Act.5-5 生きてまた会いましょう

「灯雪葉さん、君もトリックプレイヤーなんだよね?」

 床に散らばる座布団をポンポン蹴る刈谷さん。パーマを当てたボブのせいか幼く見える。


「僕も君と同類だよ。もっとも僕は座布団専門だけど。能力は『昇天大斬りバッドクッション』、座布団使わせたら右に出るヤツはいない」


 言いながら、突然折った座布団をババッと投げてくる。


 目暗ましのつもりか、と思っていると、雪葉さんの激しい声が飛んだ。


「しゃがんで!」

 ほぼ同じタイミング、折れていた座布団が元に戻って、中から枕が顔を出す。


「うわっ!」


 床に突っ伏して、ギリギリでける。雪葉さんのアドバイスがなかったら、今の攻撃で……。


「どうかな、お菓子をイメージしてみたんだ。皮に包まれたアンコみたいだろ?」


 笑いながら、勢いそのまま雪葉さんに座布団と枕を同時に投げる。


 2つ同時にかわすのは難しく、やむなく座布団に当たる雪葉さん。その視界が歪む一瞬を狙って、刈谷さんがすぐさま、さっき躱された枕を拾って投げる。


 雪葉さんはそれをしゃがんでけ、すぐに足に向かって何かシュッと投げた。


「おっと」


 ジャンプでかわす刈谷さんを待ってましたと言わんばかりに、僕は間髪入れずに顔に向かって枕を投げる。

 刈谷さんは首をクッと捻って枕を壁に逃がし、雪葉さんが足に投げたものをじっと見た。


「ニセモノの枕か。よく出来てるね、灯さん」

「烏丸戦ではうまくいったんだけどな。刈谷君だっけ。あなたもなかなか鋭いわね」

 相対あいたいしながら、2人で笑った。


「さて、じゃあ第2ラウンド!」

 刈谷さんの掛け声で、また2人が動き出す。


 雪葉さんが枕を投げると、刈谷さんは床の座布団をトンッと蹴り上げ、防御壁にして防ぐ。

 そのまま座布団を盾にしつつ刈谷さんが反撃すると、雪葉さんは近くの壁に幾つも立てかけてあった折り畳みの長机の裏に飛び込んだ。


 続けざま、長机に隠れながら、敵に気付かれないように「履かない命スリップスリッパ」を繰り出す雪葉さん。スリッパブーメランは見事な軌道を描いてターゲットの後頭部に当たったが、刈谷さんは気にも留めない。当たった感触から枕じゃないことを察し、トリックだと感づいたんだろう。


「これはどうかな」

 座布団2枚の間に枕1を挟み、横に重ねて投げてくる。上下の座布団にぶつかって軌道が変わる枕は、予想もしない方向へ飛んでくる。雪葉さんが横に跳んで避けると、今度は座布団を3枚同時に投げてくる。顔に当たらないよう体を捻ると、その動きを見透かしていたかのように枕が飛んできた。


 すごい……座布団だけでこんなにバリエーションある攻撃ができるなんて……。


 でも雪葉さんだって負けてない。長机、ティッシュ箱、箒に雑巾にスリッパ。この空間にある道具は何でも使って、トリッキーなバトルを繰り広げた。



 決着のつかないまま、気がつけば5分以上経っている。


「すごいね、灯さん。想像以上だよ。今日戦えて良かった」

「……やるわね、刈谷君」

 息を切らしながら、雪葉さんが答える。


 その直後、さっきの玲司さんの囁きよりも小さい声、この位置からだと全国の枕投げ部で僕にしか聞こえないであろう、微かな声が聞こえた。


「…………マイク」

 すぐに視線を泳がせる。部屋の隅にカラオケセットがあり、マイクが台に置かれていた。


 マイク……? なんでマイクなんか……いや待て、ひょっとして必要なのは…………そうか、そういうことか!


 雪葉さんを見て軽く笑う。彼女も僕を一瞥し、口をキュッと結んで軽く微笑んだ。

「……行くわよ」


 雪葉さんが座布団を連続で投げ返し、刈谷さんは避けるのも面倒とばかりに体に当てた。


 僕はその隙に、マイクに向かって走る。ジャックをカラオケ機から抜き、マイク本体も外して、雪葉さんにパスした。


「ありがと、灰島君」

 次の瞬間、コードをヒュンヒュンと回し、足元に向かって投げる。


 5月に何度も自分の足に巻かれた実験。雪葉さんの笑った顔を初めて見た実験。その実験通り、コードは敵の左足にシュルルッと絡みついた。


マイクで巻いてジャックスネーク」、実戦初お目見え。


「よく思いつくね」

 動けなくはないけど、さすがに厄介なのだろう。コードを外そうと、足をブンっと振る。

 間髪入れず、帯に挟んであったスリッパブーメランを取り出した。


 ここで枕を投げるんじゃないのか。驚いて雪葉さんを見ると、目線は敵の少し上。同じ方向に目線を合わせてみる。



 …………なるほど、そのためのスリッパか。雪葉さん、武道場で何度も練習してたもんな。



「刈谷君、勝負っ!」


 ヒュパンッ!


