Act.5-7 枕、もう一つ

 枕を構えて美湖さんの挑発を聞いた調さんは、やがて口を開いた。

「うちのメンバーは変わったヤツが多くてさ」


 一息ついて、枕を持った腕をだらっと伸ばす。少し下を向いているから、顔はよく見えない。


「まあ、ホントに変わったヤツらだよ。語尾が『ぞよ』でスタイルだけは良い天然のちんちくりんとか、記憶力は抜群だけど常に妄想全開の変態とか、真面目そうに見えるけどみかん使ったトリックの案でノートを埋め尽くしてる才女とか、イヤに五感に優れてるけど先輩に感化されて変態が感染ってきた新人とか。まあ、ワタシもこんな部活を作ったくらいだし、変わり者に違いはないけどな」


 クックッと歯を見せて笑いながら、調さんが続ける。


「まあでも、私はそいつらのことは気に入ってるんだ。一緒に試合やるだけでも楽しいけど、どうせなら試合に勝って、一緒に日本茶で乾杯して、勝利の朝風呂に浸かりたい」

 少し警戒を強めながら、美湖さんは黙って話を聞いている。


「今はみんなに支えられてなんとか勝ってるけどさ、もっと勝てるようになるためにはワタシが強くなきゃいけない。ワタシがいれば大丈夫ってくらい、強くならなきゃいけない」

 伸ばしていた腕に、力が入る。


「ってことでミーコ、倒させてもらうぞ」

 下を向いていた顔を真正面に上げた。口は大きく開き、不敵に、そして楽しそうに笑っている。目はギンッと開き、枕を前方向に回し始めた。


 枕が最高点に達し、その勢いのまま後ろへ。


 このまま一回転させればいつものアンダースロー。でも、今回はそうじゃない。



 腕が少し斜めになり、手は地面と水平に滑る。足もバレエのように前後に開き、腰も落とす。


「布団被ってるから、この言葉はお似合いだな」

 アンダースローと見せかけた、超低位置からのサイドスロー。


「よく寝な、ミーコ」



 フォンッ!



 強力な風の音が響き、枕がサッカーボールのように回転して地面を這いつくばる。

 しかし、這いつくばっていたのも束の間、枕はどんどん高度を上げて美湖さんに迫った。



 ドガンッ! バサアッ!



