桔梗杯 決勝トーナメント編

第6部 VS 入沼高校

Act.6-1 旗を取れ

「決勝トーナメント、詳細が決まったぞ」


 外での練習を一旦終えて部室でお茶を飲んでいると、スマホを見ていた調さんが、額の汗を拭いつつ口を開いた。


 雛森への勝利から2日経った月曜。全力で試合の疲れを取った日曜はあっという間に過ぎてしまい、早くも今週末は準決勝が行われる。


 7月らしく、夕方とはいえ日射も本気モード。浴衣は制服より通気性が良くて助かるなあ。



「遂に始まりますね、ゆーのさん!」


 椅子から立ち上がった緋色さんが、両手をグーにして天井に勢いよく突き上げる。少し伸びたプラチナブロンドのショートヘアと一緒に揺れるのは…………胸っ! うおおおおっ! すごい、すごい揺れが……っ! 温泉浴衣越しに見る上下の揺れって犯罪的な色気じゃないですか。もう1日中見てたい。



「昨日の夜から、決勝に進んだ4校の代表で打合せしていたが、これで確定だ」

 シャーペンをノックして、紙にトーナメントの表を書く調さん。


「まず、去年同様、片方のブロックの1位と、もう片方のブロックの2位が準決勝で戦う」

 なるほど、1位通過の学校が多少有利になる配慮かな。


「で、うちが準決勝で当たるのはいりぬま高校だ。そして烏丸は、梓沢あずさわ高校と当たる」

 その言葉を聞いて、雪葉さんが「……え?」と眉を吊り上げた。


「梓沢が2位ってことですか?」

「まさか入沼が勝つなんてな……」

 玲司さんも考え込むように、軽く握った右手を口につける。


「あの、玲司さん、梓沢ってそんなに強いんですか?」

「ああ、去年の桔梗杯の覇者だ」

 優勝……こんな超人揃いの部活で、1位か……。


「もっとも、入沼も強いけどな。女子主将で五帝の1人、『不動』の三条さんじょうとびらがいる」

「五帝……不動……」

 そうか、向こうのブロックに五帝が2人残ってたんだった。


「入沼とは去年の桔梗杯、3位決定戦で戦って負けてるの。だからリベンジになるわね」

「灯の言う通りだ。ここで入沼を撃破しないと、先へは進めないからな。ちなみに」

 調さんが、興奮と恐怖の入り混じった顔でニヤリと笑う。


「梓沢、アイツは体調不良で予選は出なかったらしい」

 途端、2年生の顔が強張る。


「……なるほど、それなら2位も頷けますね」

「むしろ、出ないで2位ってのもすごいな」

「決勝ではきっと出てくるぞよ。本領発揮はこれからってところだね」

 やがて3人は、部長と同じ表情になった。



「あの、アイツって誰ですか……?」

 その問いを待っていたかのように、調さんが真っ直ぐに僕の目を見る。


「梓沢高校の主将にして、五帝の最後の1人、『瓦解』の桐ヶ谷きりがや橙利とうりだ」


 「奮迅」「鉄壁」「剛腕」「不動」そして「瓦解」

 五帝全員の名前を聞き、身震いか武者震いか、よく分からない振動が全身を襲った。



「それで、調先輩。準決勝の戦場はどこですか?」

「ああ、抽選で桔梗庵になった」


 桔梗庵。僕達が予選で使った「桔梗苑」と似た名前の、向こうのブロックが予選で使っていた旅館。

 なるほど、掛戸と入沼が桔梗庵、烏丸と梓沢が桔梗苑で同日に戦うってことか。


「あそこは別館もないし、階数も7階までしかない。桔梗苑よりはシンプルな戦い方になりそうだな」

「玲司君、あそこって宴会場って広かったっけ」

 雪葉さんの質問に、玲司さんはパチンと指を鳴らす。


「ああ、会場自体は1つだけど襖で何部屋かに仕切れるようになってるタイプだ。かなり広いし、机や掃除用具も結構ある。思う存分暴れろ」

「良かった。暴れられない宴会場なんて、宴会場じゃないものね」

 そんなことはないですよ、雪葉さん。宴会場は宴会をする場所ですよ。



「あとは……そうだ、戦闘ルールも抽選で決まったぞ」

「ルール? 調さん、普通に敵将倒すんじゃないんですか?」

