせ玲司さん、調さん達が入った残り湯にコンソメのペースト入れて飲みたいとか思ってたんですよね?」

「爽斗もだんだん思考が俺に似てきたな」

「わざと合わせたんです」


「でもまあ、見当違いだな。そもそもコンソメのペーストってのは、女子の脇腹に塗るものであって、お湯に溶かすものじゃないだろ」

「前提が違ってます」

 脇腹に塗るなんて、普通スッと出ないですけど。普段から考えてるって証ですよ?


「今考えてたのは、あの3人を小さくして沢山分身させることだよ。お湯の代わりに溶き卵につけて、そこから強火で炒めれば、パラパラのチャーハンになるかなあって。はあ、淫靡だよなあ」

「全然分からない!」

 どこにも興奮するポイントがなかった!



「そんなことより爽斗、今日の戦いの注意だけどな」

「急に真面目になるの止めてもらっていいですか」

 ついていけないですよ、僕。


「俺達側の旗をあまり気にしすぎないことだ」

「気にしすぎない?」


「ああ、初めてフラッグ戦を経験する1年生が陥りやすいミスだ。場所を知っている分、見つかりはしないか、敵に近づかれやしないかと気になって、旗のあるフロアをウロウロしたり、チラチラ見たりしてしまう。そこを敵に感づかれたら一発でアウトだ」

 なるほど、確かに無意識に視線がいっちゃいそうだ。我慢することを覚えないとな。



「よし、そろそろ出るぞ。3人の美女と少しゆっくりしてから、戦闘準備だ」

「はい!」

 そして入り口前で調さん達と合流し、「さっきまでこの水色の浴衣も着ないで隣に……」と妄想を復活させながら、浮かれた足取りで部屋に戻った。




***




「ううむ……どちらにすべきか……」

 調さんが真剣な眼差しで、緋色さんを、緋色さんの手元を見ている。


「よし、こっちだ!」

「はーい、ババだぞよ!」

「チッ、やられた!」


 改めて2枚を混ぜる調さんだったが、あっという間に正解のカードを引かれ、ババ抜きは調さんの2度目の3連敗。項垂うなだれる調さんを見て、僕と雪葉さんでクスクスと笑う。

 いやあ、温泉でトランプってやっぱり最高だな!


「ゆーのさん、ホントにゲームは弱いぞよ」

「ダメだな、どうにも。戦いに向かないのかもしれない」

 そんなバカな。日頃あれだけ戦争だの斬るだの狩るだの叫んでる人が言う台詞ですか。


「オッケー。調先輩、シーバー動作確認、完了しました。いつでもいけます」

「おう、ありがとな、時雲」



 まだ23時20分。入沼が挨拶に来るまでは少し余裕がありそうなので、先に会議を始めることにした。急いでトランプを片付け、和室中央の黒い机を5人で囲む。



「これより、作戦会議を始める!」

 玲司さんが8つ折りにしていた館内の見取り図を開いた。


「これが全7階分の各フロアです。階段は各フロア東西に2ヶ所あります。今俺達がいるのは5階のここ。シーバーの中継器は3階のここと6階のここに設置していますが、今回は全員がフラッグを探すのに躍起になるので、偶然見つからない限り、中継器を切られることはないでしょう」


 続いて、最上階のフロアマップ、その中央エリアを囲うように、指で丸を描く。


「で、今回の桔梗庵がこれまでの戦場と大きく異なるのは、この中央のエレベーターです」


 そう、ここが一番違う。これまでの場所は、入浴時間が終わることもあって、エレベーターは開戦0時のタイミングで運転停止していた。しかし。


「ここは入浴終了時間の0時を過ぎても稼働を続けています。そして使


 さっきまでババ抜きで盛り上がっていた屈託のない笑顔はどこへやら、緋色さんがクックッと笑い声を漏らす。


「とはいえ、多用する人がいるとは思えないぞよ。移動してる音なんか、そーちょんじゃなくても聞き取れる。ドアの前に来られて、ドアが開いた瞬間に狙われたら一発でお陀仏ぞよ」

