Act.5-6 向かい合う大将

 必死に階段を上る。僕が行く前に勝負がついてたら何の意味もない。この速さで上れば、もし美湖さんに見つかったとしても追いつけないだろう。


「調さん!」

 最上階9階のコンデス前に、調さんはいた。


「来てくれたのか、ありがとうな。灯は大丈夫なのか?」

「調さんの方に行ってあげて、って言われて……」

「なるほど、灯らしいな」

 黒髪ロングを手で流しながらフッと笑う。


「美湖さんは?」

「まだ来てない、と思う。狙われているかもしれないがな」

 枕をくるくると回しながら、口の端をキュッと結んでこっちを見た。


「灰島、一緒に探してくれるか?」

 我が軍の大将に頼られて、自然と笑顔になる。

「……そのために来たんですよ」


 会話を止め、感覚を研ぎ澄ませながら、辺りを見回す。

 何の明かりもなく、何の音もなく、無だけが漂う。


 あの山での特訓を思い出せ。あの通りにやればいい。

 他人が見えないものを見ようとしろ。一般人が聞こえないものを聞こうとしろ。


 それが僕の能力、「知りすぎた男セカンドサイト」。




 僅かな音が。ぼんやりとした輪郭が。相手の「存在」を知らせた。




「……調さん、40,50メートルの遠投ってできますか?」

「ああ、できるぞ」

 軽く言うなあ。カッコいいなあ。


「この方向に向かって投げて下さい」

「まかせと……けっ!」

 僕の指差した方向にアンダースローで枕を放る。


 何の感触もないままドスンと落ちた枕。しかし、その少し奥から、気配を消すのを諦めたように足音が響く。


「ふうん。よく分かったな、灰島」

「結構目と耳良いんですよ、僕」

 ニンマリしながら言った僕の冗談を、落ち着いた声が掻き消す。


「随分遠くから歓迎してくれるんですね」

 雛森の大将、駒栗美湖さんがゆっくりと歩いてきた。


「よく気付きましたねシーラ、私がここから来るって。こっそり狙おうと思ってたんですけど」

「ああ、鼻が利くヤツが1人いてね」

 僕の頭をグリグリね回す調さん。


「灰島君ですか。掛戸も良い人材を手に入れましたね」

 手に持った枕をチラッと見て、調さんの声が変わる。



「さてミーコ、早速だが殺させてもらうぞ」

「ふふ、こっちの台詞です。殺すのは私です」



 「奮迅」の湯乃枝調。「鉄壁」の駒栗美湖。

 五帝の2人が、共に不敵な笑顔で向かい合う。



 美湖さんが真っ直ぐ立つと、調さんは腰を下げて、腕をおろした。

「『軌道確保スケート・ストレート』、くらってみるか」


 そのまま腕を前回りに一回転させ、十八番のアンダースロー。


「よく寝な」

 さっきの遠投は完全な本気じゃなかった。そう思わせるほど、段違いのスピードで美湖さんに向かって突撃する枕。


 膝下3~4センチ、掛け布団の防護壁がないギリギリの境目に向かって進んだ枕を、美湖さんは軽々とジャンプでかわした。布団持ちながら、あの跳躍力か……。


「まだまだあ!」

 着地の瞬間を狙って、今度は顔に向かって投げる調さん。

 美湖さんは布団を一時的に剥がし、バサッと揺らして枕を跳ね返す。さっき玲司さんにやったのと同じだ。


「今度はこちらから行かせて頂きます」

 布団をすっぽり被りなおした美湖さんは、その布団を握っている胸の部分から射撃のように枕を放った。


「受けてください、シーラ」

「ふははっ!」


 ドンッ!


 美湖さんの投げた枕は、調さんの手前で落ちていた。もう1つの枕と一緒に。

「それ、リュージの技ですね。まさかシーラも同じことができたとは、驚きです」


 準決勝、烏丸戦で汐崎隆司さんが見せた「遠隔相殺イコールゼロ」。相手の枕に対して反対方向のベクトルで枕を投げることで、力を相殺する。


「まあ、命中率はリュージには到底及ばないけどな。偶然みたいなもんだ。ただ、これでミーコの技を封じられる可能性ができたってことだ」

 調さん、壁に向かってずっと早投げを練習してたけど、この練習だったのか。


「なるほど。でも、こちらも練習してなかったわけじゃありませんから」


 美湖さんはニッコリ笑った。ううむ、何か怖い。

 そして布団のままくるくる回り出す美湖さん。ううむ、本当に怖い。



「灰島、気をつけろ。多分キケンな技だ」

 調さんが小声で呼びかける。

 次の瞬間。

 

 バアン!