 調さんの代わりに緋色さんが、やれやれと言わんばかりに僕の肩をポンと叩く。


「そーちょん、君は枕投げをどんな凄惨で救われない戦争だと思ってるの」

「そんなこと思ったことないです」

 まず戦争だと思ったことがないです。


「戦いにはルールがあるぞよ。予選は基本的に大将戦、つまり敵の大将を倒した方の勝ち。でも決勝トーナメントでは、そのルール自体が変わるぞよ」

「古桑の言う通りだ。ここからは大将を倒すだけの単純な戦いではなくなるぞ」


 お茶のお替りを注ぎながら、我が部長が首を左右に振って艶のある髪を払った。


「準決勝はフラッグ戦だ」

「おーっ! 楽しみぞよ!」

 ただでさえ小さい緋色さんが、更に小さくガッツポーズした。


 フラッグ……? サバイバルゲームのアニメで見たことあるぞ。相手の旗を取るってヤツだよね?


「練習着の浴衣を切って作った青色の旗を2本用意するんだ。お互い、それを試合開始前に隠しておく。相手の旗を見つけるか、相手チームの5人を殲滅したら、その時点で勝ちだ」


 両大将はこのルールの試合だけスマホを携帯可で、見つけたら相手の大将に連絡をしてゲームセットになるらしい。確かに、相手に連絡取れないと終われないしな。


「とはいえ、好き勝手に隠せるわけじゃないぞ、爽斗。少なくとも、『誰でも行ける場所』『そこに行けば目視で確認できる場所』に隠すの前提だ。じゃないと、女子トイレの個室とか、自販機と壁のギリギリの隙間とかに隠せちゃうからな」

「そっか、全員がしっかり探せば見つけられるってことですね」


 たとえ相手を1人も倒してなくても、あるいは掛戸がたった1人になっても、旗を見つけたら勝ち。うん、予選とは少し違った戦いになりそうだ。


「もっとも、人数が多い方が有利なことに変わりはない。消せるヤツは消していく。分かっているな?」

「もちろんですよ、調先輩。フロアで遭ったら、亡き者にしなくちゃいけない」

「おうよ! 悪は必ず斬る、それがひぃ達のやり方ぞよ」

 いや、悪って。部員が何したって言うんですか。



「よし、もうすぐ19時だが……お前達、どうする?」

 その問いに答える代わりに、玲司さんが立ち上がって首を回した。


「武道場、使えるんですよね?」

「ああ、もちろんだ」

 ニヤリと口角を上げる調さん。緋色さんと雪葉さんと僕はといえば、もう練習用の枕を腕に抱えていた。


「じゃあ夜の部、始めるとしようか」

「はい!」

 さあ、あと5日で決勝トーナメント開戦だ。




***




「何か、あればなあ……」

 申し訳程度に青を混ぜた黒の絵の具で塗りつぶしたような山の中、ポツンとある広い池の端に座る。

 武道場での練習を早めに切り上げ、いつもの山で特訓をしていた。


「目と耳以外に……」


 視力も聴力も、相当高まったように思う。でも、それだけではこの先戦っていけないだろう。


 『この戦争に勝つためには、守ってもらうだけじゃダメなんだぜ』


 予選で聞いた、「剛腕」隆司さんの言葉が頭に響く。そう、守ってもらうだけじゃダメだ。調さんや緋色さんや雪葉さんみたいに攻撃できなくても、玲司さんみたいな記憶力や判断力がなくても、僕にもできる形でこのチームに貢献しないと。



「僕にもできること……」


 ぼんやり考えながら、池に石を投げて水切り。幼稚園や小学校のときは友達とよくやったなあ。高学年でコツ掴んで、10段以上切れるようになった。


「枕投げ……僕にもできる……僕にしかできない……」


 一陣の強い風が吹き、水面に波を作る。


「………………あ」


 ふと浮かんだ思いつきに、少しだけ未来が開けたような気になる。

 その心を真似するように、雲から月が顔を出して、池を微かに照らした。

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