「そうね、考え無しに使ったら、無傷では済まないと思うわ。あるいは、自分の枕の殺傷力によっぽど自信があるか、ね」

 枕と殺傷力って、昔はメチャクチャ縁遠い言葉だと思ってました。



「お前達もエレベーターを使うときは慎重にいけよ。ワタシは始め6階あたりにいようと思う。灯はいつも通りか?」


 調さんは見取り図の大きなスペースを指す。ふすまで大部屋にも小部屋にもなるように設計されている、巨大な宴会場。


「ええ。近く自販機もあるし、フラッグを隠しやすいエリアです。まずはここで待機しつつ、敵のフラッグがないか調べていきます」

「じゃあ、俺と爽斗と桑は、序盤は中層階にいよう」

「おういえ! 任せるぞよ!」


 そして、4階のマップの一点を指差す玲司さん。


「さっきフラッグを隠したのは、4階のここです」


 隠す時間が被らないよう入沼と時間を区切り、5人全員で隠しに行ったのを思い出す。浴衣の切れ端を綺麗に青く染め、木の持ち手をつけた、片手サイズの小旗。



「くもっちのアイディアはナイスぞよ! あれなら多分見つからない!」

「そうね、玲司君、ありがとう」

「良いってことよ。労いの言葉は生きて帰ってきてからだ」

「そうだな。まずは生きて帰る。それだけだ」


 試合の度に「生きて帰る」を目標に掲げてる部活なんてうちぐらいだと思う。

 苦笑いしかけたその時、呼び鈴が鳴り、続いてノックの音が響いた。



「おっと、来たぞ、入沼が」

 調さんが玄関まで迎えに行き、やがてぞろぞろと5人が入ってきた。


 先頭は、紫色の髪にパーマをあてた女子。体格は調さんとほとんど変わらないけど、印象的なのはその髪。色や長さではない、こと。

 そして、見えている右目を見開き、ギョロリと僕達を覗いた。


「キケケッ! 湯之枝さぁん、今日はよろしくお願いしますねぇ!」

「相変わらずだな、お前は。みんな、紹介しよう。入沼高校のリーダー、3年の三条さんじょうとびらだ」

「クカッ、よろしくぅ!」


 これが……この人が、五帝の1人、『不動』の三条扉さん……?


「雪葉さん、あの人も調さんの幼馴染なんですか? なんか、その、不気味ですね……」

 気付かれないよう小声で訊いてみると、彼女は小さく首を振った。


「違うわ、入沼に湯之枝さんの幼馴染はいない。三条さんが雛森の駒栗美湖さんと繋がりがあって、そこで教えてもらって部活を立ち上げたらしいの」

「そうなんですか」


「だから余計に恐ろしいのよ。五帝のうち、幼馴染じゃないのは彼女だけ」

 そうか、それだけ並外れたポテンシャルがあったってことだ……。


「じゃあ、ウヘヘッ、こっちのメンバー、紹介しますよぉ!」

 時折、唇を舌で舐めながら、三条さんが残りの4人を順に指差した。



 2年生は2人。男子の朝野さんと、女子の二池ふたいけさん。どっちも茶髪で、やけに距離が近い。と思ったら手を繋いでた。へえ、付き合ってるのか。


 残りの2人は1年生。

 男子は、黒髪に小柄で、体も気も弱そうな畑間君。

 女子は、金髪セミロングに、畑間君とは対照的に勝気に溢れている高宮さん。



「三条、去年の3位決定戦の借りは返させてもらうぞ」

「アハッ、いいですねぇ、湯之枝さん! そういう感じ、キライじゃないですよぉ!」


 ガッチリと握手をし、「では0時から開戦で」とケタケタ笑いながら、入沼高校は闇に消えていった。調さんの合図で、こちらも準備を始める。



「ポリエステル材の枕だ、軽いし飛距離がある。向こうの遠投に注意しろ」

「ここの浴衣も上前の内側にポケットあるんで、シーバーはそこに入れてくれ。グループは3、チャンネルは14!」

「そーちょん、索敵に困ったら呼ぶぞよ!」

「3~4階にいる人、敵の処理に困ったら宴会場に連れてきて。私が息の根止めるわ」


 そして、いつものように、円陣を組む。


「いいか、ワタシ達は強くなった。去年とは違う。勝って決勝だ!」

「はいっ!」

「行くぞ! 枕に風を! 枕に牙を! 掛戸、ファイトーッ!」

「オーッ!」



 さあ、修学旅行じゃ決して味わえないハードな枕投げが、また始まる。

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