 

 調さんの肩の上を枕が高速で通過し、柱にぶつかった。

 今の勢いは……まるで、枝垂さんの……


「灰島君は戦っているから分かりますよね。枝垂君の投擲のアレンジです」

 言葉を飲む僕に、美湖さんが解説をくれた。


「なるほど、回転する布団に枕を乗せて、遠心力で飛ばしたのか。コントロールも抜群だ。やるな、ミーコ」

「『回転射出の魔術師ガトリングウィザード』、最近編み出した技です。烏丸戦と外山戦合わせて、この技で4人倒しました」

 トントンと軽くジャンプしながら、美湖さんの声のトーンが下がる。


「もう一発いきましょうか」

 また回転を始める美湖さん。

 このスキを調さんが狙わないはずがない。無防備な足に向かって枕を投げる。


「……そう来ますよね、当然」

 美湖さんは回転しながら跳んだ。いや、飛んだ。


 布団姿のまま、しかも回転を続けたままジャンプしたとは思えない高い座標から、回転する布団に乗せて、ボーガンのような勢いで枕を発射した。



「クッ……」


 横にジャンプして避ける調さん。転がりながら枕を拾い、着地を狙って枕を投げる。今度は両手で2発、顔と足に。


 美湖さんは着地後すぐに後ろに跳んで足に向かう枕をかわしつつ、布団を上に払って頭への枕を防御した。


「クックッ、さすがだな、ミーコ。まあ、始めから2発ではないと思ってたけどな」

 2発ではない……? あ、確かに美湖さん、今の枕が3発目の枕だ。


「灰島君も気付いたみたいですね。今回、南条さんと刈谷君と深貝さんは、それぞれ1つしか枕を持ってません」

「……つまり、5発布団の中に隠し持ってたってことか」

「中身がバレないのも、コンフォーターの利点ですね」


 フフッと笑う美湖さん。確かに刈谷さんも枕を拾いながら戦ってたな。

 枕を1つしか持たないなんて、大きな攻撃力ダウンに違いない。それだけ美湖さんに絶対的な信頼を置いてるってことだろう。そして、布団に加えて枕を5つ持てる美湖さんも、見た目と裏腹に信じられないパワーだ。



「まあ、シーラが避けてる間に拾うつもりなので、無尽蔵に打てると思って頂いて結構ですよ」

 言いながら、美湖さんが足を摺るように動かす。「回転射出の魔術師ガトリングウィザード」の準備に違いない。あの布団の中には、枕があと2発。



「では参ります」

 クルクルと回り始める美湖さん。僕は調さんに1歩近づき、小声で呼びかけた。


「調さん、僕が発射する瞬間に合図します。避けられるように構えて下さい。こっちが隙を見せなければ、弾切れになるはずです」


「出来るのか? 視力と動体視力は違うだろう?」

 確かに違う。あの回転スピードの中、発射の瞬間を見抜くなんて無理だ。でも。


「目じゃありません。音で感じます」

「……なるほど、分かった。頼んだぞ」

 ニッと口を曲げて、調さんは僕の肩をパンッと叩いた。

「はい!」

 返事をして、すぐに目を瞑る。神経を全て、聴力に集中させる。



 ヒュウ ヒュウ ヒュウ ヒュウ……



 布団が回転して風を切る音。枕を布団の中から出すタイミングできっと音が変わるはず。

 聞き逃さない。「知りすぎた男セカンドサイト」は、絶対に聞き逃さない。



 ヒュウ ヒュウ ヒュウ カサッ



 来た!


「調さんっ!」

 目を開いて叫ぶ。同時に、枕がヒュパンッと音を立てて調さんに迫る。

 調さんは瞬時に体を捻ってそれをかわした。



 ヒュウ ヒュウ ヒュウ ヒュウ ヒュウ タンッ



「また来ます!」

「サンキュ!」

 続けてきた剛速枕を、その場で円を描くようにスライディングして枕から逃げる。紙一重で、これも避けた。


 よし、これで一旦は弾切れだ!


「しぶといですね、シーラ」

「灰島に発射のタイミングを教えてもらったんだ」


 顔から笑みを消して、落ちている枕を拾おうとする美湖さんが口を開く。



「厄介ですね、灰島君……先に貴方から殺しましょうか」

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