 美湖さんの肩まで上昇していた弾は、布団を弾き飛ばして敵の後ろに落ちた。


「灰島!」

「うおおおおおおおお!」

 言われるより先に、枕を構えていた。

 いつもの練習を、ロングシュートを思い出す。

 最後まで相手を意識して、コースを思い描きながら、思いっきり。


 ポンッ


 調さんのより数段勢いの落とる枕は、美湖さんの膝に当たった。


 初めて、相手に枕が当たった。


「やった!」

「よくやったな、灰島!」

 僕に駆け寄って、頭をグシャグシャする調さん。


「……シーラ、いつの間にこんな技覚えていたんですか?」

 剥がされた布団を軽く折り畳みながら、美湖さんが溜息混じりに口を開く。


「ああ、この2週間くらいで体得したよ。『常勝気流ライジング・ライディーン』だ」

「……ふふっ、ネーミングセンス、シーラらしいですね」

 美湖さんが笑う。さっきまでの笑いとは違う、ホントに可笑しいときの笑い方。


「ふははっ! 相変わらずセンス良いだろう!」

 調さんも笑う。2人で笑う。

 そうそう、この変わり者の先輩2人は幼なじみなんだったな。



「こちら湯之枝。ワタシと灰島でミーコを倒したぞ。桔梗杯予選突破だ!」

「わほーい! ゆーのさん、そーちょん、おめでとう!」

「やりましたね、調先輩!」

「灰島君も、おめでとう」

「はい、ありがとうございます!」

 他の変わり者の先輩とも、喜びを分かち合う。


 さあ、部屋に戻って日本茶で乾杯しようか。




 ***




「結局、雪は南条さんと相討ちだったんだろ? やっぱり敵は美湖さんだけだったんだな」

「まあ、調さんが倒されてたら僕も即死だったでしょうから、玲司さんが相手することになってましたね」

「俺も1人じゃ太刀打ちできねえよ。美湖さんも、あんなお嬢様っぽい雰囲気でメチャクチャ強いからなあ。恐れ入るよ、ホント」

 試合でクタクタになって一眠りした朝6時。温泉に入りながら、玲司さんと話す。



「爽斗も次に向けて、もっと強くならなきゃだな。1人で戦えるくらい」

「玲司さんも、次回は中継器の隠し方を変えなきゃですね」

「余計なお世話だ、バカヤロ」

 顔をお湯に押しつけられる。二酸化炭素泉の泡が顔中について、2人で笑った。



 ああ、ホント、勝って入る温泉は、最高だなあ。



「お、くもっち、待ってたぞよ!」

 温泉を出ると、調さん、雪葉さん、緋色さんがお出迎え。



 調さんは相変わらず、少し水分の残るロングストレートと鍛えた足のコラボが堪らない。


 緋色さん、鎖骨が織りなすポケットから胸元に滑り込む水滴が生唾ものです。


 そして雪葉さん、貴女の足は人に見せるためにあるのですか! 人を魅せるためにあるんですか! なんでしょう、その色白の中に仄かなピンクを帯びる桃色パラダイス。その膝の上はきっと、想像さえ許されない太ももサンクチュアリ!


「あ、またそーちょん変な顔になってる。淫らなこと考えてるぞよ!」

「灰島、お前というヤツは」

「灰島君、玲司君の毒が感染ったんだね」

「ち、ちち違います! そんなことは!」


「爽斗、お前この3人のうち、誰の腕を鍋つゆで煮込みたい? 俺は桑の腕と味噌つゆの相性がいいと思うんだが……」

「煮込まないです!」

 こうして、妄想とツッコミと笑いの渦巻く日曜が騒がしく始まった。



「それにしても、ナンジョーの『声代わりマジックリップ』は侮れないぞよ。次回は対策練らないと」


 緋色さんがぴょんぴょん跳ね回りながら浮かない声。

 帰り道。荷物を揺らしながら、駅に向かって歩く。


「それにフッカーとも戦ってみたかった。ひぃと同じくらいの体格でポテンシャル高いとは、強力なライバルぞよ!」

「桑、落ちつけって。胸ならお前の方が深貝さんに圧勝だ」

「なっ……! なんっ…………! くもっち!」

 緋色の名の通り、真っ赤になって玲司さんをポカポカ叩く。



「さて、気を抜いてもいられないぞ。来月から決勝トーナメントだ」

 前を歩く調さんが、振り返りながら口を結ぶ。


「調先輩、五帝の残り2人、『不動』と『瓦解』、来ますかね?」

「少なくとも片方は来るだろうな……まあ、相手が誰であれ、なぎ倒すだけだ」


「ですね。強敵だろうが消していく。桑もそうだろ?」

「おういえ! 次の準決勝も狩るだけぞよ! あかりん、一緒に特訓しよ!」

「ええ。生きるか死ぬかなら、生きる側に回るわ」


 相変わらず怖くて、ヘンテコな4人

 前と違うとすれば、ただ一つ。


「灰島君も、命懸けて臨むわよね?」

「……はい、そのつもりです」


 僕が、この会話に違和感を感じなくなったということだ。




 ***




 眩しい日光が、振動する帰りの電車の窓に手を伸ばす。

 7月頭だけど、まだ首に汗は滲んでこない、穏やかな天気。



「楽しかったなあ」

 思わず独り言が口をついて出た。

 


 昨日の試合のテンションのまま、変に目が冴えてる。

 横を見ると、4人は一列揃って爆睡中。みんな幸せそうな顔。



 雪葉さんが僕の肩を枕にしてることは、1人きりの秘密にしておこう。

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