 勢いよく投げられたスリッパは、刈谷さんの頭遥か上を掠めて、向きをこちらに変えた。


「どうしたんだい、スリッパなんか投げて、しかもコースもハズレ。枕を投げればいいのに」

「ううん、いいの。


 ポンッ


 刈谷さんの後頭部に、浴衣の帯に巻かれた枕が当たる。

「なっ…………!」

 首を何回も往復させて、後ろと僕らを見返す刈谷さん。

「『誰かの死技ゴーストトリック』。あなた、ここに来た時点でトリックの標的だったの」


 端に枕をつけた帯。これを振り子に見立て、帯の反対側を吊るされた電気の上部に結わえて、枕をつけた部分は壁にテープで緩く留める。あとはスリッパでテープを狙えば、勢いをつけたブランコのように枕が動いて敵に当たるって寸法だ。


 スリッパブーメランの精度あっての技。相手にとっては、本当に得体に知れないヤツに狙われた気分だろう。



「……参ったな。こんな仕掛けまで用意してるなんて。部屋に入ったときから、君の作戦は始まってたんだね」

 座布団を拾ってピンっと指で弾きながら、刈谷さんは笑った。


「良い試合が出来たよ、ありがとう」

「こちらこそ、次も負けないわよ」

 雪葉さんと握手して、部屋を出て行った。


「灰島君。声に気付いてくれてありがとう」

「あ、いえいえ。雪葉さんも良かったですね、新技上手く出来て!」

「ふふ、武道場で特訓した甲斐があったわ」

 束の間の穏やかな空気。よし、これで向こうはあと2人だ。


「こちら別館3階、灯。刈谷君を倒したわ」

「こちら2階、玲司。無事に仕留められたみたいだな」


「これでしばらく、敵はそのフロアには来にくいだろう」

「ですね。仲間が死んだ戦場にすぐ行く気にはなれないでしょうし」

「ふははっ! その通りだな!」

 ノイズ混じりなトランシーバーの声が、イヤホンから聞こえる。


「さて、灰島、ワタシはこれから9階で敵を探そうと思う。お前の目と耳が必要だ。来てくれるか?」

「はい、僕もそのつもりでした。今から行きます」

 一度深呼吸をし、枕を握り直した。



「あれ、刈谷は倒されちゃったのか。やっぱり強いね、灯さん」

 そのとき、聞いたことのない声がシーバーに侵入してきた。


 誰か聞くまでもない。今残っている敵のメンバーで、を知らない人は1人しかいない。


「南条さん、ね」

「ご明察」

 雪葉さんの質問に、笑ったような声で答える。これが、彼女の地声。


「また盗聴か。自軍の声も聞かずに、大した余裕だな。で、掛戸に何の用だ?」

 調さんも会話に入る。


「おお、湯之枝さんか。いや、雛森も残りは3年生2人しかいないんでね、攻めていこうと思うよ。まずは灯雪葉さん。今から私が討ちに行く。おそらく別館3階にいるわよね」

 さすが情報戦のプロ。こっちの情報も筒抜けか。


「でもって、湯之枝調さん。貴女のことは、うちの大将が仕留めに行きます」

「ほお、それは楽しみだな。南条、既に知ってるとは思うが、ワタシは本館9階にいるぞ」

「もちろん、知ってます。ご安心下さい」

 南条さんの言葉に被さるように、美湖さんからも挨拶が届く。


「シーラ、今から行きますから、少し待っていて下さいね」

「ふははっ! 望むところだ」


 トランシーバーを胸に戻しながら、雪葉さんを見る。彼女はフウと息をついて、口を開いた。


「湯之枝さんのところに行ってあげて」

「……そう、ですよね」

 分かっていたけど、そうだよな。

 左脳から零れた思いに、右脳から零れる想いが混ざる。

 できることなら、雪葉さんの力になりたかった。




 僕は多分、きっと、雪葉さんのことが好き。


 部室での真面目なツッコミも、試合のときにフツーに「戦争」とか言っちゃうギャップも、実験ノートを書きながら悩んでる姿も、実験が成功して笑ってる顔も、全部好きで。


 部活とはいえ、枕投げとはいえ、雪葉さんのピンチに何もできないなんて、やっぱり悔しくて、悲しくて。


 でも。うん、そうなんだよな。



「私は大丈夫、何とかなるし。それより湯之枝さんの方が心配。美湖さん強いしね」


 分かってる。分かってる。ここで雪葉さんと一緒に闘うより、調さんをサポートして決勝トーナメントに進める方が、きっと雪葉さんは喜ぶだろう。


「灰島君。あなたの目と耳は、攻めと守りの大きな要だと思う。存分に湯之枝さんに力貸してあげて」


 うん、僕もやっぱり勝ちたいです。雪葉さんも大事だけど、今はちゃんと勝って、次の試合に進みたいです。


 軽く息を吐く。スッキリした頭から、軽やかに言葉が溢れて口から飛び出す。


「次はちゃんと、雪葉さんのこと守りますから」


 きょとんとした表情、のち、少しくすぐったいような表情。

 そして、ゴールデンウィーク前と同じ、あの笑顔。


「ふふっ、うん、次は待ってるわ」


 アホみたいに大胆な、ヘタしたら告白みたいな台詞。

 でも、そんな顔になってくれるなら、言った甲斐がある。


「じゃあ灰島君。美湖さん、仕留めてきてね。生きてまた会いましょう」

「はい、仕留めてきます」


 戦争みたいな別れの挨拶で、僕は別館を後にした。

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